第17話 あいあい傘

 5時限が終わり、その休み時間。


「うっわ……。天気ヤバそうだなこれ……」

「天気? あぁ、スマホで見てるのか」


 健太は机の上にスマホを出して天気予報を見ていた。

 この学園にはスマホを持ってきてはいけないという規則はない。授業中や集会中でなければ、どこでもスマホをイジることが出来るのだ。


「オレ達が帰る頃には降水確率80%……。これ、絶対に雨降るよな……。この時点で天気悪いし」

「80%って言ったら、朝の天気予報と対して変わってないぞ?」

「あ、朝の天気予報って……お前、ちゃんと見てんのか?」

「そりゃあな。今日は折り畳み傘を持ってきた」


 朝の天気予報では、帰宅時間帯の降水確率は50%だった。天気予報の50%はほぼ確実に雨が降るといっても過言ではない。

 天気予報を見た生徒は、陸のように傘を持ってきているだろう。


「準備周到なやつは違ぇなー。不良とのギャップがもう笑えてくるぜ……ハハハ!」

「何笑ってんだよ……。普通の判断をしただけだ」

「それなら、傘を持ってきてない女子に声かけてみたらどうだ? 『俺の傘に入らないかい?』みたいな……カハハッ!」


 陸がカッコつけながら女子に口説いているところを想像しているのか、机をバンバンと叩きながら大笑いしている健太。

 その打叩だこう音でこちらに視線を寄せるクラスメイトは、陸と目があった瞬間にサッと顔を背ける。


「はぁ、俺が声をかけた瞬間にみんな逃げるんだって。今クラスメイトと目があっただけで顔背けられたし」

「それはそうかもしれないが、ヤンキー好きの女子なら行けそうな気もするけどなぁ」

「第一、俺は健太みたいなナンパ師じゃないし、声をかける勇気はないんだよ」


 顔も合わせたことのない初対面の相手に口説くということ自体、告白並の勇気がいる。口説くことを一度もしたことがない陸だからこそ、一歩を踏み出すのは難しいこと。


「オレの場合は気になった女の子に声をかけてるだけだって。まぁ、雫先輩には声を掛けられてないけど」

「それをナンパって言うんだ」

「あらら、ツッコまれちった」


 ポン、とわざとらしく頭に手を当てる健太を見て陸はジト目を向けるのであった。

 ーーと、丁度良いタイミングで6時限目の知らすチャイムが鳴り響いたのである。



 =======



(ふぅ……。終わった終わった)

 その放課後、一人教室に残って明日提出する課題を終わらせた陸は、窓から外を見つめる。

 窓に当たる雨粒。雨雲でいつもより暗くなった空。


(さて、そろそろ帰るか……)

