物資調達 一

 場所は変わらずお城の応接室、話題も引き続き戦時への対策。


 子爵様から一通り事情を窺った。


 その上で我々は、精一杯の助言を返させて頂く。


「このようなことを申し上げるのは失礼かと存じますが、今のお話を確認させて頂いた後ですと、この国を捨てる、というのが私には最も賢い判断だと思えてなりません。マーゲン帝国との交渉こそが唯一の活路に感じられます」


「ササキさんっ!」


 こちらの言葉を受けて、副店長さんから声が上がった。


 やはり非常に失礼な提案であったようだ。


「いいや、構わない。それは私も考えの一つとして持っていた」


「ですがっ……」


 副店長さんが落ち着き無く周りの様子を気にし始めた。


 きっと第三者に聞かれでもしたら大変な内容なのだろう。


「しかしながら、不確かな交渉に領民の命を預ける訳にはいかない。私が前線に向かうまでの一ヶ月という期間で、マーゲン帝国との交渉をまとめ上げることは不可能だと判断した。本国から敵国に向かう他所の領地の兵が、我が領を通過する点も大きい」


「たしかにそれは非常に困難な行いとなりますね」


 そういえばそうだった。


 こちらの世界は現代社会と比較して、物事の進捗がゆっくりとしている。電話やらインターネットやらが存在しない分だけ、情報の伝達が遅い。子爵様の言葉通り、関係各所と連絡を取り合うだけでも、一ヶ月くらいは容易に過ぎてしまうことだろう。


 光回線の代わりに、お馬さんが頑張っている世界なのだ。


「だが、今後はどうなるか分からない。故に今回は最低限、本国からの要求に答える形で延命を図ろうと考えていた。近い内に大敗の知らせが届けば、同じ結論に達する者たちも少なからず出てくることだろう」


「なるほど」


「幸い我が領には兵の動員が求められていない。代わりに金銭的な負担はかなり大きなものとなったが、民さえ生きていれば次の機会に繋げることが可能だ。本当に必要なときにこそ、我々は武器を手にするべきだろう」


 ミュラー子爵も色々と考えていらっしゃるようだ。本国から受けた責務についても、恐らくは苦心して交渉、調整した結果ではなかろうか。こうなると下手な提案は自身の浅慮が目立つばかりだ。自分のような凡夫など比較にならない、とても優秀な方である。


 人の上に立つべきして立った人物って感じがする。めっちゃ格好いい。


「子爵様のお考えは承知しました、意識を兵糧と資材に限定します」


「色々と頭を悩ませてくれたところ、一方的にすまないな」


「滅相もありません。こちらこそ差し出がましい発言を恐れ入ります」


「それでどうだろう? 何か案はないだろうか」


「そうですね……」


 日本から持ち込むことは不可能だ。少なくても数万という規模に登るだろう人員の食料である。クレカの上限を簡単に突破してしまう。また、課長に知られたら十中八九で追及の手が及ぶことだろう。


 そうなると同じ世界の他の町から運び込むことになる。


 可能か不可能かで言えば可能だ。


 これまでの商売で貯めた金貨を利用して商品を買い付け、ピーちゃんの瞬間移動の魔法のお世話になり運び込む。そうすれば子爵様が求めているものを期間内に現地までお送りできる。一ヶ月という期間でも十分な成果を挙げられる。


 ただし、その場合でもハードルは存在する。


 誰がどうやってそれを行ったことにするのか、という問題だ。


 ピーちゃんを表舞台に立たせない為に必要な工作である。


「そう言えば昔、空間を縦横無尽に行き来する魔法が存在すると、噂に聞いた覚えがあります。なんでも離れた場所まで、あっと言う間に移動できるのだとか。数日を要する道のりも、一瞬にして移ってしまうそうです」


「それなら私も聞いたことがある。星の賢者殿が得意とされていた魔法だ。しかしながら、彼以外にその魔法を使える魔法使いを私は知らない。かなり高等な魔法らしく、並の魔法使いでは習得ができないらしい」


「……なるほど」


 子爵領から現地まで運び込むだけであれば、一ヶ月という期間でも可能ではなかろうか。そう考えた時、他所の国で買い付けた商品を領地内の倉庫へ秘密裏に運び込む、という作戦内容であれば、人目に触れる機会は極力減らせる。


 そして、何度か言葉を交わした限りではあるが、こちらの子爵様はなかなかの人格者だ。口外を厳禁とすれば、自領の倉庫に勘定の合わない兵糧や資材が存在することに対しても、黙秘を貫いてくれるのではなかろうか。


 当然、我々の存在についても。


 自宅所轄の税務署よりは、余程のこと融通が利くと思う。


「…………」


 チラリと肩に止まったピーちゃんに視線を向ける。


 すると彼は小さくコクリと頷いてみせた。


 星の賢者様からもゴーサインをゲットである。


「ミュラー子爵、もしも子爵の領地内の倉庫に、今回の責務について十分な量の食糧と資材が収まっていたとします。そうしたときに一ヶ月という期間で、これを現地まで運び込むことは可能でしょうか?」


「可能だ。荷を運ぶだけであれば二、三週間もあれば事足りる」


「では、その領地内の倉庫についてですが、何人たりとも出入りすることなく、荷を現地に向けて運び出すその時まで、人知れずに扱うことはできますか? 倉庫の中での出来事は未来永劫、決して誰にも伝わることがないと、お約束して頂けますか?」


「まさか、貴殿はあの魔法を……」


「お約束が頂けないようであれば、私は町を離れなければなりません」


 ピーちゃんに代わり、自身が矢面に立つことにした。ミュラー子爵の話を聞く限り、星の賢者という肩書は、このような場所で表に出せるほど軽々しいものではなさそうである。それこそ存命を口にしただけで、隣国を怯ませるほどの影響力がありそうだ。


「承知した」


「お約束して頂けますか?」


「そのような倉庫を早々に用意させて頂く。口外もしないと約束する」


「ありがとうございます」


「いいや、感謝の言葉を述べるのはこちらのほうだ。ササキ殿」


 これで当面、やることが決まってしまったぞ。

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