第二章 異世界の戦争

昇進

 子爵様からのご相談については、持ち帰りとさせて頂いた。


 その旨を口にした時、すぐ隣りにいた副店長さんは顔を真っ青にしていた。どうやらお貴族様からの依頼を即断しないことは、大変な失礼に当たるらしい。帰り際にそれとなくご指摘を受けた。


 笑みを浮かべて見送って下さったミュラー子爵は、きっと人格者なのだろう。


 そんなこんなで町のお宿に戻った我々は作戦会議である。


 メンバーはピーちゃんと自分の二人きり。


 お部屋付きだというメイドさんには、取り立てて必要ないけれど、町中でのお買い物をお願いした。当分は戻ってこないだろう。おかげでどっしりと構えて、我々は当面の課題について話し合うことができる。


「ピーちゃん、ぶっちゃけ戦争ってどうなんだろう」


『まあ、十中八九でこの国は負けるだろうな』


「そ、そうなんだ……」


 子爵様の言動から、なんとなく想像はしていたけれど、こうして彼の口から聞くとショックも大きい。ピーちゃんが十中八九で負けるというのなら、明日にでも町から逃げ出すのが正しい判断だと思う。


 ただ、その行為に抵抗がないと言えば嘘になる。


 ハーマン商会の副店長であるマルクさんを筆頭として、短い間ではあったけれど、仲良くなった人たちの存在が理由だ。また、こちらの町にはピーちゃんの為に設けた飲食店もある。全てを一方的に奪われるというのは、あまり気分がいいものではない。


『どうするんだ?』


「なんとかできるものなら、なんとかしたいよ。だけど、負け戦に参加しても良いことなんて一つもないじゃない? それなら負けた後のことを考えて、皆で幸せになれる方法を検討するほうが理に適っていると思うんだけれど」


『たしかに貴様一人の力では、どうにもならないだろうな』


「でしょ?」


『だが、我の魔法なら戦況を覆すことは可能だ』


「……そうなの?」


『我が名はピエルカルロ。異界の徒にして星の賢者』


「あ、それ前にも聞いたやつ」


 ピーちゃんと初めて話をしたとき、そのような自己紹介を受けた。可愛らしい外見に似合わない厳つい感じが、個人的には気に入っている。今なら星の賢者という大仰な煽り文句にも納得できる。


『国同士の小競り合い程度であれば、これを収めることは大した手間ではない。壊すことのなんと容易なこと。一方で生み出すことのなんと手間の掛かること。ならばこそ貴様が生み出した町との関係は、決して失うべきではないだろう』


「なるほど」


『ただし、その為には貴様の協力が必要だ』


「そうなの?」


『この脆弱な肉体では、高等な魔法を繰り返し行使する負荷に耐えられない。世界を移る際と同様に、貴様の肉体を通じて魔法を行使する必要がある。早い話がこうして肩に止まっていなければならないのだ』


「そっか……」


 どうやって争いを収拾するのか、具体的な方法は定かではない。ただ、ピーちゃんができると言うのであれば、きっと上手いことやってしまうことだろう。そうなると問題になってくるのは、自分や彼の社会的な立ち位置だ。


 まさか表立って活躍する訳にはいかない。


 ピーちゃんの掲げていた、周りは放っておいて自分の好き勝手に過ごす、というルートから抜けてしまう。きっと周囲の人たちから持て囃されて、権力者からは大変なお仕事が降ってきて、食っちゃ寝とは程遠い生活に身の回りは一変することだろう。


「なるべく目立たないで解決する方法を考えようか」


『うむ』


 個人的にもピーちゃんの主張は好ましい。こちらの世界が忙しくなると、日本での生活が破綻する可能性も出てくる。新しい勤め先の上司は何かと隙のない人物だから、なるべく余裕を持って日々を送りたい。


 っていうか、こちらの世界では常に休暇でありたい。


『それならば否応にも、魔法に関する知識が必要となる。中級魔法の習得に追加して、上級以上の魔法に対する講釈を行おう。それを今後どのように運用するべきかは、我も貴様と共に決めたいと思う』


「ありがとう、とても嬉しいよ」


 ということで向こう数日、我々は町の外で魔法の講義と練習である。




◇ ◆ ◇




 結果的に今回の異世界ステイでは、新たに一つ中級魔法を覚えた。


 なんと回復魔法である。


 戦争に参加する可能性が出てきたことで、障壁魔法と回復魔法を優先して練習した次第である。結果として前者は未だに習得できていないものの、後者に関しては最終日にギリギリで発動を確認できた。


 瀕死の野ネズミに対して呪文を繰り返すこと幾百回。


 その怪我が治っていく様子は感動だった。


 初級の回復魔法ではちょっとした切り傷や擦り傷、簡単な骨折を治すのが精一杯であったのに対して、中級の回復魔法では、魔法に費やす魔力次第で四肢欠損や深刻な火傷、複雑な骨折までをも完治させることができるという。


