12ページ目 面付け 応用編

「そんな顔してると、幸せが逃げるぞ? 眉間に皺が残って」

「誰が怒らせているんですか。ホント、失礼しちゃう。こんなに可愛い子捕まえて」

「それ、自分で言う?」

「いつも言われてますぅ!」



 お爺ちゃんにだけど。いいんですよ、それでも。私の本当の可愛さに革ジャン先輩が気づいちゃっても色々と困りますから。

 革ジャン先輩は私の言葉を華麗に受け流し、机の上の原稿を片付けた後、段ボールの中から別の原稿が入ったビニール袋を取り出した。



「今やった4ページ掛け平綴じの面付けは初歩。8ページ掛けもあるから覚えておくといい」

「初歩だったんですか!? もっと難しくなるの!?」

「まぁ、4ページ掛けの応用程度だから、そんなに心配しなくてもいいよ」



 革ジャン先輩が新しく取り出した原稿は、先ほどまでの原稿と同じように3ページの右側が切り落とされていた。その下の4ページは、きっと左側が切り落とされているに違いない。

 どうです、この鋭い洞察力は? だたの空想? 絶対に間違ってないですよ。

 ん? あれ? さっきの原稿と違う所がありますよ?

 私はバッと革ジャン先輩を見あげる。



「あっ、気づいた? ここの部分だろ?」



 そう言うと、革ジャン先輩は一番上の原稿を片手に取り、空いた方の指先で原稿の下の部分をスイーッと指でなぞった。

 革ジャン先輩の指の先――原稿の下の部分も切り落とされている。私は机の上の原稿に視線を落とした。積まれた原稿の一番上のページは4ページ。それもまた、同じように下の部分が切り落とされていた。



「8ページ掛けは表面4ページ、裏4ページだから、さっきの4ページ掛けからさらに先、ページ下側も付け合わせないといけない。だから下を切ってあるって訳」

「4ページ掛けと8ページ掛けの違いってなんですか?」

「プッ…………そこからか」

「何が可笑しいんですか!? だって教えてもらってないですから!」

「ゴメン、ゴメン」



 革ジャン先輩は片手掌を立てて、いたずらっぽく笑う。そして、部屋の外へ消えたかと思うとすぐに、一枚の薄茶色の紙を手に戻ってきた。そしてペン立てからボールペンを抜き取り、指の先でクルッと一回転させる。



「A判四切り、何サイズだった?」

「え……っと、全判がA1大でしたよね? 半裁がA2大、だから四切りはA3大です」

「紙サイズの考え方は問題ないね。じゃぁ、四切りサイズの紙に4ページ掛けの漫画の印刷をした場合、本のサイズは?」

「4ページ掛けは表裏で4ページですから、片面は2ページ。A3大に2ページだから、A3大の半分でA4大。切り落とす余白があるからA4サイズです」

「その通り!」



 革ジャン先輩は私の頭をクシャクシャッと撫でる。私はキュッと目をつぶって首を竦めた。

 もうッ! 子ども扱いしないでください。今の革ジャン先輩とは、そんなに年が変わらないんですから。

 年が変わらない?

 私、同い年くらいの男の子と、こんな風に接したことあったかな?

 ヤダ……ちょっとドキドキする。顔が熱い。



「A判四切りの紙に印刷される4ページ掛けの本はA4サイズ。なら、8ページ掛けは?」

「はっ? ちょっと待って下さいね? えっと、8ページ掛けは片面4ページで、A3大の四分の一だから……ブツブツ……ブツブツ……A5です!」

「正解。仕上がりがどんなサイズかによって、4ページ掛けと8ページ掛けが変わってくる。ウチの印刷機は主にA判四切りと四六判八切り。それ以上のサイズは印刷出来ない。仕上がりがA4、B5だったら4ページ掛け。A5、B6だったら8ページ掛けって事。わかった?」



 持ってきた薄茶色の紙に図解を交えてわかりやすく書き込んでくれる革ジャン先輩。これで「わかりません」なんて言えっこない。

 革ジャン先輩が書いてくれた紙を両手に持ち、穴が開くほどジーッと見つめる私。チラッと革ジャン先輩を見あげると、「何?」とでも言いたそうに、目を丸くして小さく首を傾げる。



