相談 四
先の電話から一時間と経たぬ間に、課長から折り返しの連絡が入った。
当然と言えば当然だ。
彼の下まで航空機墜落の情報が届けられたのだろう。我々の姿まで確認されているか否かは定かでない。しかし、出張先と墜落現場が被っていれば、否応にも疑念は湧くことだろう。メガネ少年の放った火球もかなり目立っていた。
こうなると上司にはどうして報告したものか。
素直に説明したら、まず間違いなく我々はお叱りを受ける。野良の異能力者の暴走を止められず、目の前で時価数十億の機体を墜落させてしまったのだ。減給や降格は避けられないだろう。クビになってもおかしくない。
お賃金命の星崎さんなど、発狂するのではなかろうか。
そして今後、メガネ少年は大変な扱いを受けることだろう。
そう考えると選択肢は一つしかなかった。
「先程も伝えたとおり、現地で魔法少女と交戦しました」
『入間基地の貨物機が墜落したのは……』
「貨物機は魔法少女の放ったマジカルビームを受けて消失しました。我々は現場に居合わせた一般人の存在から、同所での交戦を忌諱した魔法少女の気まぐれにより、どうにか逃げ出すことができました」
決して嘘は言っていない。
墜落の直接的な原因はメガネ少年だけれど、魔法少女が貨物機を撃ったのも事実だ。火球の存在を隠すことはできないだろう。当然、出処がメガネ少年であるとも、すぐに割れると思われる。
しかし、その根幹に魔法少女との遭遇があるとすれば、多少は当たりが弱くなるのではなかろうか。マジカルホームレスが異能力者を狩って回っているのは周知の事実であり、二人静氏の言葉によれば、その原因は局にあるという。
これで責任の所在は、我々個人から幾分か遠退く。
要は自然災害のようなものだ。
『墜落当時には火球が目撃されているそうだが?』
「魔法少女との戦闘において、異能力の使用は認められませんか?」
二人静氏から色々と話を聞いたおかげで、魔法少女が異能力業界に与える影響を正しく把握できた。彼女をスケープゴートにするのは胸が痛むが、既に局へ喧嘩を売っているようだし、航空機一台分くらいなら誤差だろう。ということにしておく。
局としても身内のミスには違いないが、相手が魔法少女なら仕方がない、という妥協を周囲から引き出すことができる。素直にメガネ少年がやりました、と言ってしまうと、外部からの局に対する風当たりも強いものになるだろう。
『……分かった。たしかにその方が我々も収まりがいい』
「ご理解ありがとうございます」
どうやら課長もそのように考えてくれたようだ。
重苦しい溜息と共に、渋々頷いてみせた。
「ところで課長、一つ質問が」
『なんだね?』
「異能力に関係した事件や事故に対する保障は、どうなっているのでしょうか? 保険会社の規約にその手の内容が盛り込まれているとは思えません。今回は国の施設ですが、これが民間の航空会社であれば倒産の危機では?」
ここ最近は航空機もリースの比率が増えた。
一機落ちただけでも、洒落にならない損失だろう。
そして、これは空運業界に限った話ではない。
『異能力者を原因とする事件及び事故の保障には、我々の局が所轄とする特別予算が設けられている。表立っては公表されていないがな。今回の件に対する保障も、そちらの予算を利用することになるだろう』
「なるほど」
どうやら我が国にも裏帳簿があるらしい。
自分から訪ねておいて何だけれど、課長の話を聞いていてドキドキしてきた。一体どうやって予算を利用するのだろう。出処の知れない大金がどこからともなく登場とか、現場の担当者からしたら、背筋が寒くなると思う。
『話は以上かね?』
「ええ、ご連絡ありがとうございました」
『では、これで失礼する』
そう大して話し込むこともなく、上司との通話回線は切られた。
課長は終始しょっぱい雰囲気を出していた。彼は声を上げて怒ったりするタイプではなく、淡々と取捨選択を行うタイプだから、どうしても不安が残る。けれど、こればかりは仕方がない。
駄目だったら当初の予定どおり、異世界に逃げ込んでゆっくりしよう。
