第14話 雫とその妹、凛花の会話
(りく君と一緒に帰れた……。一緒に帰れた……っ)
その夜、私はソファーに座り……飛び跳ねたい気持ちを必死に抑えていました。
高校になって初めてりく君と帰れた……。
あの後、次に帰る約束もした……。
これで二人で居られる時間が増える……。
これは、押し倒した失敗を無に出来るほどの見返りがあったと言っても過言ではない……と、満足な結果に思わず相好を崩してしまう私の耳に、ペタペタとした足音がドア奥から聞こえてくる。
「しずく姉さん、お風呂空きましたよ」
「報告をありがとう。……って、髪が濡れているじゃない。ドライヤーで乾かさないと、せっかくの綺麗な髪が傷むわよ?」
そこから出てきたのは、ダボっとしたパジャマに身を包んだ妹の凛花である。いつも通りの表情に戻した私は、凛花に視線を向けて自分の髪を撫でる。
「しずく姉さんに乾かしてもらえないと、わたしの髪は傷んでしまいますね」
「……そういうことね、全く……。リンは甘えん坊なんだから」
「わたしを甘やかし続けるしずく姉さんも悪いと思います」
「あら、それはごめんなさい」
「今なら特別に、髪を乾かしてくれたら許してあげます」
「ふふっ、分かったわ」
「流石はしずく姉さんです。それじゃあ、ドライヤーを持ってきますねっ」
ペタペタとした足音を響かせながら、凛花は再びお風呂場に向かっていった。その時の表情を私は見逃していなかった。
「そんなにニコニコして……ふふっ。可愛いものね」
髪を乾かすことを約束しただけで、これほど喜んでもらえるのはやっぱり嬉しいことで……だからこそ甘やかしてしまう。
凛花が喜ぶことなら当然私は協力する。それが姉の使命と呼べるものだろう。
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ドライヤーの音がリビングを支配する中でーー
「しずく姉さん。何かいい事でもありました?」
「どうしてそう思うのかしら?」
私に小さな身体を預けて髪を乾かされている凛花は、突然とそんなことを言ってきた。
「わたしがお風呂から上がって来た時、すっごく嬉しそうな表情をしてたから。しずく姉さんから髪を乾かしてくれる約束が出来て嬉しがってたわたしみたいに」
「……っ、なんでもお見通しなのね」
「しずく姉さんの妹ですから当然のことです。逆にしずく姉さんもわたしの表情をみても、なんとなく分かるものがあるでしょ?」
「ふふっ、そう言われればそうね」
父母の特質は何らかの形で子どもに受け継がれて現れるもの。『血筋は争えない』……全くその通りである。
「……でも、大体の予想は出来てるかな。しずく姉さんが嬉しそうにしてる理由」
「ず、随分と得意げな表情をするのね。それじゃあ当ててみなさい?」
凛花の頭を優しく撫でながら私は問う。
「陸さんとイイコトをした」
「……んっ!?」
凛花の回答は、8割型の正解に近い……。『良いことをした』ではなく、『良いことが
「そ、そんなに驚かなくても……。しずく姉さんが嬉しがってる時って、大体陸さんが絡んでいるよ?」
「そんなことはないわよ。それじゃあまるで、私がりく君を好きって言ってるようなものじゃない」
私が誰にも言っていないこと。それは想い人が誰かということである。これだけはバレるわけにはいかない。
これを掴んだ者は、実質私の弱みを掴むことと同義なるだから……。
「えっ、好きじゃないの? 陸さんのこと」
「好きじゃないわ」
「ほんと……?」
「……本当よ」
「ほんとにほんと?」
「か、かなり追求してくるのね……。本当に決まっているでしょう」
冷や汗を背中に、どうにか誤魔化しを図る私。この時……凛花の髪を乾かすために動かしていた私の手は止まっていた。
この無意識の行動こそが、動揺している伝わってしまう。凛花の凛花のさらなる追求を許してしまう。
