第52話 接触……

 ーーその夜。

 陸のスマホが何度も振動し、電話音が鳴る。

 スマホの液晶に目を映せばそこには連絡待ちだった相手、凛花から掛かってきたものだった。


『……陸さん、お久しぶりです。今まで連絡が出来ずすみません』

「久しぶりだな、凛花。……そのことなら大丈夫」

 どこか硬い挨拶をする二人だが、これは前置きに過ぎず、お互いに話したいことは山ほどある。


「学園……休んでるらしいな」

『……陸さんのことです。わたし達の事情、、を既に知っているんではないですか?』

「あぁ、悪いことだとは思ったけど萌に聞かせてもらったよ。そんなしきたりがあったなんて全然知らなかった」

『馬鹿馬鹿しいですよね、こんなしきたり……。っと、嘆いていても仕方がないですね』


 電話越しに凛花がため息を吐く。それは今までの苦労と悲しみを全て吐き出すようでもあった。


「今、雫がどうしているのか教えてもらっていいか……?」

『自室に引きこもったままです……。ご飯も全然食べていないようで皆が心配している状況です』

「……そうか」


『無理もないんです。しずく姉さんはお見合いの予定を立てられましたから。……しずく姉さんの性格を利用して断れないお見合いを』

「……っ!?」

『陸さんもわかっていると思いますが、このままだとしずく姉さんはお見合いを受け……陸さんとの別れを切り出すことでしょう』


 凛花から初めて聞かされる詳細。……しきたりを破った罰がもう決行されようとしているのだ。

 その事実は陸の心を一瞬にして傷付けるものであり、父に見放された雫はそれ以上のものを受けているだろう……。


『こんな結末を迎えるしずく姉さんも、陸さんもわたしは見ていられません……。陸さん、あなたのお力を貸してください……』

「ああ。俺に出来ることがあればなんでも協力するよ。凛花も俺がこう言うと分かってて動いてくれてたんだろ?」

『しずく姉さんが選んだ彼氏さんですから。そう言ってくれないと失格です……』


 重苦しい雰囲気の中……どこか嬉しさを含んだ声音になる凛花。


「この事は雫に伝えてるのか?」

『……言いたい気持ちでいっぱいなのですが、変に希望を持たせるわけにもいかないのです』

「ど、どういう意味だ……?」

『陸さんの言う通り、わたしは学園を休んでこの件を解決するために動きました。……その結果、わたしのお父さまの父親である祖父が陸さんに面会したいと』


『これくらいしか方法が思い浮かず……』と付け加えた凛花には、申し訳ないという気持ちがひしひしと伝わってくる。


「……俺を見極めるため、か」

『……はい、そうだと思います』


 トーンの落ちた声で陸の発言に同意する凛花。

 だが、凛花の祖父が陸を見極める場を作るのは当然のことでもある。


 この件に祖父が介入するということは、雫がしきたりを破ったことを許すように説得し、二人の仲を承認させるようにするということ。

 それだけ重要なことだからこそ、面会して“価値”を計る必要があるのだろう。


「……日時は?」

『明日の18時、【レヴィン】というカフェに来てください。本来は休店日ですがそのまま入っていただいて構いません。そこで祖父が待っています』


 サラッと当たり前に言う凛花だが、休店日の店を簡単に開けられる人などそうそう居るはずもない。

 それだけで祖父の凄さが分かるというもの。


「分かった。ここまで動いてくれてありがとう、凛花」

『お礼を言うのはわたしの方です……。陸さん、本当にありがとうございます」

「……凛花は良く頑張ったよ。後は俺に任せてほしい」


 九条家の祖父となれば持っている企業を発展させ、引っ張ってきた本当の大黒柱だ。

 そんな人物だからこそ、時間に追われる生活を送っているのは間違いないだろう。


 しかしーー凛花はそんな相手に陸と面会する時間を作らせたのだ。どれほどの頑張りがあったのか計り知れるものではない。


『……陸さん、しずく姉さんをお願いします』

「ああ、凛花はゆっくり休んでくれ」

「……はい」


 そうして、10分程度の電話が終わった。短い時間だったが話の内容は濃密なものであり、雫を助けるための道筋が見えた。


 陸はスマホの電源を落としてベットに横になる……。そこで頭に過ぎるのは、今までの彼女とのやりとり。デートの約束。

 付き合ってあまり日が経っていないが、あれだけ幸せな生活を遅れたのは相手が雫だから……。


(絶対に、助けるからな……)

 無意識に両手を握り閉める陸は……何度も、何度も胸内で呟くのであった。



 =======



 そして翌日になりーー時を迎える。

 学園が終わり、そのままレヴィンというカフェに着いた陸は覚悟を瞳に宿した。


(いよいよ……か)

 腕時計に目を向ければ17時57分。約束の時間まで残り3分を切っている。


 自然と面様が真剣に変わり……陸はゆっくりと入口扉を開ける。


『カランカラン』

 ガラス製のドアベルが鳴り、店内に入る陸。

 そこには雑音も無く、カウンターに一人座る人物がいるだけ。


 背中から滲み出る風格に品格……。言葉では表せないオーラをまとったそんな人物。……無意識に視線が吸い寄せられ、相手が誰であるかは言葉に出さずとも理解出来る。


 そして数秒の間が開き……陸が一歩踏み出した瞬間だった。

「貴殿が陸という少年であるか?」

 背を向けたまま威厳ある口調で、凛花の祖父があろう人物がそんな言葉を発したのである……。


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