「上司とは上手くいっていないのかのぅ?」
「いいえ、そんなことはありませんよ?」
「もしも鞍替えが叶ったのなら、儂にとっても上司になるのじゃろう? 面接に先立って人柄を把握するくらいは、事前に行っておいた方がいいかもしれないのぅ。どうじゃろう? 魔法少女の情報の対価として、教えてはもらえんかぇ?」
「ええ、構いませんよ」
面接の対策は重要だ。
事前に業界のニュースやソーシャルメディアで人柄を判断できればいいけれど、こと我々の局に限ってはそれも難しい。自宅で阿久津さんの名前を検索してみるも、一ページも彼に関する情報は出てこなかった。
中央省庁の課長職の癖に、名前の記述が一つも出てこないの逆に凄い。
もしやと思って自分の名前を検索してみたところ、以前は確認できたページがいつの間にやら削除されていた。キャッシュこそ残っていたけれど、多分、それも近い内になくなってしまうのだと思う。
「ただし、私も彼とは付き合い初めて一ヶ月と経っていません。その上での情報として扱って欲しいのですが……」
自身が知っている範囲で、課長の人柄を二人静氏に伝える。
役職の割に若いこと。
イケメンであること。
身なりに気遣う人であること。
割と冷淡な性格であること。
こうして改めて口にしてみると、やはりというか、自身は彼の表面的な部分しか知らない。星崎さんであれば、もう少し色々と知っていたりするのだろうか。後で確認してみてもいいかも知れない。
「ああ、それと一つ、重要な情報があります」
「なんじゃ?」
「これは局に採用された後の話ですが、課長の手によって、貴方が申請した自宅や拠点に監視カメラが配置されると思います。気持ちが悪いとは思いますが、適当なタイミングで発見して、廃棄してください」
「局の職員であっても、そういったことは行われているんじゃな」
「過去に幾度か間諜が入り込んだとのことで、神経質になっているのでしょう。こうして伝えることはルール違反なのですが、二人静さんの場合は、いずれにせよ当面は間諜として扱われると思うので、今のうちに伝えさせて頂きました」
「その手の行いには慣れておるから、これと言って伝えられずとも問題はなかったと思う。というより、どこの組織も似たようなことをやっているじゃろ。しかし、こうして事前に伝えてくれたことには、素直に礼を言っておこう。感謝する」
目の前の人物が暴れ始めたら、中級魔法を覚えつつある自身であっても危うい。まさか四六時中、障壁魔法を張っている訳にもいかない。二人静氏に対する局の警戒は間違いないので、不必要に相手を刺激するような真似は控えるべきだ。
「ところで何か、そちらから質問はありませんか?」
粗方伝えたところで、質疑応答のお時間。
そう考えた直後の出来事だった。
「……佐々木、今の話は本当なの?」
「え?」
質問の声は、すぐ背後から上がった。
驚きから咄嗟に振り返ると、そこにはパチリを目を開けて、こちらを見つめる星崎さんの姿があった。ベッドに仰向けに寝転がった姿勢のまま、目玉だけをギョロリと向けてこちらに注目している。
どうやら狸寝入りをしていたようだ。
いつから起きていたのだろう。
「……おはようございます、星崎さん」
「佐々木、今の話は本当なのかしら?」
「今の話というのは、一体どの話でしょうか?」
メガネ少年を気遣ってだろうか、彼女はゆっくりと身を起こした。
制服姿にも関わらず、シーツの上で胡座をかく。
その面持ちは普段の彼女と変わらず、感情の感じられない淡々としたものだ。ただし、今はいつもの厚化粧をしていない。おかげでこれまでよりも表情の変化が読みやすい。こうした事情も手伝い、後輩は先輩の頬がうっすらと紅潮しているのに気付いた。
「課長が局員の自宅に監視カメラを設置しているという話よ」
「…………」
続けられた言葉を耳にして確信する。
これはあれだ、ほら。
課長の自宅には現役JKのエロ動画が山積みってことだ。
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