第19話 Side雫。彼女の予約②

「……ど、どうなのよ。結局……」

「い、いや……お、おかしいだろ。どう考えても」

「……先に言っておくけれど、冗談なんかじゃないわ。私は本気よ……」

 

 りく君の袖を握って私は立ち止まる。その手に力を込めて、言葉通りに『本気』だという行動を取った。


「ほ、本気って……。だ、大体……彼女になる予約ってなんなんだよ……」

「……私が貴方を好きにさせてみせる……必ず。だからそれまで彼女を作らないで。そう言ってるの」

「……はあッ!?」

「驚きすぎよ」


 ーー大胆な発言。今までにない緊張が全身に降り掛かる。それでも、冷静に立ち回っている自分がいた。


「お、驚くに決まってるだろ……。い、いきなりそんなこと……」

(いきなり……か。そんな前置きはいろいろしていたのにね……)


 貴方から『りく君』の呼び名に直したり、一緒に帰る約束をしたり……と、いきなりではない行動はたくさんある。そんなことに気付かないから、私なんかに『鈍感』だと言われることを自覚してほしい……。


「そ、そもそもだな。そんな予約をするにしても、俺を選ぶ理由が分からないって……。俺なんかより今までしてきたお見合い相手とか、告白してきた相手の方が絶対良いだろ」

「外見よりも中身。りく君にはそんな話をしたことがあるわよね?」


「あ、あるけど……」

「それが答えよ」

(外見も中身も……りく君が一番だけれど、ね)

 私がこんなことを言っても否定するだろう……。だからこそ、今はまだ、、、、口に出さないことにする。


「ピンとこないだろうから、一つだけ教えてあげる。……男子が私に告白をしてくる理由、なんだと思うかしら?」

「……そ、それは、彼女になりたいからに決まってるだろ」

「普通ならそうよ。気になったり、好きになったり、付き合いたいから告白する。でも……私の場合はそうじゃなかった」


 ーー人間なら誰しも持っている欲望。そのたった一つ、誰にでもある欲求で、本来のものとは異なる告白になってしまう。


「狙っているのは私じゃなく……財産、、。もちろん、全員が全員ってわけではないけれど」

「……」


 りく君は口を出さずに、耳を貸してくれている。私が今ここで伝えたいことを悟ってくれているのだろう。

 こんなスキルを身に付けておいて、好意を読み取るスキルがないのはどうしても理解出来ない……。


「友達もそう。友達になろうとしてくる人のほとんどは、私がお金を持っているから。友達になって奢ってもらおうとか、誕生日プレゼントに高額な物を貰おうとか、そんな魂胆ね」

