第18話 Side雫。彼女の予約①

「はぁ……。なんでこんな事に……。悪ノリし過ぎだって、雫」

「悪ノリなんてしてないわ。りく君から誘ってきたことじゃない……」

 その帰り道、私はりく君と相合あいあい傘をしながら帰路を辿っていた。雨は止むことなく、激しくなることもなく、一定を保っている。


 その中で私とりく君の距離は少し空いていた。それは、相合傘をするに相応しくない距離といっても過言ではない。……でも、こうなるのは仕方がないこと。


 私はりく君と付き合っている関係でもない。どこまで距離を詰めて良いのか分からないのだから……。


「……明日、覚悟してた方がいいぞ。一緒に帰るところを見られてるんだから」

「それならお互いに大丈夫じゃないかしら。図書室の件、、、、、より覚悟することなんかあまりないでしょうし」

「た、確かに……。って、雫のところにもその話が流れて来てたんだな」


「ええ。あの司書さんに私たちの名前を知られてなかったのが救いだったわね。……でも、あの時は本当にごめんなさい。反省してるわ」


 生徒会長である私が、一人の男子を押し倒していたなんて事実が発覚すれば、お互いの学園生活は間違いなく終わるだろう。

 それが、誤解にしても押し倒していたのは間違いのないこと。

 司書さんが言いふらしたように、言い逃れは出来ないことで……りく君に迷惑が掛かったことには違いない。


「まぁ、気にすんなって。あの時に雫が怪我しなくて良かったよ」

(りく君はいつもコレ。少しくらい文句を言っても良いはずなのに……)

 

 後悔先に立たず。今になって、りく君の上から早く退いていれば……なんて感情

 が私を支配する。

 ……でも、このような優しい言葉を掛けてくれるりく君に出来る返事は一つ。

 ーーお礼だった。


「ありがとう……」

「お礼を言われるようなことじゃないって」

「本当に変わってないわよね、その性格……。いきなりそんな言葉を言ったりするところなんかも」

 

 ドクン、と胸が跳ね上がる。りく君の横顔を見るだけで息が苦しくなってくる。

 

「その性格って?」

「優しい性格のことよ」

「いまいちピンとこないけど……」

「……それなら、私に傘を当てている面積を多くしていることをどう説明するのかしら。りく君の肩、濡れてるじゃない……」


 りく君が私に傘を預けていることに気付かないわけがない。優しいりく君なら、この行動を取ってくることは予想していたこと。


「俺がこうして誘った以上、雫を濡らせるわけにはいかないんだよ。それで風邪なんて引いてもらっちゃ困るし」

「それが優しいって言っているの。それに……その言葉、そっくりそのまま返すわ」

「ん?」


「私こそ、りく君を濡れさせて風邪を引かせるわけにはいかないの」

「その言葉は嬉しいけど、傘の大きさ的に無理なんだって」

 その言葉通り、傘はあまり大きくない……。だが、私にとってそれは好都合。

 あることをすれば、二人とも濡れない方法があるのだから。


「……私を抱き寄せれば、、、、、、、お互いに濡れないじゃない」

「そ、それは……」

「ふふっ。それとも私から抱き付く方が良い? 好きな方を選んで良いわよ」


 互いの距離を縮めること。それが二人が濡れないための方法。

 これならば、必ず身体が触れ合うことになる……。アタックを掛けるには十分だった。


「ひ、一つ聞きたいんだが、なんで抱き寄せるとか抱き付く前提なんだ? 普通に距離を縮めるだけで良いだろ」

「傘の大きさを考慮しての判断。それと、りく君の性格からして、このくらいしないとまた自分の身体を濡らす行動を取るでしょう?」

「……」


 私の言葉にりく君は黙った。正確に言うなら、反論の余地がないというところだろう……。

 ただ、私の言ったことはただの口実……。

『りく君に抱き寄せられたい……。抱き付きたい……』これが本当の思いだ。


「なぁ、もしかしてセクハラで訴えようとしてないよな?」

「用心深いのね。訴えたりしないわよ。これはお互いが濡れないようにするための方法なのだから」

「それなら良いけど……」

 ーーりく君の右腕が動く。私を抱き寄せる選択を取ったようだ。


「ほら、早くしなさい? 」

「……あ、ああ」

 このやり取りの間にも一歩ずつ自宅に向かっている。

 一秒でも長くこの先の時間を多くするには、今の時間を無駄にするわけにはいかない。


「もう……。仕方がないわね」

「……ッ!?」

 りく君の手が私の肩付近に来る。ーーその時、私はりく君の手を持って、自らの肩に当てた。


「ふふっ。このくらいで動揺するなんて、本当に女の扱いが分かってない証拠かしら」

「……わ、悪かったな」

 ごつごつした男の手が、私の肩に触れ……それだけで気持ちが昂ぶってしまう。


「りく君……」

「って、な、なんでそこから寄りかかってくるんだよ!?」

 気付けば私は……りく君に身体を預けていた。


「こうしたにも関わらず、未だにりく君の肩が濡れていたから」

「……」

「りく君に誘われたとはいえ、私は貴方の傘を借りている立場。このくらいちゃんと見てるわよ」


 上手く言いくるめられた私は、目を瞑って神経を集中させていた。これは貴重な体験……。いつでも出来ることではない。


 私の肩にはりく君の手の感触……。私の半身には、りく君の身体が当たっている……。

 想い人の身体……その体温。全ての要素が私の想いを加速させていく。


(誰にも渡したくない……。りく君だけは……)


 そんな独占欲が全身を包み……私はさらに身体をりく君に傾けていた。


「な、なんか……昔と比べて強引になったよな、雫」

「……それを言えばりく君は成長し過ぎよ。今の身長、かなりあるでしょう?」

「177cm……ぐらいだと思う」

「いつの間にそんなに高くなったのかしら……。私と20cm以上離れてるわよ?」


「20cmも? もう少し雫の身長は高い気がするけど」

「……ヒール付きのローファーを履いているからかもしれないわね」

「ヒール付き……? あー、そんなローファーがあるんだな」

 りく君は、私の履いているヒール付きのローファーに目を通し、納得したように頷いた。


「……りく君は知ってるかしら。ハグをする時の理想の身長差は20cmだって」

「ふぅん? 知らなかった」

「女性は包み込まれるように抱きしめられることで、守ってもらえると安心感を抱くことが出来るそうよ」

「詳しいんだな」


 ーーと、食いついてくるわけでもなく、どこか興味なさそうにするりく君。そんな対応をする理由は至極単純なものだった。


「あら、興味無かった?」

「そう言うわけじゃないけど、俺に彼女が出来る希望はないし……。ほら、不良の件もあって」

「……」

「どうした? 無言になって」


 りく君の不良の噂は異常なほど酷い……。前にも聞いた『不良の噂』が学園生活を阻害していることに。

 しかし、占いの結果では、この噂は消えることになる……。そして、その噂が消えた時、私の想いは届かないことになる……。


 不確定な占いの結果……。だがしかし、想いは届かないとの不安が、私を突き動かした……。


「……そ、それなら、私がりく君の彼女になる予約をしようかしら」

「…………は?」

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