第15話 情報が伝わる……

「おはよー、雫ちゃん! 今日も登校ご苦労様でーす」

「おはよう、ミク。良い朝ね」


 いつも通りにミクに挨拶を交わした雫は自席に着く。カバンに入った教材を引き出しに入れているところでミクが声をかけてきた。


「ねえ雫ちゃん。突然なんだけど昨日あったこと知ってる?」

「昨日あったこと……? 心辺りは無いけれど……」

「今さっき聞いた話なんだけどね、もうこれ凄いよ! 大ニュースって言えるくらい!」

「……凄い?」


 この話題が出た時点で雫は察するべきだった。いや……学園に来る前から覚悟をしておくべきだった。


「そう! 昨日の放課後、図書室であったことなんだけどね……」

「ほ、放課後……図書室……」

 一つずつ情報が明かされていくことによって、雫は昨日のことを思い出していく。図書室で陸にしたことを……鮮明に。


「色白の可愛い女の子が、強面の男の子を押し倒してたらしいの! しかも、隅っこの方で!」

「……っ」

「もうこれヤバイよね! 絶対図書室でヤるつもりだったよね、その女の子! 押し倒すってことはもう強引に!」

 ミクは興奮を抑えきれないように、両手をブンブンと振り回しながら知っている情報を教えてくれる……が、その情報は雫が一番分かっていた。


(そ、それって間違いなく私じゃない……)

『昨日』『図書室』『押し倒す』この三つのワードがあれば、確信出来ること。

 女子が男子を“押し倒す”なんてことは日常的に発生するものじゃない。


 ミクの言っていることが自分自身のことだと理解した今、雫に出来るのは『ヤるつもりだった』という誤解を解くこと……。


「……そ、それは本人にしか分からないことよ。躓いて押し倒してしまった。なんて事故の可能性もあるわ」

「それは絶対ないっ!」

 ミクには珍しい、断言した強い口調に雫はたじろぐ。


「な、何故そう断言出来るのかしら……。可能性はゼロじゃないでしょう?」

「だって、その可愛い女の子、他の人に見られてるのに続きをしようとしたんだよ!? 事故なわけがない!」

「……っ」

「つまり、その女の子は見せつけようとしたんだよ! 爪痕を残すように、ラブラブいちゃいちゃをアピールするように!」


(み、見せつけようとしたわけじゃない……。は、恥ずかしかったから……顔を隠そうとしただけ……っ)


 事故とはいえ、押し倒しているところを見られたら……想像以上の羞恥が襲ってくるもの。

 雫の下には大好きな陸がいた……。真っ赤になった顔など見られたくなかったのだ。 その行動が『見せつけようとした』なんて捉え方をされても不自然なことではない……。


「しかもその女の子、見せつけに強面の男の子の胸板に顔を預けてたらしいよ! そ、それを聞いた時はもう……殺意が湧いたよ。すっごく! もうずるいよね、雫ちゃん!」

「わ、私に振られても……」


 ミクは大の胸板フェチ。……ただ、その殺意が間接的に雫に向いているだなんて知る由もないだろう。


 その一方で、雫の手には、その頰には陸の胸板の感触を思い出していた……。


 男性らしく発達した筋肉……。初めて触った男性の身体。

 硬くもあり、どこか弾力性もあり……もう一度だけ触りたい。もう一度顔を埋めたい……なんて思いが何処と無く湧いてくる。


 もし、ここに陸がいたら雫の顔は真っ赤っかに変化していたことだろう。


「そ、それより……かなり詳しい情報だけれどミクはどうやって知ったのかしら?」

「それはね、その現場を見たのは司書さんらしくて、職員の先生に伝えられて……そこからうち達生徒にーって感じだよ!」

「や、やっぱりあの司書さんだったのね……」


 これだけの情報が伝えられるのは、当事者、目撃者に絞ることが出来る。あの現場を見られたのは司書さんのみ。


 陸は誤解を解くために頑張った。司書さんも誤解だと分かってくれた……のは上辺うわべだけ。

 ーーあの状況をこれ以上ややこしくしないように『誤解が解けたフリ』をしたのだろう。


 そして……その件を我慢出来ずに他の相手に伝えてしまった。誤解が解けてないのだから、誰かに聞いて欲しくもなる。


「え、やっぱり司書さんだったって?」

「な、なんでもないわ……。図書室で起こった件だから司書さんが見たって推測をしていただけよ」

「流石は学年1位の頭脳を持つ雫ちゃん……。推測が早い……」

「あ、ありがとう……」


 言い逃れをするために作った口実が的を得ていたために、ミクは簡単に信じてくれる。罪悪感を感じずにはられなない雫である。


「でもさー、図書室でヤろうとするのは流石にチャレンジャーだと思わない? その女の子。司書さんが居るって分かってたのにシようとしてたってことだもんね」

「……そ、そうね」


 あの場では、ただ身体を寄せるだけのつもりだった。しかし、アタックの順序が狂った代償は大きい。

『図書室で大人の行為をしようとしていた』なんてことになっているのだから。


「それでね! ここからが本題でもあるんだけど、うちを含む恋愛に悩む女子達が押し倒した女の子探してて、雫ちゃんにも協力のお願いを……!」

「どういう目的を持って、探そうとしているの?」


「それはもちろん、その女の子からのアドバイスが欲しいから! どうすれば男の子を押し倒せるぐらいにアタックが上手になるのか! 押し倒してるってことは、エッチする時の主導権を握ってるってことだし……ポッ」

「……興奮し過ぎよ、ミク」


 自分で言って、自分で恥ずかしがっているミクを落ち着かせる雫だが、内心ではミクと同じ心境だった。

 (あの押し倒しの体勢は……き、きききき騎乗きじょう……〜〜っっ!!)


 大人の行為をする時の体勢……。顔があんなにも近く……身体中が陸と当たっていた……。

 司書さんに見つからなければ、勢いでもう少し先のことをしていたかもしれない……。


 想い人とそんな体験をして、想像をして、興奮しないわけがない……。その興奮をどうにか内に秘める。


「雫ちゃん、押し倒した女の子の情報を掴んだらうちに教えてね! うちもアドバイスが欲しいから!」

「……ち、力になれないわよ?」

「それでも大丈夫だからっ!」

「……分かったわ」


 ミクの言ってるその人は間違いなく雫のこと……。その本人が名乗り出ない限り、バレることはない……。



 =============



「おいおいおいおい、聞いたか陸? 昨日の放課後、すっごい美少女が男を押し倒したって話!」

「し、知らない……」

「その現場を見られた瞬間、美少女の方が見せつけるように行為を続けようとしたって話!」

「だ、だから知らないって……」


 当然、陸のクラスでもこの話題は浮上し、その本人はしらばっくれる他なかった……。




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