13ページ目 面付け 中綴じ編

「中綴じの面付けには絶対に守らなければいけない事がある!」



 革ジャン先輩は白い光が差し込む窓を見据え、グッと拳を握り締め自分の首元で力強く振る。

 何ですか、突然? 格好いい事言っている風に装っても、中綴じの面付けを忘れていた事がなくなったりしませんよ?

 ポカンと見上げる私にチラッと視線を落とし、目が合うとすぐに再び窓を向き直した。そして、聞いてもいないのに、一人勝手に話し出す。



「中綴じとは、ページ数が絶対に四の倍数でなければならないのだ!」

「絶対に?」

「そうだ!」

「もういいですよ。別に忘れていた事を責めたりしませんから。教えてもらっている身ですし。それより、何で四の倍数じゃなきゃいけないんですか?」

「あっ、そう? 中綴じはさぁ……」



 革ジャン先輩はニヘラと笑い、急に砕けた態度で私の肩に手を回す。

 ムッ、馴れ馴れしいですね。お調子者甚だしいです。

 私の肩に置かれた手の甲を、ギリリッと抓り上げる。革ジャン先輩は「イテッ」と小さな声を上げ、その手を勢いよく引っ込めた。



「おー、痛い。教えてもらっている身じゃなかったのか?」

「それとこれとは話が別です。革ジャン先輩はお客さんとかにもそんな事するんですか? セクハラですよ、セクハラ!」

「冗談だよ、冗談。本気にするなって。誰にでもする訳ないだろ? 客が減るわ」



 誰にでもする訳じゃないのに、今日会ったばかりの私にはするんですか? それ、本当に信じていいんですかね?

 訝し気な視線を向ける私をよそに、革ジャン先輩は涼しい顔でさっき棚から取り出した中綴じの本を手に取った。そして、開いて机の上に置く。

 本はすぐに閉じようと、パラパラとページが捲り上がる。それを片手で机に押し付け、もう一方の手で本の真ん中をゴシゴシと擦った。



「中綴じの本だ」

「見ればわかりますよ」

「じゃぁ、わかるだろ? 綴じてあるホチキスを外した場合、一枚の紙は何ページになる?」

「あっ、4ページです」

「つまり、中綴じは四の倍数って訳。簡単な所で、本文ページ数10ページの本が中綴じ出来るか検証してみよう」



 そう言うと、革ジャン先輩は部屋の外から数枚の紙を持ってくる。

 メモに使った紙とは違う、ガサガサした白地に不規則な不純物が入り込んだような紙だった。

 机の上に広げた状態で二枚の紙を措く。そしてその紙の左右長い方の端を合わせ、空いた手で折られた側の膨らんだ場所を何度も押さえ付けた。



「これで今何ページになった?」

「1……2……8ページですね」

「じゃぁ、10ページにしてみよう」



 革ジャン先輩はもう一枚の紙を折り、折り目に立てた爪を勢いよくスライドさせた。そして、折り目を指先で摘み切り込みを入れると、真っ二つにそれを引き裂いた。



「はい、10ページの出来上がり」



 折られた二枚の紙の真ん中に、ちょうど半分になった紙を挟み込む。

 確かに10ページになりましたね。で、これを中綴じで製本……出来ませんよ。

 差し込んだ半分の紙はホチキスで留められませんから。



「検証終了。ね? 四の倍数じゃないと中綴じは出来ないんだ」

「はい、確かに。じゃぁ、四の倍数じゃないページ数の原稿を送ってきたお客さんがいたとしたら、どうするんですか? そんな人、いませんかね?」

「いや、ウチは同人誌初心者のお客さんも多いからたまにいるよ。そんな時は、四の倍数になるように原稿を増やして送ってもらうか、本が必要な納期が迫っている場合は一言断りを入れて、最初か最後に四の倍数になるだけの白紙ページを差し込む。そこで中綴じの面付けだ」



 私は真剣な眼差しで革ジャン先輩を見あげた。

 いよいよですね? 自己製本の面付けですよ。やろうと思えば、私だって自分で本が作れちゃう訳ですから。

 革ジャン先輩が私を見おろし、フフッと鼻で笑う。

 何ですか? 私の真剣な目つきがそんなに可笑しいですか?



