魔法少女 五
埼玉県は入間市、自衛隊の入間基地にほど近い路上でのこと。
そこで魔法少女を自称するホームレスと向き合っている。
「お巡りさんが魔法中年なのは、わかった」
一連の説明を受けて、香り高い少女はコクリと小さく頷いてみせた。関係性に乏しい複数の力を利用して見せた点も、説得力に繋がっていることだろう。しかし、それでもこちらを見つめる表情は険しい。完全に信じたとは言えなそうだ。
「ありがとうね、とても嬉しいよ」
「でもどうして、魔法中年は異能力者と一緒にいるの?」
少女の視線がマジカルバリアの破壊を諦めた和服の彼女、二人静氏に向かう。どうやら打つ手がなくなったらしく、仁王立ちとなりジッとこちらを見つめていらっしゃる。偉そうに腕を組んで、ふーん? みたいな表情をしている。
どうにかして体裁を整えようという魂胆が、なんとも愛らしい姿だ。
「彼女とは偶然ここで出会っただけだよ」
「なら殺してもいいよね?」
魔法少女の発言を受けて、二人静氏の肩がビクリと震えた。
マジカルバリアの性能を実際に確認したことで、眼の前の相手が決して油断できない存在であると理解したようだ。対象に触れなければならないという彼女の異能力の制限は、魔法少女に対して不利なものだった。
「……君はどうして、異能力者を憎んでいるんだい?」
「異能力者は家族を殺した。友達を殺した」
時間を稼ぐつもりでも、疑問に感じていた点を訪ねてみる。
すると、これまた重い話が返ってきた。
そういうの面倒臭いから、なるべく聞きたくなかった。でも、確認しない訳にはいかなくて、ご覧の有様だ。もしもこの場にピーちゃんがいたら、一体どういった反応をみせたことだろうか。あぁ、まるで想像できないな。
「……っ」
そうこうしていると、不意に彼女の視線が他に逸れた。
釣られてこちらも意識を向けると、そこには十数メートルを隔てて、我々を見つめる第三者の姿があった。小学生ほどと思しき男の子である。顔にはベッタリと血液が付着しており、垂れたそれが顎からぽたり、ぽたりと落ちる様子が見て取れる。
航空機の墜落、もしくは直後に魔法少女の放ったマジカルビームの影響からだろう。飛び散らかった航空機の残骸が当たったものと思われる。子供の手には自転車のハンドルが握られている。
ただし、グリップより先は数十センチほどを残して、どこへとも消えていた。
そんな子が通りの角から、呆然と声もなく、我々を見つめていた。
すぐにでも119番をコールしたくなる、とても危うい光景である。
「……今日は帰る」
「え……」
直後、魔法少女の口から呟きが漏れた。
咄嗟に振り返ると、その肉体がふわりと空中に浮かび上がるのが目に入った。ジジジという音を立てて、彼女のすぐ脇に、真っ暗な空間に通じる裂け目が浮かび上がる。過去にも幾度か目撃した覚えのある光景だ。
恐らくはこれがマジカルフィールドなのだろう。
「どこへ行くのかな?」
「……………」
こちらからの問い掛けに、彼女が言葉を返すことはなかった。
幼い身体は、そう大きくない裂け目の先に消えていく。
返事があったらあったで困る。しかし、消えていく姿を眺めるしかない、というのも切ないものだ。一連のやり取りを受けて、魔法少女には魔法少女なりに切羽詰まった背景があるのだと理解した。だからこそ、色々と考えてしまう。
彼女が自ら身を引いた理由は、怪我をした少年の存在か、それとも貫くことができなかった魔法中年の障壁か、あるいはその両方か。自分には分からない。ただ、いずれにせよ彼女は、マジカルフィールドと思しき亜空間に消えていった。
もし自身に理解できることがあるとすれば、それはマジカルバリアを必死になって殴っていた二人静氏の存在が、彼女の撤退に何ら影響していない、ということだ。少なくとも魔法少女は、ランクB以下の異能力者を圧倒する力を保有している。
星崎さんが語っていた、魔法少女を撃退するには複数名のランクB能力者、もしくはランクA能力者の協力が必要、とのお話にも説得力を感じた。能力の相性次第では、二人静氏のように、数を揃えても苦労しそうな存在である。
「その娘を回収してずらかるぞぇ」
「そうですね」
