相談 二

 場所は変わらず、入間市内に押さえたホテルの一室。


 そこで年齢不詳の見た感じロリータの対応をしている。妖艶な面持ちで語り掛けてくる彼女は、回答次第では下の世話も見てくれるという。果たしてその先には何が待っているのか。考えるまでもない、きっと碌でもない未来だろう。


 タダほど高いものはない。


 後で面倒なことになるのが目に見えている。


「繰り返しますが、私にはその権限がありませんので」


「上に繋いでくれるだけでも構わん」


 相手は押しが強い。


 こちらの弱みを抑えているのだから、当然と言えば当然か。


 こうした状況で、自身はどういった対応を取るべきだろうか。


 社会人的に考えて。


 検討を始めると、結論はすぐに出た。


「承知しました。それでは上司に相談してみましょう」


「本当か?」


 ほうれんそう、である。


 報告、連絡、相談。責任のある立場に、何もかも丸投げする平社員の必殺技だ。人によっては即座に現場へ還元してくるような場合もあるけれど、果たして阿久津課長はどうだろう。上司の人となりを定めるには、これ以上ない状況である。


 彼から与えられた端末を開いてコールを掛ける。


 端末に登録されている連絡先は少ない。他には局の窓口と星崎さんくらいなものだ。リストに記載された彼女の名前を眺めていると、現役女子高生と連絡先を交換しているのだという事実に、なんとも非現実的な感慨を覚えてしまう。


 こちらのボタンを押せば、なんと無料でJKと会話ができてしまうのだ。


 異世界や異能力と同じくらいインパクトがある。


 などと下らないことを考えていると、通話回線はすぐに繋がった。


『なんだね? 佐々木君』


「課長、少しお時間をよろしいでしょうか?」


『ああ、構わないよ』


 普段どおり淡々とした物言いが心地よい。


 こちらもあまりお喋りが得意な方ではないので、彼の事務的な性格は割と肯定的に感じている。ただ、たまにはそんな課長の人間っぽいところも、見てみたいなと考えてしまったりして。


「件の少年とは別に、非正規の異能力者から転職の希望を頂戴したのですが」


『おぉ、それはめでたい。どういった能力者なんだね?』


「二人静さんという方なのですが、ご存知ですか?」


『なるほ……え?』


「ご存知ありませんか?」


『…………』


 直後、先方から慄く様子が回線越しに伝わってきた。


 続く言葉も飲み込まれて、これといって返らない。


 普段からデキる男を演出している課長だから、驚いた反応が心地よい。スーツや靴から時計に至るまで、ブランド品で固めていた姿が思い起こされる。そんな彼が絶句する様子は、電話越しであっても滅多にないエンターテインメントである。


 申し訳ないけれど、素の反応が快感だ。


「いかがしましょうか?」


『あぁ、そ、そうだな……』


 返答に窮する様子が可愛らしい。


 つい今し方、自身が味わったものと同じ衝撃を感じているのだろう。


 やっぱりビックリしますよね、とか親近感を感じてしまう。


『二人静というのは、エナジードレインを利用する異能力者で間違いはないか? 以前にも、君を派遣した現場に姿を表したと聞いている。見た目は小学生ほどだろうか、パッと見た限りでは歳幼い童女なのだがね』


 時間を稼ごうという魂胆が有り体に見て取れるご確認だ。


 回線越しに課長の慌てる様子を想像して、ちょっとだけ良い気分。


 現場の苦労を管理職へフィードバックしてやったぞう。


「ええ、そうなります」


『彼女は反政府組織の一員だった筈なのだが……』


「単刀直入に伺いますが、本人を局にお連れして構いませんか?」


『…………』


「課長?」


『志望動機が気になるところだ。何か話を聞いているかね?』


「なんでも、長いものに巻かれてみたくなった、とのことですが」


『…………』


 まさか課長も、すぐ隣に本人がいるとは思うまい。


 おかげでなんだか、ちょっと楽しくなってきた。


 せっかくだし焦らせてみよう。


「課長もご存知だとは思いますが、私にどうこうできるような相手ではありません。そうした背景もありますので、なるべく彼女の意志を尊重したいと考えています。せめて面接の場だけでも用意してもらえないでしょうか?」


