第53話 解決に向けて……
「貴殿が陸という少年であるか?」
「はい、初めまして。竹中 陸と申します」
「ワシの名は九条
そして……凛花の祖父である茂雄はようやくこちらに顔を見せた。
立派に生えた白ヒゲに、老成した品のいい顔。言葉に出来ないようなオーラを身に纏い、シワのないスーツを着たその姿は絵になるようなものであった。
「
「様など付けずいつも通りで良い。今日は本来のお主を見にきたのだ。対等の立場として話そうではないか」
「あ、ありがとうざいます。……では、お言葉に甘えます」
表情は全く変わらない茂雄だが、声音には確かな気遣いが込められていた。
どのような口調で話してよいか、どのような態度で接して良いか戸惑っていた陸。その提案は有難いものだった。
「さぁて、立ち話もアレじゃ。お主の話もじっくりと聞かなければならぬ。隣に座ってやくれぬか?」
「分かりました。隣を失礼します」
丁寧な指差しを隣の席をさす茂雄。そのカウンターの机には麦茶が注がれていた。
『……』
そしてーー隣に座った瞬間に訪れる無の時間。
接近しただけで感じる茂雄の圧に、思わず生唾を飲む陸。
今からどんな話をされるのか……何も検討が付かない。茂雄が口を開けるまで時間に身を任せるしかない。
「……流石は雫じゃな」
「え……」
無言の間が数秒続いた後ーー唐突に茂雄はそんな声を発した。
「この場でワシに何を言われても決して引かぬ、そんな意志がお主にこもっておる。それだけ見ればこの場所にどんな覚悟を持って来たのか分かることよ。全く、良い男を連れてきたもんじゃわい」
「……雫は俺の大切な人ですから」
どんな気持ちでこの場所に足を運んだのか、一瞬にして見破られた陸だが驚きは少なかった。
茂雄と視線があった瞬間ーー全てを見透かされたような不思議な感覚に襲われていたのだ。それは、今までにたくさんの人間を見てきたからこその力。
「……本心のようじゃな」
「仮にここで嘘を言ったとしても、茂雄さんには簡単にバレると思いますから」
「フハハッ、その通り。……ワシに隠し事は無駄じゃよ。今までこの目でたくさんの人間を見てきたからのう」
「元より俺は正面から当たらせていただくつもりです。それが俺に出来る唯一のことですから」
陸と対面している相手ーー茂雄は人の上に立つ存在。ただの高校生に勝てるものは何もない。
だからこそ、嘘偽りなく本心でぶつかるくらいしか茂雄の心を動かす術がないのだ。
「……それならば良いのじゃ。うむ、前置きはこれくらいで本題をは話そう」
これが前置きだというように、立派に生やした白ヒゲを右手で触りながら茂雄は目を瞑り……間を開けることなく言葉を続けた。
「一般の者には馴染みがないものだが、我が家には見合い結婚というしきたりが存在しておる。それは知っておるな?」
「はい、知ってます」
「つまり、今の雫がどのような状況に置かれているのかも分かっておるのじゃな?」
「それも……分かっています。凛花から聞きましたので」
「それならば話は早いのう」
カウンターにある麦茶に手をかけ……口を付けた茂雄はゆっくりとコップを置く。
「……結論から言えば、ワシは雫を救うことが出来る」
「ほ、本当ですかっ!?」
「もちろんじゃ……。が、それを行えばしきたりを破った者を庇う。そんな異例が生まれるわけでもある。本来、しきたりを破ったものにはそれ相応の罰が与えられるものなんじゃ」
しきたりの重みは陸には理解出来るはずがない。しきたりが存在し、それを守っている者にしかこればかりは分からないこと。
「ワシは身分などで人を判断したりはせん。雫が選んだ相手ならば、こうして対面せずとも雫を庇う価値がある男だとは確信しておった」
「……」
「だからこそ、ワシはお主と対面したかった。そしてお主の口から聞きたいことがある。雫を助けることに当たってのう」
「そ、それは……ッ!?」
陸が言葉を続けようとした途端ーー茂雄の鋭い眼光が向けられ、鳥肌が立つほどの重圧が襲ってくる。
「お主は雫を幸せにする覚悟があるか」
そうしてーー放たれた言葉。これが茂雄が陸の口から聞きたかった内容。
「中途半端な気持ちで、覚悟で、この先を見据えているようならばワシは容赦なくお主を切り捨てるぞ。……例え雫が好いている男であっても、その気が無い者に大切な孫を託すわけにはいかん」
「……茂雄さんの言うことは、
