22ページ目 バイクに乗った女の子
サカエくんはどこにいるんだろう?
私は学校中を探しまわって途方に暮れていた。
学部は知っているけど、何を専攻しているかなんて聞きていない。教室を一つ一つのぞくなんて奇行はなるべく避けたいのだけれども、このままだと背に腹は代えられない。
人に聞いてまわるのと、どっちがいいのだろう。そもそも私は、男の人限定の人見知りだ。女の子には聞けるけど……近代工業学部は女の子が極端に少ない。
どうしよう? どうするの? 今日は諦める?
けど、そんなつもりだったら、こんなに慌てて学校へ来ていない。
私はベンチに座り、銀色の時計塔を見上げる。
時計の針は……十一時を指している。
朝ごはんも食べずに家を飛び出してきたから、お腹がキューッと鳴っている。
あっ、もしかしたら、食堂に姿を見せるかも。
一人暮らしの男の子のご飯事情なんて、悲惨なものと相場が決まってる。レトルト麺かカップ麺か外食だ。や、それは私のイメージだけど。
少なくともお弁当なんて作ってくれる彼女はいない――と、思う。いないよね?
食堂へ行ってみようかな? ついでに、お昼は天津Aセットにでもしようかな?
私は立ちあがって、両手を上にグッとのびる。そして、捻る。
ボーッとしてても埒が明かない。私の時間は貴重なんだから。
午後の授業に出てから、革ジャン先輩に印刷を教えて貰いに行く。サカエくんを探せるタイムリミットは、午後の授業が始まる前まで。
サカエくんに会ったら「ありがとう」って言わなきゃ。言えるかな?
まず、サカエくんを前に頬を赤らめて、もじもじしと恥ずかしそうにしながら目を潤ませ、幼稚園の――サカエくんに本を破られたころの事を詳しく聞き出そう。「お願い」なんて言いながら、ちょこっと首を傾けて。
うん、この作戦なら大丈夫。世界中どの諜報機関だって口を割る。ハニートラップってヤツだ。私くらいの美少女になると、過度な肌の露出は必要ない。あんなのはハニートラップじゃなくて、ただ性欲を刺激しているだけにすぎない。
そして「ありがとう」から「ごめんなさい」への流れだ。
ここでサカエくんは「何の事だ?」なんて言うに違いない。わざわざお爺ちゃんに言って隠していたくらいだから。流石のサカエくんも口を割らないかもしれない。
どうしよう? 冗談でも肌を露出させてにじり寄るなんて出来ない。いくら私の操を守ってくれたサカエくんでも、我慢できなくなって飛びつかれたら困る。と言うか、怖い。もう二度と、もう誰も、男の人が信用できなくなる。そんな人生を賭けたギャンブルなんてする気はない。
じゃあ、どうするの? 何か弱みを握って脅迫? それとも、大切な人を人質にとって……駄目だ。それじゃあ、私を襲ったサカイシゲルくんと一緒だ。それだけは、それだけは、避けたい。
あっ、そうだ。サカエくんはお爺ちゃんに会いたいって言っていた。
「お爺ちゃんに会わせてあげるから」とか何とか適当な事を言って、サカエくんから真実を引き出す作戦はどうだろう? けど、何でお爺ちゃんに会いたいのかな?
私を泣かせていた頃の悪ガキじゃあなくて、立派な男になりましたっていう報告?
だから、ヒナさんを……!?
な、何考えているんだ私は。おかしい。何かがおかしい。
もうこうなったら、鎌をかけてみたらどうだろう?
「お爺ちゃんに本の事を聞いたんだけど」とかなんとか言っちゃって。って、鎌をかけてないよね。これ、そのまんまだよね。
…………うん、そのまんまでいこう。おかしな策を立ててないで、素直に誠心誠意お礼と謝罪を述べよう。よしッ、そうしよう。
一度、マキちゃんにも聞いてみようかな? そう言えば、今日は見かけていないけど。
私はピジョンを鼻背に乗せ、マキちゃんにメッセージを送る。
気持ちのいい風に頬を撫でられ続ける事、十分。メッセージに既読がつかない。どうしたんだろう? 読むだけ読んでメッセージを返さない私と違って、誰に対してもマメに即返事をするマキちゃんなのに。
私はピジョンをカバンにしまって、時計塔を後にする。
そして、一号館の食堂目指して、芝生を横切るように曲がりくねった赤茶色のレンガ歩道を歩く。
ガロン、ガロン、ガロンッ!