 中級の回復魔法が使えれば、どこへ行っても食いっぱぐれることはない、というのがピーちゃんの言葉である。死に体であった状況から一変、元気を取り戻したネズミの駆け足で逃げていく様子を眺めては、仰ることも尤もだと思った。


 併せて今回はピーちゃんから、大規模な魔法の存在について講義を受けた。なんでも山の形を変えるほどの代物が、幾つも存在しているらしい。流石にそれはどうなのよということで、運用方法については二人の間で要検討という結論に落ち着いた。


 そして、魔法の練習を終えたのなら、現地のお宿で食事と睡眠を取ってからの帰還である。上司から呼び出しを受けている手前、あまり長居をすることはできなかった。自宅に戻り次第、駆け足での登庁と相成った。


 そんなこんなで訪れた先は、都心部のビルに収まった局内の会議室。


 六畳ほどの手狭い空間で、課長と顔を向かい合わせている。


「休みを告げた手前、いきなり呼び出して悪かった」


「いいえ、それは構いませんが」


「公務員の昇進というと、本来であれば試験だ何だと色々あるのだが、我々の部署は少しばかり特別となる。そもそも肩書などあってないようなものだ。そういった背景も手伝い、現場の状況次第でこうポンポンと変わる」


「お給料の方はどうなるんでしょうか?」


「その点は安心していい。ちゃんと見合った額が用意される」


「それはなによりです」


 ここ最近は出費が激しいので、次の給料日が待ち遠しい。


 採用初年度はボーナスってどういう扱いになるんだろう。


 前の職場では存在しなかったから、めっちゃ気になる。


「ただし、担当内で人が足りていないのは事実だ。入ったばかりで申し訳ないが、今後は即戦力として扱わせてもらう。昨晩にも伝えたとおり、佐々木君には星崎君と組んで、能力者の勧誘を行ってもらいたい」


「能力者の勧誘については承知しています」


「なにか問題が?」


「しかし、星崎さんと一緒というのは物々しいですね」


「能力者の勧誘と一口に言っても色々とある。警察への通報から、挙がってきた情報を元に野良の能力者に声を掛ける場合があれば、非正規の能力者として活動している者に対して、交渉を持ち掛けるようなこともある」


「なるほど」


「一人で頑張ってみるかね?」


「是非とも星崎さんと組ませて下さい」


 一人で他所の異能力者と喧嘩なんて冗談じゃない。


 星崎さん愛してる。


「素晴らしい判断だ」


「ところでその場合、危険手当は出るんでしょうか?」


「原則として我々の外回りには、常に危険手当が発生する。能力者関係の仕事で安全な仕事は存在しないと考えたほうがいい。能力者というのは、何の訓練も受けていない素人が重火器を手にしているようなものだ」


「……たしかに課長の仰るとおりですね」


 おかげさまで少し意識が改まった気がする。


 そんな具合だから、わざわざ能力者を集めて公務員とした上で、同じ能力者の問題に対処させているのかも知れない。そうでなければ大々的に、警察や自衛隊を動かさなければならなくなる。情報の秘匿もなにもあったものではない。


「ただ、そうは言っても一昨日のような件は稀だ」


「もしも日常だと言われたら困ります」


 ちなみに自身の新しい肩書についてだが、名刺の上では警部補、ということになるのだそうだ。年齢的に考えると、決して悪くない響きである。ちなみに課長は同じ尺度で考えると、警視長というやたらと偉そうな位置にくる。


「それと君には、星崎君の面倒をみてやって欲しい」


「彼女をですか? むしろ私が面倒をみてもらっているような気がしますが」


「彼女はああ見えて、些か不安のある人格の持ち主だ。歳も若い」


「……承知しました」


 実年齢を聞いた後だと、課長の言葉にも頷ける。


 ただ、できれば距離を取りたい相手である。大人としての義務感、みたいなものが良心を刺激しないでもないけれど、何事も命あっての物種である。彼女は自ら望んで危険手当を稼ぎに行く傭兵JKだから。


「小一時間ほどで、改めて内事に向けた連絡が行く。それまでフロアで待機だ」


「分かりました。それでは自席でお待ちしています」


 上司との面談はそんな感じで過ぎていった。


 しかしなんだ、出世という響きは意外と悪くないかも知れない。自身には何の変化もないのに、根拠のない自信が内側から滲み出てくるのを感じる。世の中の社畜が上司に胡麻をする理由が、何となく分かったような気がする。


 現在の職場に関しては、出世すれば出世しただけ、身の回りの自由も増えそうだ。そうなると異世界にも行きやすくなる。ここは一つ公務員として、庁内の出世レースに挑んでみるのも、悪くない判断かもしれない。


 扱い的には準キャリ以下だろうけれど、それでも少し期待してしまった。

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