「それじゃあ、あれはなにかなー」
「あ、あれってなにかしら……」
「しずく姉さんの部屋に、陸さんの写真がこっそりと飾られてあるの」
「えっ……」
「そこの写真にーー」
「も、もうそれ以上言わなくていいわ。リン」
追求の声を聞かないように……と、ドライヤーの風力を上げる私は顔に熱が走る……。
凛花にバレた……。いや、とっくの昔にバレていたのだ……。
それが分かった瞬間、とんでもない羞恥が襲ってくる。
りく君を押し倒した時と同じほどの恥ずかしさ……。毛布に包まって現実逃避したいほど……。
「しずく姉さんが嘘をつくからこうなるんだよ? 妹は強いんだから」
「だ、だって仕方がないじゃない…。恥ずかしいんだもの……」
「妹にバレるだけでも恥ずかしいの?」
「いずれリンにも分かるわよ。……そ、その時は今のようにからかってあげる。私の仕返しは凄いから覚悟なさい」
冗談でもからかいでもない、私の本気の言葉。
その時が来た時には、“結ばれた”りく君と一緒にからかいたい……なんて思っていることは内緒の内緒。
「その前にわたしは行動するとしましょう。陸さんを盾作戦です」
「ふふっ、私がその防御に屈するわけがないでしょう?」
「そして、陸さんを盾にした状態で写真のことを言います」
「う……こ、降参よ」
「弱みを握っているわたしが、しずく姉さんに負けるはずがありません」
弱みを握れば、最大限に生かし、最大限に利用する。
もし、私が凛花の立場なら同じ行動をしていただろう……。それが分かっているからこそ、文句の一つも不満も出てこない。
「……一番厄介な相手に弱みを握られたものね」
「さて、わたしも髪も乾いたことで……しずく姉さんはお風呂に入ってきて? 次はわたしがしずく姉さんの髪を乾かす番です」
「魅力的な提案だけど、断らせてもらうわ」
凛花の提案は確かにありがたい。普通なら断ることはしないだろう。そう、
私には凛花の魂胆が分かっているのだ。
「私の髪を乾かすついでに、りく君のことについていろいろと質問するつもりでしょう? これ以上リンの思い通りにはさせないわよ」
「さ、流石はしずく姉さん……。バレてた……」
「それじゃあ、私はお風呂に入ってくるわね。リンは湯冷めしないように気を付けるのよ?」
凛花にその言葉を掛けた後に私はお風呂に入り、自室に入る……。
向かった先は何年も共にしている勉強机。手が届く位置にまで来た私は、いくつもある引き出しのうち、一番下の段を開ける……。
そこから、ガラスの中に入った一つの写真を私は取り出す。
「もう一度撮りたいわね。こんな写真……」
公園で二人仲良くピースをした、小学生の頃のツーショット写真。
写真の空いているガラス部分には、ある3つの文字が書いてある。
「……大好き、か。私の気持ちが変わっていない証拠よね……本当」
小学生の頃に書いた『大好き』の文字……。高校生になってもなお、未だに伝えられていない想いだ。
「りく君……」
両手でガラスに入った写真を掴んだ瞬間、私の手先に紙のような感触が伝う。
私はその写真を裏返し……
「こ、これはなにかしら……」
その紙はまだ真新しく、粘着部もしっかりと働いている。記憶のないその紙をペラっと剥がせばーー
『こっそりと覗いてごめんなさい。頑張って想いを伝えてね、しずく姉さん! By、凛花』
いつの間にか、一番厄介な相手からのメッセージが書かれていた……。
「もう、あの子ったら……」
呆れた……なんて感情は一瞬だけ……。どんどんと嬉しいなんて気持ちが湧き上がってくる。
「……ありがとう、リン」
その付箋を再び同じ位置に付け……私はその写真を閉まった。
(この付箋を剥がす時は、私の気持ちを伝えた後にしなくちゃね……)
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