第16話 後輩のミミの想い

 時は過ぎ、学生の皆が待ちに待った昼休みを迎える。


(今日は焼きそばパンあるかな……。人気だからなぁ、あのパン)

 陸は昼飯を買いに購買に向かっていた。階段を降りて学園食堂と購買がある別校舎に移動する。


 その中に入って数秒後……陸の視線は吸い寄せられるように、ある人物へ向いていた。また、その人物に視線を向けていたのは、ここに立ち寄った学生達もである。


「あ、あれは……ミミだよな。ま、またあのオーラを……」

 スーパーマーケットで一度見た、絶望のオーラを放っているミミ。

 ーー今度は自分のお財布、、、、、、を見ながら……。


 皆、そのオーラにやられているのかミミの周りには誰も近付こうとしていない。


『昼休み』に『この場所』で『財布を見ながら』絶望のオーラを放ってミミの様子を見れば、確信に近い予想は出来る。陸は挨拶も兼ねてミミに話かけた。


「久しぶりだな、ミミ。この前は飲み物をありがとうな」

「り、陸先輩……。ど、どうもです……」


 片手を上げて陸がミミに話しかけた矢先だった。


「お、おいあれっ!? 不良さんがヤバイオーラを放ってた女の子に話かけたぞ!?」

「あ、あの二人はやべぇって……。オレはもう去る……」

「お、お前らあんまり刺激すんなよ……。なにされるか分からねぇぞ……」

「け、喧嘩始まるんじゃねぇか……コレ」


 突然と外野が騒がしくなる。

 あの絶望のオーラを放っていたミミと、不良で有名な陸との対面が生まれた今、周りが騒々しくなるのは避けられないことだ。


「それよりどうしたんだ? こんなところで」

「あっ、やっ……。なんでもないですっ!」


 見つめていた小さな財布を背後に隠して、あわあわと焦りを浮かべるミミ。嘘を付くことが下手くそなんだろうと、心の隅で思う陸。


「あんなオーラを発しておいて、何にもないわけがないだろ?」

「……だ、誰にも言いませんか?」

「約束するよ」


 その言葉を聞いたミミは、少しの間を開けて話し始めた。


「え、えっと……。お、お財布の中身が、メロンパンに食べられてたこと、忘れててて……」

「……メロンパンって、あのホイップくりぃむメロンパンにか?」

『コクコク』


 ゆっくりと首を縦に振るミミの表情は、なんとも悲しげなもの……。その感情を露わにするように、クリーム色のツインテールがしょんぼりとしている……。

 ミミの伝え方は独特だが、陸にはきちんと伝わっている。


「食べられたって言うくらいだし、いっぱい買ったんだな」

「1日3個です……」

「そんだけ買えば財布の中身は喰われるだろうな……。あのメロンパン、一個150円はするし」


「美味しいけど、高い……。あれは均衡きんこう価格じゃないです……」

「均衡価格……。難しい言葉知ってるんだな……」


 均衡価格を簡単に言えば、生産者が売りたい価格と消費者の買いたい価格が一致している状態のこと。

 なかなかこのワードを口にする者はいないだろう……。


「それより、メロンパンを三つも買って夜ご飯は食べられてるのか?」

「メロンパンを買ってすぐに食べて、夜ご飯を少し食べてからもう一個食べて……、朝ご飯にもう一個食べます」

「分割食べねぇ……。そんなに好きなんだな」

「うんっ」


 ミミはあのホイップくりぃむメロンパンを思い出しているのか、頷きながら幸せそうな表情を浮かべている。

 同じものを何度も食べて飽きないのは、大好物だからであろう。


「それで……そのメロンパンを買いに買いまくった結果、今日の昼飯を買うお金が無くなったと」

「……そ、そんなことはないです!」

「それじゃあ、メロンパンに喰われた財布の中身を見せてもらってもいいか?」

「そ、それはダメですっ!」


 風が吹くほどの勢いで首を振るミミ。ツインテールの髪が規則正しく揺れ、甘い匂いが陸のもとまで漂ってくる。


「そんなに首を振らなくても……。メロンパンに喰われたって言ってたんだからお金がないのは分かってるんだから」

「…………はい」


 財布の中身が無くなった理由を話したにも関わらず、誤魔化しを図ろうとしたのは恥ずかしい思いがあったからであろう。

 ミミは中学生。自分のお金が管理出来る年齢でもあるのだから。


「そんじゃあ、一緒に購買行こうか。好きなもの買っていいからさ」

「そ、それはみみが遠慮します……」

「遠慮って……。昼飯を買うお金がないんじゃ午後の授業が大変だぞ? お腹が鳴ったりしたら恥ずかしいだろうし」

「そ、それは恥ずかしいです……けど」


 男子のお腹が鳴るのと、女子のお腹が鳴るのでは、からかいの度合いが倍になる。

 ミミのメンタルを考えれば、そのからかいに耐えられそうにはない。

 陸は短期間のうちにミミの絶望のオーラを、二度も目撃しているのだから。


「だったら先輩の善意には甘えていいんじゃないか? 俺は奢りたくない相手には奢らないし」

「……?」

「ミミが困ってるから助けになりたいってこと。……まぁ、俺の所持金的に贅沢はさせられないけど」

「陸先輩……」


 熱っぽい視線を向けるミミに対して、陸は小さな微笑みを浮かべて話を続ける。


「俺がここまで言ったんだから、後輩は先輩の顔を立たせてくれよ?」

「そ、その言い方はずるいと、みみは思います……」

「こうでも言わないと首を縦に振ってくれないだろ?」

「……」


 沈黙は肯定。そう読み取った陸は、ミミの心情を悟ってこんな言葉を口に出した。


「あー、誤解のないように言っとくが、別に見返りとか求めてるわけじゃないから。そこんところは理解してくれ」

「わ、分かりました」

「よし、それじゃあ時間も過ぎてるし購買行くか」

「うんっ。ありがとうございます……陸先輩」

「気にすんな、気にすんな」


 そうして、ポケットから長財布を取り出した陸は、ミミと共に購買に向かって歩き出す。


 その途中ーーミミはボソッとあることを呟いた。


「みみにお兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかな」

「はははっ。そればっかりは俺に聞かれても分からないって」

「そ、そうだね、えへへ……」


 目を細めてどこか嬉しく笑うミミは、隣に居る陸に下から上へと視線を動かす。


(いつか……陸お兄ちゃんなんて、呼んでみたいな)

 幼き頃からお兄ちゃんが欲しかったミミには、そんな思いが芽生えていた。

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