9ページ目 二階への階段
別に怒ってなんかいませんよ。女の子たちにデレデレしている革ジャン先輩が、ひたすら気持ち悪いだけですから。
革ジャン先輩は眉を八の字に歪め肩を竦める。
「まぁ、いいけど――飴、舐める?」
「舐めます!」
コロコロコロコロ……
「機嫌直った?」
「直ってません!」
「やっぱり、怒ってるんじゃ……」
「怒ってません!」
長い髪を無造作に後ろで縛り、少し吊り上がった目を細め、私の機嫌を伺うように優しい声をかける革ジャン先輩。
しつこいですね。そんな甘い顔に騙されたりはしませんよ? 私は大人な女性ですから。まだ、大学生ですけど。
格好だって、アシスタントっぽくグレー基調のレディーススーツで決めているんですから。子供扱いしないで欲しいです!
革ジャン先輩はフッと小さなため息をつき、店舗へのドアを開ける。
「ちょっと、待ってて」
そう言うやいなや、お店の方へ姿を消した。
私はふと思い立ち、いそいそと製版機の方へ移動する。製版機の前には、漫画の原稿をビニールの袋に片づけている関さんがいる。
さっきからずっと、黙々と製版作業していた関さん。腰近くまである長い黒髪に眼鏡をかけた、ほっそりとした女性。年の頃は……革ジャン先輩と同じ、バキュン歳くらいだと思う。
「関さん、一つ質問していいですか? 革ジャン先輩って、どんな人です?」
関さんは眼鏡の奥の目を丸くして小さく首を傾げた。
鬼のいぬ間に何とやらですから。今の内に、革ジャン先輩の本性を知っておきましょう。
「革ジャンさん? え……っと、何を聞きたいのかよくわからないけど、別に普通の人だよ?」
「いえ、そういうのじゃなくて、何が好きとか、何が嫌いとか、NGワードは何だとか、女の人を騙しているとか泣かせているとか……」
「騙す? 泣かせる? そんな事しないよ。あっ、いい加減な仕事をすると怒るかな。あとは、本とバイクと音楽が好きな普通の男の人だと思うよ。プライベートのことまでは分らないけど。あっ、ここの社員みんな同人誌好きとか漫画描きなんだけど、革ジャンさんは小説を書いているって言っていたかな?」
関さんは口に手を当てて大きく笑った。
よかった。取りあえず、関さんを騙すような事はしていないらしい。
問題はお客さんだ。右も左も分らない同人誌のお客さんを、あの手この手で丸め込み、あんな事やこんな事まで……イヤだ。イヤらしい。不潔! 不潔です!
ん? 小説?
革ジャン先輩、この頃から小説書いていたんですね。そう言えば、書くのも読むのも好きって言っていましたっけ。
バイクも音楽もだけど、結局革ジャン先輩はこの頃からずっと、何も変わっていないんですね。ちょっとだけ、ホッとしました。
「お待たせ。あれ? ヒナちゃん? 関さんと何話してたんだ?」
「別に、何でもないです。ね、関さん?」
関さんはフフッと鼻を鳴らし小さく頷いた。
少しばかり息を切らせた革ジャン先輩の両手には、缶のドリンクが握られていた。ビニール袋に入っていない、コンビニのテープも貼られていない、たぶん取り急ぎ近くの自動販売機で買ってきたのであろう、二本の缶ドリンク。
一本は革ジャン先輩が飲むもの。そしてもう一本は、きっと私のために買ってきてくれたもの。
「じゃぁ、二階で製本の話をしよう」
「はい!」
「どうぞ?」
「はい?」
「二階に上がって、製本の話をするから……」
店舗への扉の右隣。階段横まで紙の棚でびっしりと埋め尽くされている。そのせいで階段は非常に狭く、人一人の幅しかない。しかも、古い民家を改装した店舗&
革ジャン先輩は、二階に上がることを勧めてくる。
いや、二階で説明するのはいいんですよ。二人きりの密室で、邪な気持ちを持ちさえしなければ。けど、先に階段を勧めるのはどうですかね? まさか、レディーファーストを気取っているつもりじゃないですよね?
「革ジャン先輩! 私の格好ってどう思います?」
革ジャン先輩の前で両腕を広げ、クルッと一回転する。ファッションショーのモデル気分で。肩までの髪がフワッと浮き上がる。
そんな私を見て、革ジャン先輩は顎に手を添え、低く唸るように鼻を鳴らした。
「ふむ……ちょっと背伸び感はあるけど、似合っているんじゃないか? それがどうした?」
「ありがとうございます。ちゃんと分って頂けてるんですね? それじゃぁ、私がどんな服を着ているか言ってみてください」
「スーツだな。上下グレーの。若さ故か、少しスカートが短いと思うが」
「視力も問題なし――と。じゃぁ、二階に上がりますか」
「どうぞ」
…………
……………………
「どうぞじゃないですよ! 革ジャン先輩が先に上がるのが普通ですよね? 私を先に上げてどうしたいんですか? 見て分かりませんか? パンツ見えちゃうじゃないですか! 女の子のお客さんにもそんな事言ってるんですか? だとしたら大問題ですよ? デリカシーなさすぎです!」
怒涛の如くまくし立てる私。
こんな格好した美少女が階段を上っている時、すぐ後ろに男の人がいたら痴漢に間違いありません。駅とかでよく見かけますよ。スマホ片手に、女の子の後ろを上っていく人たち。ホント、許し難いです! 地獄へ落ちろって思います!
大きく目を見開きアングリと口を開け、革ジャン先輩はポンッと手を叩いた。そして、恥ずかしそうに頭を掻く。
「ああ、ゴメンゴメン。そんな事、まったく頭になかったわ。じゃぁ、先に上がるから、気をつけてついてきて。階段急だから、足を踏み外さないように」
革ジャン先輩は両手にドリンクを握ったまま、急こう配の階段を上っていく。まるで何事もなかったかのように。
それはそれで釈然としない。乙女心はかくも複雑だ。
私は鼻筋にシワを寄せ、苦々しく顔を歪めた。
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