 裏で通じ合っていると思われても面倒なので、併せてそれっぽい台詞も吐いておく。あくまでも自身はメッセンジャーに過ぎないとアピールだ。か弱い立場にある部下を貴方はどうするつもりかと、相手に非があるかのようにプッシュしておく。


 すると早々に、彼は黙ってしまった。


 いつぞやボウリング場での一件、拉致された経験が効いているのだろう。


『…………』


「……課長?」


 課長は先の作戦でも失敗しているから、その葛藤は大きなものだろう。


 普通の人なら、当面は大人しくして地道に貢献を重ねたい、などと考える筈だ。いかに課長職とはいえ、無傷であったとは思わない。公にならないところで、何かしら責任を取らされているものと思われる。


『先方とは友好的な関係にあるのかね?』


「そうですね……」


 その点については、こちらも未だに判断がつかない。


 星崎さん曰く、戦前から生きている人物とのこと。人生経験で言えば、こちらの数倍以上となる。こうして声を掛けてきた経緯については、それなりに理解できるものだと確認しているけれど、腹の中では何を抱えているか分かったものでない。


 今の状況も彼女から手玉に取られた上でのことだし。


「確約はできませんが、彼女が我々に興味を抱いているのは確かです。そして、局の人員に不足が見られるのも事実です。もしも協力を取り付けることができたのなら、我々も出来ることの幅が大きく広がるのではないでしょうか」


『…………』


 あまり遊んでばかりだと、査定の評価を下げられてしまう。


 ボーナスが減るのは困る。


 ここいらで少しは使えるところもアピールしておこう。


「その上で提案させて頂きますが、面接はビデオチャットなどを利用してはどうでしょうか? 直接顔を合わせてとなると、課長が危惧されるのも当然です。しかし、十分に距離をおいてであれば、彼女の能力を考慮しても、不安は取り除かれるのではないかと」


『それで先方が納得するのかね?』


「課長に迷惑は掛けられませんので、こちらで交渉してみます」


 ちらりと問題の彼女に視線を向けつつ語ってみせる。


 すると、二人静氏は小さく頷いてみせた。


 どうやらビデオチャットでも問題なさそうである。というか、上に繋いで欲しいという本人の言葉を信じるのであれば、むしろここで異論が上がったのなら、色々と疑念が湧いてくる。当然と言えば当然の反応だ。だからこその提案でもある。


『……そうか』


「いかがですか?」


『星崎君の意見も聞きたいのだが、彼女はそこにいるかね?』


「彼女は魔法少女との遭遇を受けて負傷、今は意識を失っています」


『っ……』


 電話回線の向こう側から息を呑む気配が伝わってきた。


 そう言えば伝えていなかったよ、魔法少女とのエンカウント。


 結果的に先程から驚いてばかりの阿久津さん。


「二人静氏には、その危地を助けてもらった経緯があります」


『……なるほど、そういうことかい』


「いかがですか?」


『わかった。日時については、こちらから改めて伝えさせて欲しい』


「承知しました」


 よかった、無事に面接の約束を取り付けることができた。


 航空機の墜落については、これといって言及を受けることはなかった。未だ彼のもとにまで情報が回っていないのだろう。墜落から一時間も経っていないし、どこかで連絡が止まっているに違いない。おかげで有利に会話を進めることができた。


『ところで、星崎くんとターゲットの容態はどうなんだ?』


「目立った外傷はありません。しばらくしたら目を覚ますかと」


『それならいい。後で報告書にまとめて送ってほしい』


「承知しました。本日中には提出します」


『ああ、頼むよ」


「それではすみませんが、私は現場での対応がありますので」


『うむ』


 航空機を一台、決して安い買い物ではない。


 多分、近い内に折り返しの連絡があることだろう。


 恐ろしい話もあったものだ。

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