ルンゲ共和国 二
わざわざルンゲ共和国までやってきたのには大きく二つの理由がある。
国内で出資を募ると面倒なことになりそうだったので、国外に出る必要があった。ヘルツ王国でお金を借りるとか、そんなの怖すぎるもの。ただでさえ最近は陛下の跡目争いを受けて、貴族やその下に付いた資産家たちが敏感になっている。
あとはハーマン商会の店長さんと仲違いしてしまった都合上、ヘルツ王国内では今後、何をするにも動きにくいだろうと考えた。これからどう転ぶかは分からないが、マルクさんが肩身の狭い思いをするのは間違いない。
ということで、持ち込んだ商品の説明をさせてもらった。
基本的には電卓を筆頭として、トランシーバーや乾電池式の人感カメラなど、こちらの世界で模倣が難しい製品である。また今回は他にも、自宅の押入れで眠っていたアルコールチェッカーやトイカメラ、無電源式の現像機も持ち込んだ。
すると相手の表情は一変して真剣なものに。
いつの間にやら笑みも消えているぞ。
「設立予定の商会では、これら商品を取り扱う予定です」
「ササキさん、お話を始める前に一つよろしいでしょうか」
「なんでしょうか?」
「何故、我々なのですか? たしかにルンゲ共和国においては、それなりのものがあると自負もあります。しかし、規模の上で言えば他にいくらでも、声を掛ける先があったのではありませんか?」
ジッと真剣な面持ちで見つめられた。
冗談を言えるような場面ではなさそうだ。
「資本力も然ることながら資金力に優れており、尚且つ過去に取引実績のあるケプラー商会さんであれば、これからも末永くお付き合いできるのではないかと考えました。素直に申し上げますと、他の商会さんでも当面の目的を達するには問題ありません」
それとなく御社ヨイショを交えての受け答え。
大企業コンプレックスのある、それでいて比較的勢いのあるベンチャー企業を褒めるときの常套句である。ケプラー商会さんの事業規模こそ理解していないけれど、他に大手商会が存在しているのであれば、別段問題はないだろう。
「それは光栄なことですね」
「先立ってお伝えしたいのは、これら商品が既にヘルツ王国のハーマン商会さんで、取り扱いの実績があるということです。しかし、私としては卸し先を一つに絞り、ある種のブランド感を出していきたいなと考えておりまして」
「…………」
「ただ、それと同時にハーマン商会の従業員の皆さんとの関係も大切にしたい、といった意志もあります。しかしながら、やはり頭の固い方はどこにでもいらっしゃるものでして、友好的に物事を進めることが難しくなってまいりました」
「……なるほど、そういうことでしたか」
それに何よりも、ピーちゃんからの紹介、というのがポイント高い。
本日も彼は肩の上に止まり、碌に身じろぎすらせずジッとしている。これといって反応を見せる素振りも見られない。少なくとも現時点までの提案については、セーフだと考えてよろしいのではなかろうか。
こうした背景も手伝い、多少なりとも自信を持って事を進めることができる。
「いかがでしょうか?」
「ササキさんの仰ることは理解できました」
「ありがとうございます」
「しかし、今回のお取引については、我々も相応のリスクを背負うことになります。こう言っては失礼ですが、ササキさんはヘルツ王国の方です。マーゲン帝国との関係如何によっては、何がどう転ぶか分かりません」
「ヨーゼフさんの仰ることは尤もだと思います」
「過去に取り引きがあったとは言え、それもたった一回のこと。そこでササキさん、貴方という存在について、我々が信用するに足る人物であることを証明してはもらえませんか? 扱っている商品が魅力的だからこそ、二の足を踏んでしまいますね」
彼らからすれば当然の反応だろう。
傍から眺めれば、敗戦国の商人が泣きついてきたようにしか見えない。戦場におけるマーゲン帝国の敗退とヘルツ王国の延命も、世間的には大戦犯なるおっかない人たちの喧嘩に巻き込まれた形で、棚ぼた的に手にしたことになっている。
近い将来、両国が再び衝突するとは、誰もが考えていることだろう。
だからこそヘルツ王国の陛下も焦って色々と施策を打っていた。
いいや、それよりも先にマーゲン帝国以外の国から攻められる可能性が考えられる。今回の戦争でヘルツ王国は決して少なくない兵力を失った。このタイミングで漁夫の利を狙う国々が現れても、決して不思議ではない。
この手の話において素人の自分であっても、容易に想像できてしまう。
「そういうことであれば、こちらから一つ提案があります」
「是非お聞かせ願いたいですね」
ハーマン商会の副店長さんが投獄されてしまっている間、異世界との取り引きを停止するのは時間的に勿体無い。ここ最近では多少のズレも見受けられるが、それでも現代日本に戻ったのなら、こちらの世界では結構な時間が進んでしまう。
近日中に二人静氏との顔合わせを予定している都合上、そのタイミングでの仕入れをこちらのケプラー商会さんに卸すのは、妥当な判断ではなかろうか。今回の話が上手くまとまれば、向こうしばらくは仲良くしていく間柄でもある。
なによりもマルクさんを投獄した昨今のハーマン商会は危ない。誰が敵で誰が味方なのか、自分にはまるで判断がつかない。下手に近づいては副店長さんと同じように、牢屋へ入れられかねない。しばらくは距離を置くのが正しいと思う。
「次の仕入れに際しては、ケプラー商会さんに我々の商品を卸させて頂きます。ただし、商品に対する支払いは商会の設立後に分割での返済としましょう。これを持って担保とさせて頂けませんでしょうか?」
残念ながらこちらからは、商品の他に差し出せるものがない。
これで駄目だと言われたら、大人しく他の商会を訪ねて回ることになる。そう言えば、こちらの世界って自国の商人が他所の国で利益を上げた場合、税金の扱いはどうなるんだろう。後でピーちゃんに確認しないと。
「なるほど、そうですね……」
「こちらでは難しいでしょうか?」
「卸して頂く品は個別に、数も含めてご相談できますか?」
「ええ、もちろんです」
「そういうことであれば、ええ、我々もご協力させて頂けたらと」
「ありがとうございます」
ヨーゼフさんの顔にニコリと笑みが浮かんだ。
どうやら前向きに検討してもらえたようである。今から他に商会を訪ねてまわるのも面倒だったので、こうしてケプラー商会さんで決めることができて幸いだ。一から同じ説明を繰り返すのは、なかなか面倒なものである。
また自分たちの存在についても、なるべく局所に留めておきたい。あちらこちらに声を掛けて回ったら、瞬く間に噂となってしまう。それは担保として預けた商品をとんずらされるのと同じくらい面倒なことだ。
「ところでそちらの事情についてですが、新しい商会の代表には貴方が?」
「いえ、他に適当な者がおります」
「そうですか、でしたら早めにお会いしておきたいですね」
「承知しました」
「出資額に対する経営権、もしくは利益率の交渉に進ませて下さい」
「ありがとうございます。それでは細かな話になりますが……」
この話が上手くまとまれば、マルクさんの商人としての居場所がなくなる、といった未来は回避できると思う。ヨーゼフさんの反応に鑑みれば、恐らく現場の人間関係をそのまま引き継ぐことも不可能ではなさそうだ。
それから半日ほど、我々は同所で彼と話し込む運びとなった。
かなり具体的なところまで、商会の設立について相談することができた。
「ところで、立ち上げる商会の名前なのですが、マルク商会でお願いします」
「その方が代表となる方なのでしょうか?」
「ええ、そうなります」
「承知しました。お会いできる日を楽しみにしています」
そして、最後に希望の商会名を伝えたところで、我々は応接室を後にした。
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