二人静氏から声が掛かった。
彼女が視線で指し示す先には星崎さんの姿が。
遠くからは緊急車両のサイレン。
少し離れると野次馬の集まり始める様子も確認できた。
このまま同所の居残っていては、きっと碌なことにならないだろう。
優先すべきは異能力者の回収と、上司への報告である。あの課長ならきっと、こういう状況でこそ報告を優先しろと指示するに違いない。場合によっては、既に航空機が墜落した知らせを聞いている可能性すらある。
◇ ◆ ◇
墜落現場を逃れた我々は、局が押さえたホテルの一室に向かった
星崎さんとメガネ少年の回収については、何故なのか和服の彼女が手伝ってくれた。気を失ってグッタリとした二人のうち、女性である前者を二人静氏が、男性である後者を自身が、それぞれ担いでの撤退となった。
改めてホテルを取らなかったのは、星崎さんの存在が大きい。彼女が目を覚ました時、近隣に局の押さえた拠点があるにも関わらず、他でチェックインしていては、あれやこれやと疑われるのが目に見えている。
「ここも経費かぇ? 税金を使っている組織は待遇がいいのぅ」
ホテルの一室を見渡して、彼女は語ってみせる。
そうは言っても、これといって特色のないビジネスホテルだ。これといって繁盛期でもない昨今、一泊一万円と掛からないだろう。個人的な意見を述べさせて頂くと、こうした施設のバスとトイレが一緒になった水回り、凄く嫌いなんだけれど。
「そちらの組織は金回りがよくないんですかね?」
「いんや? 営業トークじゃ。もっと良いところに泊まっておる」
「……そうですか」
めちゃくちゃ敗北感。それなら最後まで騙し通して欲しかった。
悲しいものを感じつつ、足を動かす。
何はともあれ、メガネの少年と星崎さんをベッドに並び寝かせた。間取りの都合から、セミダブルの寝台に二人を並べることになる。同衾と言えなくもない状況だ。ただ、パッと見た感じ、死体が二つ並んでいるようにも見える。
何故ならば二人は、依然として気を失っているから。
我々の会話は、その傍らでのやり取りとなる。
「ところで、そろそろこっちの話を聞いてもらってもいいかのぅ?」
「話を聞く分には構いませんが、それ以上のことは難しいですね」
「そうなのかぇ?」
「色々と協力して頂いておきながら、こういうことを言うのは申しわけないと思います。ですが敢えて伝えさせて頂くと、私には決裁権がありません。組織に所属してから日も浅い立場にあります。できることは極めて限られています」
転職しても平社員、いや、この場合は平公務員とでも言うのだろうか。
まっ平らな身の上は依然として変わらない。当然、管理職としての権限は持ち合わせていない。つまり、自身の判断で利用できる税金は一円もない。支出を伴う活動を行うのであれば、課長や部長の判断を仰ぐ必要がある。
その事実にこれといって不満はないけれど、こうした交渉の席では面倒だ。
部課長を伴わずに訪れた客先での営業、そこでの予期せぬ商談を彷彿とさせる。
相手に決裁権者が同席していたりすると、いきなり契約の話に進んだりするから大変だ。とりわけ外資系の企業では、現場の人間であっても結構な額で裁量を持っていたりする。おかげで権限を持たない万年平は、あの手この手で時間を稼ぐわけだ。
こういった場面では、むしろ星崎さんの方が裁量は大きいのではなかろうか。こちらへ赴くに当たり参加した会議では、課長も現場の判断は彼女に任せるとか、口にしていたような気がしないでもない。
「なんじゃ、随分と堅苦しいのぅ」
これに応じる二人静氏は、勿体ぶった態度で語ってみせた。
果たして彼女が何を望んでいるのか、自分にはまるで検討がつかない。そもそもどうして、彼女は我々の争いに首を突っ込んだのか。それも異能力者にとって天敵とも言える魔法少女に敵対して、こちらの立場を助けるような真似までして。
「その上でお尋ねしますが、こちらに何を求めているのですか?」
「なぁに、そちらに鞍替えさせてはもらえないかと考えてな」
「…………」
おっと、これまた唐突なお願いごとである。
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