そう、この場に当たって陸は覚悟してきたものがある。重圧なんかに負けるわけにはいかないのだ。
「……この場に足を運んだ時点でその覚悟は出来てます。……雫だけは誰の手にも誰にも渡したくないんです」
「……言うではないか。その発言は一生を添い遂げたいという意味でもあるぞ?」
「俺は雫と付き合ってその楽しさを知りました。……些細なことでの嬉しさを知りました。……俺はこの気持ちをずっと共有していきたいんです」
「む……」
茂雄はこの時、陸の本気を感じた……。
いや、そう感じさせるほどの圧が陸にも生まれていたのだ。茂雄を押すほどの濃密な力が……。
「誰よりも、誰よりも……雫を幸せにすることを誓います」
火花が散るように視線が合わさる。ーーどちらも引くことをせず、視線を逸らすこともない。
「……男に二言は無いな? ワシとの約束じゃぞ」
「はい」
「……フ」
そうして、約束を交わした矢先だった。
茂雄の口元が一瞬だけ上がり声が漏れーー
「フハハハッ、その言葉が聞けて満足じゃわい。……後はワシに任せておけ。必ずや雫を救ってみせようではないか」
「ッッ!!」
言葉通りに満足げな高笑いをあげる茂雄は、堂々とした顔で陸にそう宣言する。
「これもまたワシとお主の約束。……破ることは決してせん。安心して待っておれ」
「あ、ありがとうございます……!」
「礼などいらん。……これは前々から話さんといかんことでもあったからのぅ」
話が終わった。そう合図するように再びコップに口を付けた茂雄は、注がれていた麦茶を飲み干した。
「……もうこんな時間か。ワシはそろそろここを出ねばならん。……おぉ、忘れておった。これをお主に渡しておかなければならんかった」
一人で完結させた茂雄は、懐に手を入れ……お札を5枚取り出した途端に陸に渡そうとする。
ーーその札は全て1万円だった。
「え、えっと……。これはどう言う意味ですか?」
「週末、雫とデートするのであろう? そのお金じゃよ」
「い、いやいや、こんな大金受け取れませんよ!」
「これはワシの気持ちなのだ。受け取ってほしい。……その代わりと言ってはなんだが、そのお金で雫を思う存分楽しませてやってほしいのじゃよ。傷付いた雫の心を癒せるのは、お主にしか出来んことじゃからのう」
「…………わ、分かりました」
陸は手を出したり引っ込めたりして逡巡させた後……しっかりとそのお金を受け取った。
本当ならば、この大金を受け取ることは間違ってるのかもしれない。しかし、茂雄の気持ちを踏み踏み躙らないためにも、『雫を楽しませる』その覚悟を伝えるためにも、受け取らざるおえなかったのだ。
だが、その選択は正しかったのだろう。茂雄は陸に向かって気持ちの良い笑みを浮かべていたのだから。
「この店の戸締りはワシがしておこう。今日はお主と話せて良かったわい。気を付けて帰るのじゃよ」
「はい……。こちらこそ、ありがとうございました」
話も完全に終わり、カウンターから立ち上がった陸はそのまま出口に向かおうとする。そんな時ーー茂雄が声をかけてきた。
「ワシに
この言葉がかけられた瞬間、溜め込んでいた思いが一気に溢れ出した……。
「……ど、どうか、どうか……雫をお願いします…………。お願いします」
震えた声……。涙をぐっと堪えた声で、陸は深々と頭を下げた。この言葉をどうしても茂雄に伝えたかったのだ
「安心せい、必ず守ろうぞ」
「本当に……ありがとうございます……」
それが最後の言葉。ーー拳を震わせながら礼を言った陸は、対面場所であったカフェを去って行く。
ーーそして、茂雄一人になったカフェ内。
「本当に良い男を見つけてきたようじゃな、雫よ」
ボソッとそんな言葉を呟く茂雄には、抑えきれない笑みが浮かんでいたのであった……。
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後書き失礼します。
いよいよ完結まで……もう少しとなりました。
年末は忙しい関係で投稿ペースに問題が出てきてますが、最後まで頑張らせていただきます……!
いつもお読みいただき本当にありがとうございます! 最後まで宜しくおねがいいたします。
※今日中に応援コメントに返信をいたしますのでもうしばらくお待ちください><
後書き失礼しました。
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