シャトーブリアン

 ホームレスの少女と別れた後は、素直に自宅に向かった。


 そこでピーちゃんに二日間の出来事を共有しつつ、同時に晩御飯の支度を進める。スーパーで購入してきた食材を並べて、コンロへ火を入れると共に、野菜を湯がいたり、肉を焼いたりと、手早く作業を進めていく。


 そんなこんなで夕食の支度が整った。


 食卓に並んだのは神戸牛のシャトーブリアンのステーキ。


 遂に買ってしまったよ、シャトブリ。


『これが神戸牛のシャトーブリアンか』


「ピーちゃんにはお世話になっていたから、そのお礼ということで」


 もしもピーちゃんから雷撃の魔法を学んでいなければ、きっと自分は死んでいたことだろう。そう考えると、自然と高価なお肉に手が伸びていた。近所の総合スーパーではなく、都内の百貨店まで足を伸ばしてのお買い求めである。


 百グラムで三万円もした。


 二人前で六万円の出費である。


 購入したのも生鮮食品売り場ではなく、別フロアのギフトコーナーだ。


 店頭に在庫があって助かったよ。


「どう? ペットショップの山田さんが絶賛していた味は」


『美味い。おぉ、これは美味いぞ、貴様よ』


「そりゃよかった」


 ちゃぶ台の上、細切れに切り分けられたシャトブリを啄むピーちゃん可愛い。お皿の上に盛られたお肉が、次々とお口に消えていく。まるで子供がこぼしたお菓子のカスに群がる公園のハトのようだ。可愛い、可愛いけれど、眺めていて少し不安になる。


 おかげで彼の素直な気持ちが伝わってきた。


 決して世辞ではなく、本心から美味しいと感じてくれているようだ。


 買ってきて良かったと素直に思えた。


 お皿の脇には塩胡椒やステーキソースを用意した。彼はくちばしを器用に利用することで、そこにお肉を転がして、自分好みに味付けを行っている。文鳥とはなんて愛らしい生き物なのだろう。


『これなら毎日食べても飽きないな』


「でも、これ一食で一か月分の食費なんだよ……」


 おかげで調理に際しては手が震えた。


 焦がしてしまったらどうしようと、嫌な汗で背中が濡れていた。


『……そんなに高価な肉なのか?』


「うん」


『そうか……』


 しゅんと目に見えて落ち込む姿もラブリーである。


 ただまあ、高価なお肉には違いないが、買って買えないほどではない。転職に成功した昨今であれば、一ヶ月に一度くらいなら構わないだろう。ピーちゃんの分だけであれば、費用的にも半分で済む。


「毎日は無理だけれど、今後もたまの贅沢ということで」


『いいのか?』


「色々とお世話になっているからね」


『……貴様の心遣いに感謝する』


「いえいえ、どういたしまして」


 一緒に高いお肉を食べて、また少しピーちゃんと仲良くなれた気がした。




◇ ◆ ◇




 夕食を平らげた後は、日課となった異世界へのショートステイである


 両手に商品を携えて、副店長さんの下まで向かった。


 ここ数日で通い慣れたハーマン商会の応接室。同所で持ち込んだ品々を金貨に変える。一連の流れも大分熟れてきた。過去に運び込んだ品については、金額の確認のみで済ませる。新しく持ち込んだ品については、用途用法を説明する。


 今回の目玉商品は乾電池式の防犯用人感カメラと虫除けスプレーだ。


 人感カメラは液晶内蔵、別途端末を用意せずとも撮影した静止画を確認できる。些か使い勝手が悪くなってしまうが、最低限の用途は果たせる筈だ。本来であればクラウドとも連携して、ネット上で撮影した画像を確認できる。


 山岳部など電源がない場所での利用を前提とした品となり、乾電池八本を利用したロングバッテリーモードとやらで、最長一年間の待受が可能だという。この手の商品も日々進化を続けているのだなと、改めて技術の進歩を感じた。


 虫除けスプレーについては、これに相当する魔法が存在しないという話をピーちゃんから窺っての購入である。狩猟に臨むならば、藪の中を歩き回ることも多いだろう。当然、虫に集られることは日常茶飯事の筈である。


 ただし、現地にも似たような薬剤は存在するそうなので、効果効能に関してどの程度アドバンテージを取れるかが勝負となる。初回となる本日は数を抑えて、当面は顧客の反応を窺いつつ、といった形で考えている。


 他にも携帯式の浄水器などを検討したのだけれど、飲料水は魔法で解決可能であったことを思い起こして取り止めた。人口に占める魔法使いの割合がどの程度かは知らない。だが、お金持ちの貴族様であれば、水筒代わりに連れて行くくらいはするだろう。


