おわりに

 書籍とは印刷された紙の束である。

 誰もが当たり前のように本を手にしてきたのに、意外と知られていない世界。

 それが、印刷。

 印刷業に携わった事がある人間を除くと、書籍を手にする読者も、物語を生み出す作者も、実の所どうやって本が出来ているのかは知らない。そして、知る機会もない。

 そんな印刷に――本に焦がれたヒナの物語は、今まさに始まったばかりだとも言える。

 本のなくなった世界で、本が再び印刷される事を夢見て。



 印刷は三大発明の内のひとつである。(正確には活版印刷術であるが)

 一昔前、小さなオフセット印刷機が一台あれば一家が生活出来ると言われていた。

 結果、街の至る所に小さな印刷屋が溢れた。

 大きな会社ではない。零細弱小企業――所謂、家内工業である。

 そんな印刷屋がITの台頭によって悉く倒産した。印刷では食べていけない時代がやってきた。

 お客が来ない。小さな印刷屋が廃業する。そして、お客は大きな印刷屋に集まる。小さな印刷屋はさらに倒産する。

 世の中から印刷屋が淘汰されつつあった。



 ヒナの生きる時代は果たしてただの作り話だろうか? それとも本当の未来のすがただろうか? これは、決して小さな確率ではない可能性のひとつの物語。

 このままでは本がこの世から姿を消す日も、そう遠くはない。

 当たり前だと思っている世界は、必ずなくなる。そして、一度なくなってしまったものを取り戻すには、並大抵の努力じゃどうにもならない。

 印刷はデジタルではない。

 印刷機械がどれだけ進歩しても、効率よく印刷をするにはオペレータの技術と専門的な知識が必要である。

 印刷が失われるという事は、そういった技術や知識が失われる事と同意であると思って貰いたい。



 自分の書いた物語が本になる。それは作者の誰もが見る夢である。

 読者は作者の夢を買っている。

 夢を不正に手に入れる事は、決してあってはならない。人の夢を安易に穢してはならない。夢を失わせてはならない。

 夢がある限り、本は決してなくならないのだから。

 そして本がある限り、印刷もまた永遠になくならないのだから。

 そんな世界を願って止まない。

 


 そしていつかまた、ふと手にした本に目を落とし疑問が湧いたのなら、遠慮する事なく声をかけて貰いたい。

「教えて、革ジャン先輩」と。




 本を愛する、すべての作者と読者に捧ぐ。




 さぁ、印刷の話をしようか。





―――――――――――――――――――――――― Fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ようこそ、街の印刷屋さんへ! 教えて、革ジャン先輩! えーきち @rockers_eikichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