 この学園では最後に残った生徒が教室の戸締りをして、カギを職員室に返さなければならない。

 陸は戸締りの確認をした後に、教室の扉を閉めた陸は、職員室に足を運んでカギを返却した。


 そのまま職員室を抜け、学園玄関から外に出ようとした陸だったが……ある女子生徒が男子生徒に囲まれているところを目撃し、動きを止めていた。


「か、会長……っ! よ、宜しければ僕の傘にどうですか!?」

「い、いえっ、私の傘に!」

「俺の傘にッ!」

「雫さん、是非ボクの方に!」


「家の者を呼んだから大丈夫よ。お気遣いありがとう」

 気品溢れる佇まい。丁寧な言葉遣いでその誘いを断っている生徒会長の雫。


「あなた達も気を付けて帰りなさい? 雨に濡れないようにね」

「は、はいっ!」

「あ、ありがとうございます!」

「会長もお気をつけて!」

「し、失礼します!」


 声を掛けてきた男子生徒を、優しい声音で見送った生徒会長の雫は……そうして陸に顔を合わせてきた。


「ふふっ。覗き見は良くないわよ、そこの貴方、、、?」

「覗き見てたつもりはないですよ。ただ九条先輩、、、、が目に入っただけで」


 二人っきりの時にしか砕けた口調は使わない。陸が出した約束を覚えていたのだろう。雫が先手を打って陸の呼び名を『貴方』に変えてきた。


「貴方は今から帰りなのかしら? 少し遅いような気がするのだけれど」

「教室で明日提出する課題をしてたんですよ。その間に雨が弱くなることを期待していたんですけど、結局変わらなかったですね」


 仲良さげに会話する不良、、の陸と、生徒会長の雫を見ている他の生徒は、呆気に取られていた。

 その中でも、数人の男子は不良の陸を警戒していた。


「お、おい……不良さんがなにかしたら飛び込むぞ……」

「ああ……。死ぬ覚悟で……」

「会長を守らないとな……」

「で、でも……かなり仲良くないですか、あれ……」


 外野がそんな会話をしているとも知らない陸と雫は、いつも通りに会話を進めていく。


「そう言う割には、九条先輩も少し遅くないですか?」

「生徒会で仕事があったのよ。早めに済ませたから大丈夫だけれど」

「それでも、疲れを顔に出さないのは流石ですね」

「貴方こそ」

「俺の方は簡単な内容だったので」

「ふふふっ、奇遇ね。私も同じよ」


 微笑を浮かべる陸に、嬉しそうに笑う雫。

 仲良さそうに会話をする二人を見て、外野はさらに騒々しくなる。


「な、なんか雰囲気良くないか……?」

「俺もそう思った……。い、一体どうなってるんだ……?」

「か、会長がサシでここまで喋ってるの……見たことねぇよ……」

「あ、ああ……。オレもだ……」


 そのざわつきに気付かない陸ではない。学園で有名な雫と人目に着くところで話していれば当然目立つもの。

 目立つことが好きでない陸は、早々と別れを告げることにする。


「それじゃあ、俺はそろそろこの辺で」

「あら、私はもう少し貴方とお話をしたいのだけれど……」

「あー。それなら、一緒に帰りながらでもします?」


 陸のこの言葉は本気で言ってるわけではない。この場から逃げるための口実、、で言ってるだけなのだ。


 雫が迎えの車を呼んでいるのをさっきの会話で聞いている。

 迎えを呼んでいる雫は、さっきの男子生徒のように誘いを断る。その断りから帰る流れを作る作戦だったのだ。


 確信に近い、必ず成功するであろう作戦。ただ……全てが上手く行くわけではない。


「……良い提案ね。少しだけお時間をちょうだい」

「は?」


 そう、陸の予想していた展開は一瞬にして崩れた。

 そのことを象徴するように、雫は断りの発言をすることなくスマホを取り出しーー手慣れた操作で自宅に電話をかけたのだ。


「すみません。お車の件ですが必要なくなりました。……ええ、歩いて帰りますので。……大丈夫です。……はい、失礼します」

 要件のみを伝える短い電話。耳からスマホを離し、ポケットに入れた雫は陸に向かい合った。


「さ、さて……一緒に帰りましょう」

 この雨の中、一緒に帰る方法はただ一つ。陸の右手にある折り畳み傘を使って帰るのみ。


 この先のことーー相合あいあい傘を想像して、頰の赤らめを必死に隠す雫。


「あ、あの……。家の者を呼んだんじゃなかったんです、か?」

「呼んでいたけれど断ったわ。貴方がありがたい提案をしてくれたんだもの」

「じ、冗談のつもりだったんですが……」

「一度断った以上、もう車は出せないの。だからこそ、さっきの発言はきちんと責任取ってもらわないと困るわ」


 雫にとって、これは思いもしなかったチャンス。逃すことをするわけにはいかないチャンスなのだ。

 相合傘ならば、自然と密着が出来る。

『密着』それはアタックを掛けるに当たって絶対的なもの。……そして、雫が陸に対してしたいこと。


『一度断った以上、もう車は出せない』こんなウソまで付くほど、雫は必死なのだ。それほどまでに、相合傘をしてみたい、密着したい想いが強い証拠。


「ち、因みに九条先輩の傘は?」

「持ってきていたら車は呼んでいないでしょうね」

「車を呼んでたんですからあるわけ無いですよね……。でも俺の傘、二人入れるほど大きくないんですけど」

「そ、それなら身体を寄せ合えばいいだけじゃない……」


 相合傘をするに当たって、大事なことは濡れないようにすること。お互いが濡れないようにするには、くっ付く以外に方法はない。雫は正しいことを言っている。


「……す、少しだけ待ってて下さい。もしかしたら学園での落し物から、傘を借りられるかもしれません。少し聞いてきまーー」

「も、もしかして、私と一緒の傘に入るのがイヤかしら……?」


 陸の言葉に自分の言葉を被せる雫は、退路を断つ動きを見せる。

 雫には分かっている。陸が嫌がってるわけではないことを。そう断言出来るのは、『嫌なことは嫌と言う』陸の性格を知っているからこそだ。


「そ、そんな事はないですけど」

「私も嫌じゃないから。……これで問題は解決よね」

 言いたいことを言い終えた雫は、ヒール付きのローファーを鳴らしながら出口まで歩いて行く。


「ほら、早くしてくれないと濡れちゃうわ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいって」

「ふふふっ、せめて下着が透けないように服を濡れないようにしてくれると助かるわ。す、少しだけ目立つ色をしているから……」

「そんなこと言わなくて良いですから」


 自ら濡れに行く雫に追い付いた陸は、折り畳み傘を広げて頭上に固定させる。

 颯爽と去って行く不良の陸と、生徒会長を見ていた外野は、思っていたことを次々と言葉に出していく。


「お、俺が見てるのは……夢じゃないよな……」

「あ、あの会長が初めて男の誘いに乗ったぞ…………」

「一体……何が起きたんだ……」

「も、もしかして、不良さんのことが好きなんじゃ……」


 そんな事を言われることは、雫にとって承知の上。しかし……これで目的は一つ達成されたと言っても良い。

 雫がしたかったことはマーキング的なもの。『りく君は渡さない』そんな意味を込めたものだったからだ



 

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