「そ、そんなことは実際分からないって」


「ふふっ、りく君ならそう言うだろうと思ったわ。……でも、決めつけなんかでこんなことは言ったりしない。実際に耳で聞いてるのよ、何度もね」

「……そうか」


 悪口を言われることに慣れている私でも、傷が付かないわけではない。

 顔に出してないだけで、胸にちゃんと傷は残っている。……誰にも見つからない場所で、密かに泣いた日もあった。


 それでも、嫌な顔は決してしてはならない。平気な顔をしなければならない。それが名家に生まれた宿命。悪い評判を付けるわけにはいかないのだ。


「……だから私は、自然と人を見る目が身に付いた。結果、今いる友達は私のことを対等に見てくれる人だけ。私を友達として接してくれる人だけ」

「……」


 りく君の口から同情の言葉もなにも出てこなかった。……でも、同情されないことが私には一番嬉しかった。

 無意識に辛い表情を出していたのか。はたまた、りく君が私の心情を察したのか、その答えは出ないばかり。


「……そんな私だからこそ、言えることがあるわ」

 ーー数秒の間が生まれる。

 ポツポツ、と雨が傘に当たる音が響き渡り、話し声が消えたところで雨の音が大きくなっていく。


 その最中ーー私はりく君が抱き寄せている手に、自らの手をかさね……言った。


「りく君は自分を卑下しすぎなの。……学園にどんな噂があろうが、それは事実じゃない。貴方はとても魅力的な男性よ。私が出会ってきた中で、一番のね」


 嘘偽りない本音。こればかりは何も言わずとも、りく君は理解することだろう。


「私が小学生の頃、この口調でイジメられてた時に一番に助けに来てくれた……。困ってる人を放っておけないりく君は『当たり前』と言うでしょうけど、それは違う」

「……」

「実際に助けに来てくれたのは、りく君一人だけ。これが当たり前じゃない証拠でもあるわ」


 私の口調は小さなことから同じ。

 小学生……いや、もっと前から。それが子どもらしくない口調で……浮いた存在でイジメられた。


 私の妹、凛花のように、時と場合によって口調を使い分ける器用さは無かった。そして、凛花に嫉妬した日もあった。


「……ひ、一つ聞きたいんだが……。雫は俺のことが、その……好きなの、か……?」

「……さ、さて、それはどうでしょうね」

「も、もう意味が分からん……」


(この質問をする理由は、私の好意に気付いていないから……。私のアピールが足りていない証拠……。答えを言うわけにはいかないのよ)


 アタックをする勉強までして、結果には結び付いていない。ーー想いを打ち明けるのは、『告白』をする時だけと決心していたのだ。


「……りく君。話を戻すけど、予約は先にしたもの勝ちなの。キャンセルというのは基本、予約した側じゃないと取り消せないのは知ってるわよね?」

「それは知ってるが、俺は予約受付をした覚えはないって」


 ……確かに、りく君は予約受付はしていない。そもそも、彼女予約受付開始なん

 サービスは、どこもしていないだろう。

 こうなれば、筋を通しつつ強引に押す手段しか取れない。


「『俺に彼女が出来る希望はないし……』この発言が、予約開始の合図だと思ったのだけれど? ……それとも、私が彼女の予約をするのはご不満かしら?」

「……そ、そう言うわけじゃないけど」


「それなら、問題はないわね」

「……」

「問題は、ないわよね?」

「わ、分かったよ……」

 圧をかけた二度目の問いに、りく君は小さく頷いた。


(『どうせ雫は別の彼氏を作るんだろうし……』なんて顔に出しているけど、残念……。私は貴方が好き……。それが告白を断り続けている理由……)


 りく君が私の想いに気付いていないからこそ、この予約は成立したのかもしれない。ただ……一つ言えるのは、ここからが本番だということ。


「私はりく君と同じ恋愛初心者。どうアピールしていいかも、どうすれば好意を寄せてくれるかも、正直分からない。……だけど、必ず私を好きにさせてみせるから」


 名残惜しく思いながらも、私を抱き寄せているりく君の手を離して、距離を取る。ここからやることはもう決まっていた。


「これが彼女予約の印……」

 私は自分の人差し指に軽く口付けをする。そしてーー

「〜〜ッッ!?」

「ふふっ……。完了」

 その人差し指をりく君の唇に当てた……。私の指にはりく君の唇の感触が伝う。

 どこか硬くどこか柔らかい……そんな不思議な感覚。


 間接キスに熱を帯びる身体。……でも、傘から離れたことで雨に打たれる冷たさは、身体に丁度良かった。


「な、何してんだよ……!」

「ふふっ、ごめんなさい」


 その『ごめんなさい』には謝意は半分。嬉しさ半分を込めていた。

 ……ただ、ここに来て麻痺していた感情が私に蘇ってくる。

 間接キスをした……。そう思ってるのは陸くんだけじゃないのだから……。


「さ、最後に……。その唇も、その心も、一番に奪うのは私だから。そ、それだけは覚えておきなさい」

 ーーこれが別れ台詞。


 これ以上この場にいられなかった私は、りく君に背を向けて一気に走り出す。……その瞬間、冷静さはゼロからマイナスに変わり……、溜め込んでいた恥ずかしさがドッと吹き出だした……。


(わ、私ってばぁぁああ……!)

 大胆大胆大胆大胆。脳裏にその二文字が埋め尽くしていく。……私の頰は赤いチューリップよりも色付いていた。



 ========



「な、なんだよ……。い、一体……なんなんだよ……」


 その頃……自らの唇を触りながら、何度も同じ言葉を呟く陸。

 沸騰するように襲ってくる身体の火照りは、止まることを知らなかった……。

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