ようこそ、街の印刷屋さんへ! 教えて、革ジャン先輩!

えーきち

第一巻 教えて、革ジャン先輩!

はじめに

 書籍化――


 カクヨム他、多くの小説投稿サイトで活動する沢山の作家たちが、毎晩うなされるほど夢に見る、高き壁、儚き幻。


 小説どころか、漫画もCDも売れなくなった昨今。

 例え作家デビューを果たせたとしても、担当の第一声が「仕事は辞めないでください」とは、夢なのに、夢のない話である。


 小説家では食っていけない。

 なのに、日夜作品を生み出す作家たちは後を絶たない。

 それはひとえに、自分の書いた作品を、誰かに読んでもらいたいから。

「一言、面白かった」という、声が聞きたいから。

 それだけ――ただ、それだけ。


 今でこそ小説も漫画も、ネット上に自由に掲載でき、不特定多数の目にとまるチャンスが転がっている。

 自分は書けばいい。ネットにアップすればいい。簡単な、至極簡単なことだ。

 中にはそこから商業誌デビューを飾る作家たちもいる。

 ただ、表面張力を起こすほどの飽和状態にて、自分の作品が読まれるとは限らないのだが。

 それでも、可能性はあるのだ。


 

 しかし、昔は違った。



 書き上げた小説や漫画は、どこかに発表しなければ、人の目に止まることはなかった。

 家族に見せる、友人に見せる、せいぜいその程度が関の山だった。

 不特定多数に見てもらうなど、書いただけでは万が一にもあり得ない。

 夢のまた夢。

 下手をすれば物置の肥やしか、古本古雑誌と一緒に廃品回収の経路をたどり、夢の島行確定である。


 作家たちは、自分の書き上げた作品を読んでもらうことに想いを馳せた。

 何とか読んでもらえないか、頭から煙が出るほど考えた。

 そして、辿り着いた答。



「そうだ! 自分で本を作ればいい。そして、イベントに持ち込もう」



 同人誌――書籍化。これも、立派な書籍化だ。

 まだ、カラー印刷が高額だった時代。

 なけなしのお金で、悩んで悩んで、それこそ夜も眠れなくなるほど悩みぬいて、こだわりの紙で、色で、自作を飾り立てた。

 商業誌ではない。が、作家たちは出来上がった、初めて手にする自分の作品に、瞳の堤防を決壊させた。

 夢にまで見た自分の作品が本になり、今まさにこの手にある。

 それは、天にも昇る気持ちだった。


 しかし、それは売れなかった。

 版権物の二次創作ならともかく、オリジナルである一次創作は、人の目にとまりにくかった。

 丸一日のイベントで、本を手にしてくれる人数は、片手で十分事足りた。

 沢山の客が、自分のブースの前を素通りしていく。

 仲良くなるのは、隣ブースに座る、同じ一次創作の書き手さんだけ。

 行列を作る、二次創作大手のサークルが羨ましくも思えた。


 面白い、絶対に面白いはずだ。けど、自分たちの作品はオリジナルである。手に取って中を見てもらわなければ、その面白さも伝わらない。

 金額だって上げられない。採算度外視だ。全部売っても赤字覚悟。

 それでも――それでも、自分の知らない誰かが、苦労して作った作品を手にしてくれたことが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。




 作品を書く。読んでもらう。それは一種の麻薬だった。




 書く欲求は変わってはいない。

 しかし、本への飢えは、昔の方が強かったように思える。




 過ぎ去りし時の流れの中で、私はそう感じた。



    *    *    *


 失礼しました。自己紹介が遅れました。

 私は某印刷会社の主任オペレーターの経験を元に、この物語のナビゲーターを務める、革ジャン先輩といいます。



 本を愛する、すべての作者と読者へ捧ぐ、印刷の裏側。



 過去に同人活動をしていた貴方、そしてこれから同人誌を作ってみたいと思っている貴方。

 他、仕事で広報を担当している、結婚するんだけど案内状を自作したい、名刺が欲しいなど、何でもゴザレ。

 マニアックな印刷の話から、ためになる話、面白い話を織り交ぜ、アシスタントのヒナに、印刷の疑問をぶつけてもらおうと思います。

 ヒナ、準備はいいか?



「いつでもOKですよ」



 さぁ、印刷の話をしようか。

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