「じゃぁ、実際に8ページ掛けの面付けをやってみよう」

「お願いしますッ!」



 革ジャン先輩は原稿を上から二枚手に取ると、私のすぐ目の前に、天地逆方向に置く。そして、次の二枚は下合わせで、置いてある原稿の向こう側。

 私は思わず「えっ?」と小さな声を漏らしていた。



「4ページ掛けの時のように、隣じゃないんですか?」

「いいから、見てなよ」



 奥の原稿の隣に次の二枚の原稿を並べ、そして最後は左手前。革ジャン先輩は最初の原稿の端を指先でつまんだ。



「裏が3ページ、表が4ページ、奥の表が5ページ、裏が6ページ、右奥裏が7ページ、その表が8ページ、右手前表が9ページ、最後その裏が10ページ」

「一連のページの流れが、一筆書きのようになめらかですね」



 片面だけを見ると、とても合っているようには見えないのに、何かちょっと凄いと思っちゃいました。

 革ジャン先輩は私の目の前で、セロテープを引きちぎり、一通りのページを張り合わせると、大きくなった原稿を両手で持ち上げ、パタンパタンと折り始めた。

 下の原稿を奥側に向かって谷折り。2枚に見える原稿を今度は山折。そして、折った方を右手で握ると、左手で原稿の上側を一枚捲って見せた。



「いい? 今見えているページが3ページ。で、一枚ずつ捲るよ?」

「3、4、5、6、7、8、9、10だ! 凄い! ちゃんと繋がってますよ!」



 革ジャン先輩は得意満面に口の端を上げ、フンッと鼻を鳴らした。

 そんなドヤ顔しなくても。凄いのは革ジャン先輩じゃないですから。それに、ちょっと腑に落ちない事があるんですよね。



「この並び方じゃないと駄目なんですか? 二つの4ページ掛けの原稿の下を合わせるだけ……とか。それでも、一筆書きみたいにページは並びますよね?」

「うん、問題はない。けど、最初は長い方を折った方が安定するだろ? 短い方を折ったら細長くなるし。それも、製本屋次第だけど」

「製本屋さん次第?」

「そう。折って帳合い――ページを重ねて製本する製本屋もあれば、それぞれのページをバラバラに切って帳合いする製本屋もある。平綴じは綴じ方向と表裏さえ合っていれば、結構融通が利くんだ。色紙を差し込んだりもするしね」



 結構アバウトなんですね。

 革ジャン先輩は折った原稿を机の上に置いた。そして私は気づく。革ジャン先輩が面付けした原稿じゃなく、残された原稿が四枚しかない事に。



「革ジャン先輩! 大変です! 原稿があと四枚しかないですよ? どうやって8ページ掛けの面付けをするんですか?」

「はははっ。ヒナちゃん、いい質問だ。まぁ、簡単な事なんだけどね」



 そう言うと、革ジャン先輩は私の目の前でパパッとその四枚を面付けした。漫画が描かれた方向を上に向けて、並びは手前右が11ページで左が14ページ。奥右が12ページで左が13ページ。



「や、確かに面付けはされていますけど、これがどうやって両面の印刷物になるんですか? 裏面は?」

「製版の時に版を二枚焼けばいいんだよ。180度ひっくり返して」



 ん? ちょっと待って下さいよ? 180度ひっくり返すと手前右が13ページで左が12ページ。奥右が14ページで左が11ページになるますね。その二つを裏で合わせると……



「あっ! ページが合いました! 手前側と奥側で同じ印刷になります。表裏は逆ですけど」

「そう。これを印刷用語でドンテンって言うんだ。覚えておくといいよ」

「へぇ~、ドンテンですか。じゃぁもし、残りの原稿が三枚とか二枚とかでもドンテンで印刷出来るんですか? 製本も?」

「平綴じは出来る。中途半端なページ数なら、製本時にページごとにバラして帳合いを取ればいいから。奇数ページだった時は裏が白になるけどね」



 私は「はぁ~」と大きく息をついて、パイプイスの背もたれに寄り掛かった。そして、左右の指を交互に組んでグッと頭の上で腕をのばす。さらに腰を捻る。


 あっ、スカートが上がっちゃう。イケナイ、イケナイ。


 革ジャン先輩はそんな私をチラッと見ただけで、残ったカフェオレを一気に飲み干した。雄々しく隆起した喉仏が大きく動く。

 夢中になっていて、自分も紅茶を飲みきっていなかった事に気づく。半分ほど残った紅茶の缶はもう冷たさをなくしていた。口元に寄せると、紅茶の香ばしい香りがフワッと鼻孔をくすぐった。



「面付けは大体わかりま……せんよ! 今教わった面付けって平綴じの面付けですよね? 中綴じは? 自己製本ですよ! そっちが先じゃないんですか?」

「お、おうっ。そうだった。じゃぁ、次は中綴じの面付けだ」



 後ろで縛った長い髪を振り乱し慌てる革ジャン先輩の背中を見ながら、私は小さなため息をついた。

 もうッ! シッカリしてくださいよ。革ジャン先輩だけが頼りなんですから。

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