「印刷の事にそんな夢中になるなんて、何か可愛いね」

「かっ、なっ、何言ってるんですか!? セクハラですよ、セクハラ! いいから早く教えてください!」

「わかったわかった」



 革ジャン先輩は新たに段ボールから取り出した原稿を机の上に置いた。この原稿も片側と下が切り落とされている。



「いきなり8ページ掛けからですか?」

「いや、面倒だから一緒にやっちゃおうと思って」

「面倒って何ですか!? 私は真剣に印刷を勉強しに来ているんですよ? 適当にやってもらっちゃ困ります!」

「大丈夫、大丈夫。任せなさい」



 不満あらわに唇をニュッと突き出す私の前で、ドンッと胸を叩く革ジャン先輩。

 革ジャン先輩は原稿の枚数を確認すると、それを途中からわける。そして、わけた後ろの方のページを一枚ずつ捲り、ページ数が逆になるように重ね合わせた。



「何やってるんですか?」

「原稿をちょうど半分にわけて、中綴じの準備。いいから、見てなって」



 そう言うと、革ジャン先輩は左に置いた原稿を上から二枚取り、それを裏で合わせ机の上に並べる。そして、次に右に置いた原稿からも同様に上から二枚取り、裏で合わせ先に置かれた原稿の右隣に置いた。



「3ページと18ページですよ。裏は4ページと17ページですよね? これ、合ってるんですか?」

「印刷された紙を広げて重ねた状態を思い浮かべてみて。一番下の紙の右側の裏が3ページだとすると、4、5、6、7ってページが上に移動していくだろ?そして、真ん中のページを境に、今度は下へ向かってページが移動する。で、左側の一番下の裏になっているページは最終ページだ。だから、3ページの隣は最終の18ページ」



 はぁ~、なるほど。だから、わかりやすいように半分で原稿を割っていたんですね?

 革ジャン先輩は私の見ている前で、ゆっくりと一枚一枚原稿を貼り合わせていく。

 4ページと17ページ、5ページと16ページ、6ページと15ページ……

 一番若いページと一番最後のページを合わせた後は、増やしていくページと減らしていくページを張り合わせる訳ですね?

 革ジャン先輩は一通り貼り合わせると真ん中で折って、私の顔の前で一枚一枚捲って見せた。

 3、4、5、6、7、8…………16、17、18。はい、確かに。



「で、8ページ掛けはこれをそのまんま貼り合わせればいい」

「えっ? そんなに簡単でいいんですか?」

「そんなに簡単でいいんですよ」

「馬鹿にしてます?」

「馬鹿にしてません」



 絶対に馬鹿にしてます。もう、何なんですかね? 馬鹿にしてみたり、優しくしてみたり、こっちは振り回されっぱなしですよ。こうやって男は女の人を騙していくんでしょうね。そうは行きませんよ?



「平綴じの時と同じで、折った時にページが繋がるように。3ページと6ページ、4ページと5ページを張り合わせる。だから当然、18ページと15ページ、17ページと16ページも貼り合わせる事になるね。残りも貼ると、本文ページ数16ページの8ページ掛け中綴じの面付けは、表裏セットで一台だから、二台分って事になるね」




************


 面付けの項目に入って初めての革ジャン先輩です。

 お久しぶりです。


 さて、この面付け――平成もじきに終わる頃になると、手でやることはほぼありません。

 漫画の原稿もデータ入稿以外お断りな印刷所が増え、面付けは面付けソフトを使って行われます。それでも、面付けの知識がないと間違いに気づかないので、製版作業をする人は必ずこの知識が必要です。


 また、印刷や製本屋さんに指示が必要なため、紙にページ数だけ書いた『折り表』を書く作業もします。面付けの知識がないと、この作業もままなりません。


 4ページ掛け、8ページ掛けなんかは簡単です。それが16ページ掛け、32ページ掛けにもなると印刷も製本屋さんも、『折り表』がないと作業が止まってしまいます。

 確認せずに作業したら、とんでもない順番で仕上がってきたなんて、目も当てられませんからね。


************




 さらっとやって退けましたけど、私は一つ一つ考えながらじゃないと出来そうもありません。素人も素人、つい先ほどまで印刷の『い』の字も知らなかった、ど素人なんですから。

 けど、色々と勉強できて本当に嬉しいです。

 印刷されて本が出来るまで、沢山の工程がある事がわかりました。興味が尽きませんよ。

 まだまだいっぱい教えて下さい。ね、革ジャン先輩?

 私は革ジャン先輩を見つめ、ニコッと笑いかけた。



「ん? 何? ちょっといい男だなって思っちゃった?」

「はぁ……調子に乗りさえしなければ、少しは……」


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