第6話 近付く距離② 雫side

「……これは?」

「み、見ての通りだけど」

 誤魔化しようのないことを瞬時に察す私は、いつもの態度を貫く他ない。

 想い人、、、にこの系統の雑誌を読んでいたことがバレた恥ずかしさ。照れ。その感情を必死に抑える。


「こ、これを雫が読んでたのか……?」

「なんでそんなに意外そうな反応をしてるのよ。私だって年頃の女なんだから……こんなジャンル本も読むわ……」

「いや、なんて言うか……なぁ」

「い、言いたいことがあるならはっきり言いなさい。怒りはしないわ」


 何を言われてもいい覚悟は出来ていた。からかわれる覚悟も出来ていた。この状態を作ったのならクールをいつわれる。


「じゃあ正直に言うけど……こんな占いしなくても、雫なら相手を落とせるだろ」

「な、何を言ってるのよ……」

 だが、ここで予定が狂ってしまう。りく君はからかうわけでもなく、この占い本を読む必要がないことを私に伝えてきたのだ。


「雫の人気を考えてみればそう思うのは普通だって」

「……馬鹿」

「バカってなんだよ。人気なのは間違いないだろ?」

「じゃあ一つ言わせてもらうのだけれど……。もし、もしよ? 私がりく君に告白した場合、付き合ってくれると言うことかしら?」


 私には分かっている、まだここが攻め時ではないことを。

 だからこそ、次に活かせるようにりく君の情報を少しでも集めることをするのだ。


「そ、それはなんて言うか……」

「……ほら、即答出来ないでしょう? 人気だけで落とせるなんて考えは違うのよ。もしそれでお付き合いが出来たとしても長続きしないわ。……私、お付き合いをするなら、結婚を前提にするもの」


 そして伝える。……お付き合いするなら、『結婚を視野に入れて』することを。


「それはまた大胆な発言で」

「『愛が重い』って言わないのね。皆そう言うのよ?」

「俺も雫と同じ考えだからな」

「あら、まさか意見が合うだなんてね……ふふっ」


 思わず笑みを浮かべてしまう私。でも、こればっかりは仕方がないこと。

 この件で食い違いの発生がなかったのは、それくらいに嬉しいことなのだから。


「ここで話を戻すけど……結局りく君はどっちを選ぶのかしら。私に告白されたとして断るか、付き合うのか。自分の発言からこうなってるのだから責任は取りなさい?」

「話を戻してまで聞くのかよ……」

「ええ、今の私はりく君から見てどうなのか気になるもの」


(こ、断らないで……。お願いだから……)

 そんな想いを抱きながら、私はりく君に問う。

 もしこれで断られれば、脈無しということ……。それだけは嫌だった。


「……まぁ、その二択を選ぶなら喜んで付き合うけど」

「っ!?」

「まず雫を断る理由がないし。……まぁ、仮の話だからこんな簡単な決断が出来るんだろうな」


「……そ、そうよね。仮だものね」

 りく君に断られなかったからこそ生まれる嬉しい気持ち。それと同時に悲しい気持ちが襲ってくる。


「昔からの付き合いだから言えることだが、雫は上手く手を打つだろうからあんまり心配する必要はないと思うぞ? なんて言うか……外堀を埋めて逃げ道を塞いでいくような感じで」

「それ、お友達にも言われたわね」

「はははっ、友達も雫のこと分かってんだな」


『外堀を埋める』なんて簡単なことを皆は言う。しかし、これはとても難しいこと……。

 私には恋愛経験がない……。どう攻めていけば良いのか分からないからこそ、行き当たりばったりになってしまっている。


「……それじゃあこの機会に、もう一つ仮の話をして良いかしら」

「全然大丈夫だけど」

「……りく君は外堀埋めの攻め方のほうが嬉しいの?」


 今の現状を打開する方法は一つ。1秒でも早く情報を集め、攻める道筋を立てること。


 この時、私の脳裏にある文字が横切っていた。


『その人は、良い印象をあまり持たれていないかもしれません。しかし、安心することだけはやめましょう。その人の印象は次第に良いものに変わっていき、やがてあなたとあの人の縁は遠いところに……』


 悪い占いの結果が……。


「そうだなぁ、俺的には正面から来てくれた方が嬉しい。不良の噂で外堀は埋められてるし」

「上手いことを言うのね。……でも、今時いまどき正面から攻めてくる女子なんていないんじゃないのかしら?」

「それもそうだが、不良の噂があるおかげで正面から来る人はいないんだよ。……全員」


 アイツに話し掛けられればお金を取られる。

 アイツに喋りかければ殴られる。

 アイツに目線を合わせれば次の標的にされる。

 

 小学生並みの噂が飛びかっていることを私は知っている。確かにこんな状況なら正面から攻めてくる人はいないだろう。


「……ごめんなさい、嫌なことを思い出したわね」

「いやいや、もう割り切ってるから」

「それじゃあ話題を変えて……りく君には好きな人はいないのかしら?」


 言葉巧みに、りく君の情報をどんどんとあぶり出していこうとする私。

 堂々と聞けないのは……女々しいのは私が嫌に思うところ。

 これが私に出来る限界なのだ……。


「これまた突然に聞いてくるな……。き、気になってる人ならいるかな」

「……そう、居るのね」

 追求したい気持ちをグッと抑えて、軽く聞き流す……。


「りく君は叶えられそうかしら、その相手と」

「まだ好きなわけじゃないけど、絶対無理なことは言える」

「絶対……? その理由は何かしら?」


「レベルが高過ぎる」

「ふふっ、それはお互いに苦労しそうね」

 りく君と、その気になっている人の距離が近くないことを察する私。

 それは会話の流れで分かること。どうしても安心した気持ちになってしまう。


「雫も俺と同じなのか!? ってか、雫よりレベルが高い男子って誰だよ……」

「レベルが高いだけならまだ対処方があるのだけど、鈍感、、なのよ、その人。ふざけているんじゃないかってくらいに」


「はぁ? なんだよそれ。鈍感ってのは治るらしいし、、一発殴れば目ぇ覚ますんじゃないか?」

「……」

(うぅ……。コレ、りく君を殴っても文句言えないわよね……。今から目、覚ましてあげようかしら……)

 右拳に力を込める私だが……それは一瞬のこと。

 今殴ったりしたら情報を集めている意味がなくなるのだ。


 その時ーー学園のチャイムが鳴り響いた。

 図書室にある時計に目を向ければ、短針と長針は18時を指していた。


「って、もうこんな時間かよ……!? 俺、家の手伝いしないとだから帰るな!」

「分かったわ。今日はありがとう」


「礼を言われるようなことはしてないけど? そんじゃな」

「気を付けて帰りなさい?」

「分かってる」



 そうして……私はりく君の背中を見送った後に、再び恋愛関係が並ぶ本棚に目を通していく。



「りく君は正面からくる女の子が良いだなんて……知らなかったわ」

 私は様々な本を吟味ぎんみした後に一つの本を取った。


『気になるあの人に正面からアタックをかけよう! 恋愛初心者編!!』

「……ふふっ。これに頼るだんて、私ってば必死なのね」

 私らしくない行動に思わず表情を崩してしまう。


「覚悟なさい、りく君……」

 その小さな呟きは図書室内に霧散していった。


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