31ページ目 スクラッチカード
「そう、お札にも使われている偽造防止方法だね。とにかく小さい文字。肉眼ではそれが文字とすら判断できないくらい小さい文字まである」
「確かに、ペンルーペで見ないと私にはただの線にしか見えません。けど、なんでこれが偽造防止なんですか?」
「じゃあ」と言って、ガラス張りの隣の部屋に行く革ジャン先輩。
革ジャン先輩の使っている印刷機の半分くらいの大きさの機械の前でなにやらやっている。あれは、何をやっているんだろう? 一部上蓋のようなものをパカッと押し広げて……大きなスキャナーのようなコピー機のような……
「おまたせッ!」
「革ジャン先輩! 隣の部屋の機械は何ですか?」
「んあ? オンデマンド機の事? 簡単に言うと、でっかいプリンターだな」
「大きなプリンターですか?」
「そう、コピーもできる。家庭用のOA機器と違って紙を選ばないし、両面印刷も可能。最大のメリットは可変ナンバーを……って、話が逸れるだろ? 今はこっち」
革ジャン先輩はそう言って、オぺスタに二枚の紙を置いた。
片方が先ほどの印刷物。もう片方は若干色合いが違う印刷物。これが、オンデマンド機でコピーしてきた紙なんだと思う。
「さっきと同じようにペンルーペで見てごらんよ」
私は言われた通り、オンデマンド機でコピーしてきた紙にペンルーペを立てる。
印刷機で印刷したものよりも、アミ点が心許ない。キレイじゃあない。
私は紙いっぱいにペンルーペをスライドさせる。
おかしい。どこにも文字は見えない。
ペンルーペに寄せた目を離し、マイクロ文字があるであろう場所の近くで、改めてペンルーペを立てる。そして、見逃さないように、ゆっくりとペンルーペをスライドさせた。
「あっ、マイクロ文字がありません!」
なかった。見えるはずのマイクロ文字が周りよりも濃いアミ点になっているだけで、とても文字として読み取れなかった。
「いくらコピーの性能が上がっても、マイクロ文字程の小さな文字は再現できないのが現状だ。これが例えスキャニング――スキャナーで画像をパソコンに取り込んでも同じ結果だよ。マイクロ文字は印刷機以外じゃあ、印刷できない」
はー、凄いですね。
よくよく考えて見れば、50倍のルーペで見ないと見えない文字なんて、コピー出来る気がしないです。印刷機の再現精度を垣間見た気がした。
「けど、コピー防止って言ったって、みんなが50倍のルーペを持っている訳じゃあないですよね? 実際に出回っても誰も気づかないし、それがコピーでも同じ事なんじゃあないですか?」
「……痛い所を突くね」
革ジャン先輩は巻いたタオル越しに頭を掻きながら苦笑する。
確かに凄い事かもしれない。けど、誰も気づかないのなら、それはないのと一緒だ。
革ジャン先輩は少し嬉しそうに――嬉しそう? 指摘されたのに?
印刷機の隣で棒積みされている印刷物を、一枚手にした。
「そこに気づくって事が、勉強している証拠だと思うよ。マイクロ文字は、コピー防止印刷の付随だな。何種類ものコピー防止の内の一つって考え方をすればいいと思う。マイクロ文字単体で使う事は、まずない。で、こんなのもある」
マイクロ文字印刷の紙の上に重ねて、革ジャン先輩は新めて置いた印刷物は、どこかのレストランのクジだった。
実際私の時代では、まず見る事のなくなったクジ。
レストランやお店の商品クジは殆どインターネットを介している。それも、セキュリティがこの時代よりも格段によくなったが故の事だけど。
けど、あくまで殆どだ。全部じゃあない。
私も昔に見た事がある。
スクラッチクジって言うヤツだ。
丸く囲まれた所をお金で削ると文字が浮かびあがってくる金券クジ。そもそも、小銭を持ち歩く習慣もなくなってしまえば、そんなクジだって需要がなくなる。
令和のこの時代じゃあ、全盛期なんだ。
「このクジがコピー防止と何の関係があるんですか? もしかして、コピーされたものは、削っても何も浮かびあがってこないから、とか?」
「ん、スクラッチクジをよく知っているね。これの原理を知っている人はまずいないけど」
「原理?」
「じゃあヒナちゃん、逆に聞くけど、何でコインで削ると文字が浮かびあがってくると思う?」
「え?」
何でって言われても……なるから、なる! じゃあ、駄目ですかね?
私、理系って得意じゃあないんですけど。
コインの何かと反応して、文字が浮かびあがってくる、それくらいしか思い浮かびません。
私は何も言えず、革ジャン先輩とスクラッチクジを交互に見る。
眉間に皺が寄っている。駄目だ、こんな顔をしていちゃあ。年を取ったら皺が深くなっちゃう。
「え――っと、その、あの、化学反応?」
「イヤにフワッとしてるな」
「だって、〇〇が△△と反応して□□な物質ができるから何とか、なんてわかりっこないじゃないですか! 何のインキで印刷されているのかもわからないのに」
「あー、白だよ」
「は!?」
「だから、白だって」
白!? 白で印刷して、何でコインで削ると文字が浮かびあがってくるんですか?
ん? 浮かび上がって……削ると……白……白?
オぺスタの上、沢山面付けされたスクラッチカードの脇に置かれたコイン――10円玉。
「この十円玉って、意味があります、よ、ね?」
後ろでニヤニヤと腹立たしい笑いを浮かべる革ジャン先輩を、確かめるように上目使いで見る私。
革ジャン先輩は目を丸めて、感心したように鼻を鳴らした。
「へぇ~、何か気づいた?」
「白の材料――顔料でしたっけ? 確か金属でしたよね?」
「……感心するよ。よく覚えてるな。不透明インキの時に説明した事なんて」
わっ……
革ジャン先輩の大きな手が私の頭をポンポンと叩く。
優しくて、大きくて、温かい手。
この程度の事で心が弾む自分が情けない。けど、革ジャン先輩に褒められると本当に嬉しいんだ。
「白の顔料はチタン。後は、もうわかるよな?」
詳しい事はわかりません。近代工業学部のサカエくんならきっとわかると思うけど。でも、想像はつきました。
私はジッと革ジャン先輩の目を見すえて、フンッと胸を張る。
「これって、反応して文字が浮かびあがっているんじゃなくて、本当に削っているんですね?」
「……………………正解!」
「やった~! 何かご褒美ください!」
「ん、飴玉をあげよう」
何だ、また飴玉ですか? もう、私の中で飴玉の価値はさがりましたよ。なんてったって、若い頃の革ジャン先輩にお酒をご馳走してもらったんですから。
その後、革ジャン先輩に抱きついて……駄目、駄目だ。これは黒歴史だ。
あっ、そんな、飴玉を出されると自然に口が……
コロコロコロ、オレンジの味がした。
「チタンのモース硬度が6だったかな? で、10円玉のモース硬度が2か3くらい。ヒナちゃんが言った通り、10円玉が削れて、その粉で文字が浮かびあがっているって訳。印刷された文字が、10円玉よりも硬いって事だ」
得意じゃあないけれど、理系に詳しくなったような気がする。
印刷って、目の錯覚から科学的な事まで、全部を総動員しているんですね。こんな技術が失われていってしまうなんて…………あれ?
「何か話がズレていってません? これ、スクラッチカードの話じゃなくて、コピー防止の話でしたよね?」
「そうだよ。じゃあ、その先に行ってみよう」
その先? コインで削った先?
革ジャン先輩はオぺスタ横のプラスチックケースの中にあった、小さなキーホルダーを摘みあげた。
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