 これに対して、副店長さんの反応は共に上々であった。


 おかげで結構なお値段が付いた。占めて金貨二千三百枚。


 お互いにホクホク顔で商談は成立した。


 取り引きを終えたのなら、以降はこれまでと同様に魔法の練習である。馴染みのお宿にチェックインして荷物を置いたのなら、その足で町の外に向かおうと考えていた。目指すは中級の障壁魔法及び回復魔法の取得である。


 しかし、取引を終えた直後、副店長さんから相談を受けた。


 なんでも子爵様からお呼び出しが掛かっているとのこと。可能であればこれからでも、一緒にお城まで向かって欲しいとのお話であった。外には既に馬車を用意しているというから、まさか断る訳にはいかない。


 その足で町の中心部にそびえ立つお城へ向かう運びとなった。


 ハーマン商会の紋章が入った馬車に揺られて移動する。


 城門は顔パスだ。


 子爵様から呼び出しを受けたことを伝えると、お城の人たちは快く案内をして下さった。過去に何度か足を運んでいるので、我々の顔を覚えて下さったのだろう。そう待たされることなく応接室まで通された。


 そして、我々が到着した時、部屋には既にミュラー子爵の姿があった。


「よくぞ来てくれた、ササキよ」


「お招きに預かり光栄にございます」


 子爵様に促されるがまま、副店長と並んでソファーに腰を落ち着ける。


 世辞の挨拶と共に、まずは献上の品をご説明。


 今回も人感カメラや虫除けスプレーに興味を持って頂けた様子で、副店長と同様、持ち込んだ分だけお買い求め下さった。また以前の約束に従い、トランシーバーを乾電池と一緒に十セットほど納品した。


 おかげさまで金貨がプラス九千枚。


 そうして取り引きが一段落した頃合いのことである。


「ところでササキよ、改めて話がある」


「なんでしょうか?」


 ジッと真正面から見つめられてのお声掛けだ。


 おかげで自ずとこちらも身構えてしまう。


 自然と脳裏に浮かんだのは、前回の来訪時に副店長さんから聞かされた、戦争、の二文字である。あれから現地時間で五、六十日ほどが過ぎている。局面が大きく動いていたとしても何ら不思議ではない。


「その方も商人であるならば、既に耳にしているとは思うが、十日ほど前に隣のマーゲン帝国が、我がヘルツ王国に攻め入ってきた。先々月から雲域の怪しかった両国間の関係だが、今回の一件を受けて本格的な開戦と相成った」


 ドンピシャである。


「私も王命に従い、兵を率いて対処に当たる運びとなった」


「…………」


 こういうとき、自分のような立場の人間は、どのように応じるのが正しいのだろう。お疲れ様です、なんて言ったら絶対にアウトだろうし、そうかと言って喜ぶのも違う気がする。おかげで黙っている他にない。


「マーゲン帝国は強大だ。我がヘルツ王国との戦力差は、単純に兵の数だけを比較しても二倍近い。そして、国境が近しいことも手伝い、場合によってはこの町にも、敵兵の手が及ぶ可能性がある。そうなっては被害も甚大だろう」


「…………」


 子爵様は深刻そうな表情で語ってみせる。


 おかげで副店長さんとの取り引きで盛り上がった気分が萎えていくのを感じる。そうなると当面は異世界に寄り付かず、日本で過ごした方がいいだろう。あぁ、その前に現地の通貨をマーゲン帝国とやらの通貨に換金しておく必要がある。


 敗戦国の通貨とか、絶対に価値が下がりそうだ。


「そこでササキよ、どうか私に協力してはもらえないだろうか?」


「恐れながら私は一介の職人であり、数多いる商人の一人に過ぎません。これといって武勇に秀でているわけでもなく、人を扱うことに慣れていることもございません。とてもではありませんが、子爵様のお役に立てるとは思えないのですが」


「その方にこんなことを言うのは申し訳ないと思う。だが、貴殿が我が領にもたらしてくれた品々は、今回の戦局を支えるに辺り、非常に価値のあるものだと考えている。そこでササキには戦の御用商人として、我々に協力して欲しいのだ」


「いえ、しかし……」


「その方が異国の職人であり、商人であることは私も重々承知している。自らの利益を優先してくれて構わない。代わりにどうか、我が軍がマーゲン帝国の兵を迎え討つに当たり、必要となる物資を提供してもらいたいのだ」


「…………」


 能力者云々が一段落したと思ったら、これまた大変なご相談を受けてしまった。

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