第55話 デート①

「ど、どうしたの陸にぃ。そんなに慌てて準備して……」

 慌て急ぎながら準備をする陸に、義理の妹である奈々がそんな問いをしてくる。


「こ、これから遊びに行くんだよ」

 白のパンツに横シマのTシャツにネイビーのジャケットを羽織り、ネックレスと腕時計をした陸は、中量のワックスで髪を整えながらそう答えた。


 こうも慌てるのにも理由がある。

 ーー数分前、陸のスマホにこんな連絡が入ったのだ。


『しずく姉さんが今、陸さんの家に車で向かっています。……あの件は無事、解決しました。本当にありがとうございました』ーーと。


 それは雫と凛花の祖父、茂雄が陸との約束を果たしてくれたということ。雫を苦しめていた障害が無くなったということ。そして……デートをすることが出来ること。


「なんか陸にぃ……、一人でいたらナンパされそうだね」

「ナ、ナンパ? ど、どう言う意味だ?」

「髪をセットしてるからかなぁ……、普段よりマシに見える」

「俺の服装とか、奈々から見て何かおかしいところはないか?」

「全然無いよ? むしろ良いと思う! 奈々の友達に自慢で出来るくらいはあるっ!」

「ありがとう。それなら良かった」


 奈々から合格点をもらった陸は、『このファッションが似合っていない』という不安を払拭することが出来た。

 そうして、ワンショルダーのリュックの中に財布やスマホを入れ終わった矢先だった。


『ピンポーン』

 自宅に一つの呼び鈴が鳴る。


「はーい。今行きまーす」

「奈々、俺が出るから大丈夫」

「そう? それじゃあ、陸にぃにお願いするね。 奈々もこれから遊びに行く準備をしないとだから!」

「ああ、遊びに行く時は気を付けて行くんだぞ」

「陸にぃもねっ!」


 お互い様だ、というようにニンマリとした笑顔を浮かべた奈々は、バタバタと足音を鳴らしながら自室に戻っていた。


 呼び鈴の相手は誰なのか、凛花から送られたメールの時間と当てはめれば分かること。


「今行きますー」

 リビングから玄関に行けば、扉越しに一人の影があった。そのシルエットだけで陸は確信を得ることが出来る。


 防犯対策で閉まっているカギを開け、一番に会いたかった相手に声をかけようとした瞬間だったーー。


「りく君……っ」

「……っ!?」

『ギュッ』

 と、唐突に力強い抱擁がされたのだ。


 小柄で柔らかく細い身体。少しでも力を入れて抱き返そうものなら、簡単に折れそうなほど。

 柑橘系の甘い香りが鼻腔に通り……銀色に輝く髪を持った彼女は胸元を掘り進めるように顔を埋めてくる。


「……ッ、雫……」

「本当に……本当にごめんなさい……」

「そ、そんなに謝らないでくれよ。雫が助かっただけで俺はもう十分なんだから……」

 陸の服をギュッと握り、噛み締めたように謝る雫。その『ごめんなさい』にはこの件であった全ての謝罪が含まれていた。


「雫が無事で、本当に良かった……」

「うん……」

 陸は雫の背中に手を回し、華奢な身体を包み込むように優しく抱きしめる。感涙を我慢するが、発する声には震えが生じていた。

 冷静をどうにか保っていた陸だが、この件が解決したメールを凛花から貰うまで心内は平穏ではなかったのだ。

 

「りく君……。もっと強く抱きしめてほしいの……」

「分かったよ……」

 一つ障害を乗り越えた今、今までで一番の不安が解消された今、大切な人の温もりを求めたくなる……。それは雫も陸も同じ気持ち。


「りく君、今日だけはたくさん貴方に甘えてもいいかしら……」

「もう十分に甘えてると思うけど……?」

「これ以上に激しくなるもの……きっと」

「それなら、俺のお願いを一つだけ聞いてほしいかな……」

「……うん?」


「もう少しだけ、このままでいさせてくれ……」

「……もぅ、ばか……」

「ば、馬鹿ってなんだよ!?」

「私の気持ちを汲み取るからよ……。りく君がそうやって私を甘やかすから、いっぱい甘えたくなるんだから……」

 視線だけを上に向け、上目遣いで頰を赤らめる雫。髪を結んで薄化粧をした彼女に、陸は息をすることを忘れるほど見惚れてしまう。


「雫……」

「りく君……」

 そうして……二人だけの空間が完全に出来上がった瞬間だった。


 背後から『ガチャ』っと玄関扉が開く音が聞こえーー

「行ってきま…………ぇ、え゛」

「あッ!?」

「っっ!?」


 光の速さでハグを辞めたと同時に、今までに聞いたことのない奈々の語尾が聞こえてくる。それは……間違いなくさっきの光景を目撃したということ。


「な、な、ななな…………」

「お、落ち着け……奈々」

「……陸にぃが! 陸にぃが女の子を襲ってるーーーーッッッ!!!!」

「違うって! だから落ち着けって!」

 目を見開きながら周り全体に聞こえるほどの大声を上げたのだ。


「じゃあ誰なのっ!? この可愛い女の子は!!」

「彼女だよ……。奈々には一度相談したことがあるだろ?」

「か、かかかかか彼女さんっ!? えっ、陸にぃ告白したの!?」


「あ、ああ……。それで付き合うことが出来たんだ。恥ずかしくて奈々には報告出来なかったけどさ……」

「ほ、本当……なんですか?」

『コクリ……』

 奈々の視線は彼女である雫に向けられ……本当だと言うように大きく頷いた。


「そっ、それなら良いと思うけど……じゃないっ! こ、こんなところでラブラブしちゃダメッ! だ、誰かに見られたら大変でしょ!? わ、分かった!?」

「あ、ああ……。ご、ごめんな、奈々。こんなところを見せて」


 こんな場面を目撃された後の雫は、頼りにならない。恥ずかしさから子鹿のようにぷるぷると足を震わせ、陸の背後に隠れるだけなのだから。


「か、彼女さん! 陸にぃを宜しくお願いしますねっ! ……そ、そそそそれじゃあ奈々は遊びに行ってくるからっ! バイバイっ!!」

 余程の衝撃だったのだろう、動揺を露わにした奈々はそんな台詞を残して、走り去って行った……。


「……あ、あはは。まさか見られるとはな……」

「うぅ……、絶対にりく君が謀った……」

「んなわけないだろ!?」

 そんなハプニングがありながらも、二人はデートに出かけるのであった。 

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