けたたましいエンジン音が辺りの空気をビリビリと揺らす。
目の前の三号館の校舎の向こう側に駐輪場があるけど、こんなに大きな音がここまで聞こえてくるなんて、いったいどこの暴走族だろう?
しかも、ガソリンエンジンの音。今時街中で見るのは珍しい。ウチに一台あるから、音を聞けばすぐにわかる。
私自身はバイクに詳しくないけど、お爺ちゃんが乗っているだけに、興味はある。
どんな人が乗っているんだろう? ちょっとだけ、ちょっとだけ見てみようかな?
私は校舎をグルリとまわり込み、太い立ち木の影から駐輪場を覗いて……あっ!
いた。サカエくんが。
シルバーの半ヘルにゴーグルをかけた、ライダース姿のサカエくん。
跨った赤いバイクがエンジンの音に合わせて大きく揺れている。
そして、いた。マキちゃんも。
シュッとのびた足のラインを際立たせるスキニーのジーンズに薄手の長袖パーカー。相変わらずのラフな格好のマキちゃんは、サカエくんの肩に手を添えタンデムシートから降りると、ジェットヘルメットを片手にもう一方の手で髪の乱れを直している。
なんで、マキちゃんがサカエくんと?
エンジンの音が耳に刺さって、二人が何を話しているのかは聞こえない。
ただ、二人ともとても楽しそうに笑っている。
私はマキちゃんから何も聞いていない。と言うか、話してきても聞かないようにしていた。だって、誰それと付き合っているとか、どこそこのデートでなんて話ばかりで、ちょっと疲れてしまったから。他の話は聞くけど、その手の話は避けてきた。私に経験がないのも理由だけど。
けど、今回ばかりは本当に何も聞いていないんだ。いつもだったら、誰よりも早く、私に教えてくれたのに。
なんでだろう? 納得がいかない。
あっ、もしかしたら私の早とちりで、別におかしな関係じゃないのかもしれない。ただ、街で偶然会って、一緒にバイクで登校してきただけ――とか。
そうだ、そうに違いない。
でも、二人の前に出ていく勇気はない。
ん? そもそも、私がマキちゃんやサカエくんの前に出ていくのに、何で勇気が必要なんだろう? ん? ん?
サカエくんはバイクのエンジンを切ると、マキちゃんの持っていたヘルメットを受け取り、自分のと一緒にヘルメットホルダーにかけた。
その並んだヘルメットを見ているだけで、なにかモヤッとする。
私は立ち木にギュッと爪を立てて、フッとうつむく。
喧騒が消え去った駐輪場に、楽しそうな二人の笑い声が上がる。
私は何をやっているんだろう?
こんな所に隠れて、何がしたいんだろう?
いいや、今日はもう授業に出る気がなくなった。
帰ろう。
そして、革ジャン先輩に会いに行こう。
マキちゃんが何かに気づき、たすき掛けにしたカバンの中に手を突っ込む。
そして、取り出したピジョンを鼻背に乗せた。
何をやっているのかはわからない。ただ指先を宙に泳がせる。
ピロロロン♪
思いがけず、私のカバンでピジョンが大きな着信音を発する。
こんな時に、何!?
あっ、もしかしてマキちゃんの返信……
フッと顔を上げ、音を頼りに振り返るマキちゃん。
「あれッ? ヒナ?」
ヤバい、見つかった。
私はヘヘッと笑いながら二人の前に出て行く事を選ばなかった。
二人の顔を見もせずきびすを返し、まるで逃げるようにその場を離れた。
「ヒナー? どうしたのよー?」
追いかけてくるマキちゃんの声を振り払うように、全力で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます