36ページ目 同人誌即売会①
ついにやって来ちゃいました、夢にまで見た同、人、誌、即、売、会!!
周りを海に囲まれた、複数の展示会場が合わさった大きな大きな建物群。
目的の白い建物は、まるで白い断崖のような大きさです。ちょっと盛りすぎかな? でも、少なくとも学校の体育館の4倍くらいはあるんじゃないでしょうか?
その正面中央に飛び出した大きなガラス張りのエントランス。
もうすでに、人がいっぱいいますよ。熱気がオーラになって見えてきそうです。
え――っと、革ジャン先輩はどこに行ったんでしょうか?
あっ、いました! エントランス横で年配の男の人と立ち話していました。
では、いよいよ革ジャン先輩と一緒に同人誌即売会に突入です!
* * *
行き交う人の波を掻き分け、私は革ジャン先輩のもとへ駆け寄る。
アツい。アツいですよ、エントランス前に並ぶ方々の目が。まだ、開場まで一時間もあるのに。
「革ジャン先輩~! お~ま~た~せ~し~ま~し~……」
「あっ、社長。バイト連れてきましたよ」
高く手を上げたまま、凍りついたようにピタリと止まる私。
今、革ジャン先輩、何て言いました? 社長? この方が? バイト? 誰が?
革ジャン先輩と話をしていた年配の男の人は、顔に刻まれた深い皺を歪め、親しみやすい笑顔を私に向ける。
「君がヒナちゃんだね? 私が社長の鈴宮です。革ジャンに印刷を教わってるんだって? あんまり仕事の邪魔をしないでくれよ? はっはっはー」
マネキンのように固まったままの私の手を取り、ポンポンと肩を叩く社長さん。
私は天使のような笑顔を作り社長さんに小さく頭を下げると、革ジャン先輩の腕を取り引きずるようにその場を離れた。
「ちょっ、何?」と狼狽え体のバランスを崩しながら、私に身を委ねる革ジャン先輩。
私は社長さんから10m程離れた場所で、革ジャン先輩の腕をグッと自分の胸に引き寄せ、彼の耳元で囁いた。
「聞いてないんですけど、バイトなんて」
「あれ? 言ってなか……」
「言ってませんよ! イベントに連れてってくれるって言うからちょっと期待してたのに」
「期待? 何の?」
「デー……もうッ!」
渾身の力を込めて、踵を革ジャン先輩のブーツ向かって踏みおろす。そして、グリグリと捻り込む。
「イッッッターい!!」
一斉に私達を振り返る、入場待ちの人々。
革ジャン先輩は足を抱え、片足で飛び跳ねながらその場をグルグル回る。
私はそんな革ジャン先輩を無視して、不思議そうにこっちを眺め見ている社長さんに駆け寄った。そして、両手を前に深く頭を下げる。
「今日はよろしくお願いしまーす! いつもご迷惑おかけしている分、一生懸命頑張りまーす!」
* * *
ふおぉぉぉぉぉ! 広いですよ、見てくださいよこの広さ。
遮るものが何もない広々とした空間に、どこまでも果てしなく続くように折り畳み式の長テーブルが並べられている。会場の真ん中に作られた通路を挟むように、横二列づつ等間隔で並ぶ長テーブルが数えきれないほど設置されている。
その中に、サークル参加の人たちが、忙しなく自分のスペースを飾り付けていた。
サークルの1スペースは長机の半分。1サークルにつき2スペース――つまり机1台まで申し込む事が出来る。人気のある大手サークルさんは、運営側から隅っこに配置される。広い会場の壁に沿って並べられた机は企業ブース。全部、革ジャン先輩情報ですけど。
私は興奮して思わず駆け出そうとした所を、革ジャン先輩に襟首を掴まれる。まるで、首根っこを摘みあげられた猫のように。
「小学生か!」
「いや、でも……」
「すぐ、イヤになるほど会場内を歩かせてやるって」
「えっ?」
革ジャン先輩は手にした紙の束を私の前に振りおろした。私は慌ててそれを抱きかかえる。
薄クリーム色の凹凸がある紙に大きな風鈴と店名が2色で印刷された印刷物――パンフレット。二つ折りされたそのパンフレットは、手の上でバネのようにフワフワと揺れている。
「これを総ての机の上に置いていきます」
「総てって……」
改めて会場を見渡し言葉を失う私。
目の前に広がる長机。一番奥は霞んで見えない。ただ単に目が悪いだけですけど。
いったいどれだけのブースがあるのか想像もつかない。
私はパンフレットの束を小脇に抱え、革ジャン先輩に詰め寄る。
「この広さをたった二人で配るんですか!?」
「いや、社長もいるから三人だな」
「関さんとか、上条さんとか、他の皆さんは? こんなの社員総出でやるもんじゃ……」
「社員総出ってそんな大げさな。課長は一般担当だし、関さんは家が遠い。上条さんと桧山さん、川口さんは……うん、まぁ、他用で」
「他用!? 私が駆り出されてるのに? あー!! もしかして、人手が足りないから私を連れてきたんですね! 革ジャン先輩、酷いです! 人非人! 乙女の純情を何だと思って……」
「わーった、わーった! イベント楽しんだ後、どこかで飯食ってこう! 何でもおごるから」
「ホントですか!?」
思わず口元が笑みで緩む。パッと心が晴れる。
どこかでご飯――お酒がいいな、お酒が。100万ドルの夜景が一望できる高級ホテルのレストランで、美味しい料理に舌鼓。そして、極上のワインでカンパイなんかして、見つめ合っちゃったりして――違うッ!
コロッと騙される所でしたよ。その程度で釣られる私だと思ったら大間違……
あっ、待ってください、革ジャン先輩!
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