第56話 デート②
「ね、ね……。どうしてりく君は何も話してくれないの……?」
「ど、どう言う状況なのか説明してくれたらな……」
「私……言ったもの。りく君にいっぱい甘えるって……。だ、だからこうしてるだけよ……」
「あ、あのな。俺はこういったことに慣れてないんだから、自然に会話が出来ないんだよ……。なんで雫がこうも簡単に出来るのか疑問だし……」
「わ、私だって恥ずかしいわよ……。でも、りく君にたくさん甘えたいもの……」
ゆったりとした足取りでとある場所に向かう二人は、互いに顔を赤らめながらそんな会話をしていた。
今の状況。それは陸の腕を雫が抱き……密着させながら歩いている、カップルや夫婦特有のもの。
当然、密着させている関係で雫の小さな顔と反比例するようなたわわな胸が、陸の腕に当たっているわけでもある……。
「そ、それなら手を繋ぐ……ってことにしないか?」
「りく君が嫌なら……やめる……けれど」
「そ、そんな露骨に嫌な顔をされたら『嫌とか』言えないだろ……。ま、まぁ……俺が恥ずかしいだけで嫌なわけじゃないけどさ」
意中の相手にこんなことをされ、嫌なわけがない。むしろ嬉しいくらいだが……ここでは周りの目もあり、どうしても恥ずかしい気持ちが出てくる。
「嫌じゃないなら、このままでいいじゃない……。元はと言えば、これもりく君のせいなんだから……」
「な、なんだそれ……。説明が欲しいんだけど……」
「だ、だって、りく君が他の女性に視線を向けられてるのよ……。だ、だから私の彼なんだってアピールしないと不安で……」
「……」
それは甘えたい口実ではないのだろう、雫は視線を下に向けながら声のトーンを落とした。雫と関わっていれば本音をぶつけていることは見て分かるもの。
「ご、ごめんなさい……っ。私って独占欲がかなり強いみたいで……。こ、これじゃあダメよね……。すぐにりく君に飽きられーー」
「大丈夫。俺はそのくらいの方が嬉しいよ。俺が他の女性に見られてたかは定かじゃないけど、雫の気持ちは分かるからさ」
陸が気付いていないだけで、雫にも当然男性からの視線を向けられていることだろう。しかし、彼女と腕を組んで歩いている。そんな状況でそこに目を向ける余裕はない。
もし陸が雫の立場だったら、今雫が抱いている気持ちは痛いほど分かるもの。
「大体、俺が雫に飽きるなんてことなんてないよ。俺にとって雫は自慢の彼女なんだし、これからも大切にしていきたいって思ってる。だからそんなに不安にならないでくれよ」
「り、りく君……」
その言葉を聞き入れた瞬間、さらに顔を赤らめる雫。
「た、大切に……って、もぅ……。いきなりそんなこと言うのズルいわよ……。絶対狙って言ってる……」
「そんなつもりはないけど、俺の本心だってことは分かって欲しいかな」
「ち、ちゃんと責任を持って言っているんでしょうね……。私、りく君に幸せにしてもらうつもりでいるのだから……ね?」
「それにはちゃんと責任を持つよ」
これは茂雄との約束でもある。この約束をしたから、この約束を守ってくれると信じてくれたから、茂雄は雫を助けるように立ち回ってくれたのだ。
この約束に反するようなことは絶対にしない。したくもない。
「そもそも、飽きるのは雫の方だと思うぞ? 俺と雫じゃ……レベルが違うっていうか……」
「む。何か言ったかしら?」
『ムニッ』
その発言がが雫を怒らせるワードだった。陸の頰をぐぃっと掴み、痛みを加えるように
「い゛、痛でででで……」
「あ、あのね、りく君……。わ、私……、好意の寄せ方とか、甘え方とか下手だとは思うけれど……貴方のこと大好きなんだから……。飽きるはずないじゃない……」
勇気を振り絞った告白だったのか、もじもじとさせながら上目遣いで陸を見つめてくる。
「分かった……?」
「あ、ああ……」
「わ、分かれば良いのよ。貴方は私の自慢の彼氏なんだから……」
「そ、そのセリフは絶対狙って言っただろ。それこそ卑怯だ……」
「さて、どうでしょうね? ふふっ」
今までのことを無かったように出来る程のマウントを取った雫は照れを見せながらもご機嫌に微笑む。
ーーだがしかし、その状況は一瞬にして狂うことになった……。
「おっ!? あっれ、陸じゃん!」
「け、健太……」
「……は、初めまして、です。妹の桃です」
デートをしている矢先、そこで偶然出会ったのはクラスメイトの健太とその妹だった。
「妹……さん? 健太に妹がいたのか?」
「可愛いだろ、オレの妹は。陸になら譲ってやっても良いぜ?」
「お、お兄ちゃん! 彼女さんがいる前で何を言ってるのっ!?」
陸の腕を組む雫にチラッと視線を向けた桃は、あわあわと手を振りながら健太を止めに入った。
「ははは、冗談だって。……そ、それで一つ聞きたいことがあるんだが……陸。隣にいる女性は一体誰だ?」
「雫だけど……」
「何をとぼけてんだよ……。お前が隣に連れてる女性だぞ?」
「いや、雫だって本当に」
「いやいや、絶対に雫先輩じゃな…………あ」
陸の腕を抱き……顔を合わせないように下を向く雫をまじまじと見つめる健太は、そこでようやく気付く。学園とは全く違うクールさのかけらもない雫に……。耳を真っ赤に染めた雫に……。
「えっ!? し、雫先輩……? マジの雫先輩……?」
『コクリ……』
声を発することなく、一度だけ頷く雫。それは学園では絶対にあり得ない光景。
「健太は本当に分からなかったのか……? 冗談とかじゃなくって?」
「いや、本気で分からなかった……。普通のモデルさんを隣に連れてると思ったぜ……」
「彼氏として嬉しい言葉だな……あはは」
「くっそ……。その惚気がオレの鬱憤をためやがる……」
「ほ、褒め言葉として受け取っておくよ」
「あーあ、陸がどんな風にデートするのか観察したくなってきたぜ……」
そんな軽口を叩く健太だが、当然本気で言ってるわけじゃない。
「お兄ちゃんッ! 妬ましいからってデートの邪魔をしないのっ! ほら、もう行くよっ!」
「分かった。冗談だって! 冗談だから引っ張んなって!」
「言っていい冗談と悪い冗談があるのっ!!」
「それでも引っ張ることはないだろお!?」
周りがこちらに視線を寄せる中、白昼堂々と兄弟喧嘩を始める二人。喧嘩するほど仲が良いということわざ通り、二人の仲の良さは目に見えている。
そんな口喧嘩はすぐに終わり……反省することがあったのか、健太はすぐに謝ってくる。
「デートの邪魔して悪かった」
「いや、全然大丈夫だから気にしないでくれ。それと、妹さんもありがとう」
「いえ! 妹として当然のことをしたまでですっ!」
「チッ、これだから妹は……。あー、それと、もし時間があれば新しく出来た猫カフェに行ってみてくれ。さっきコイツと行ったがマジおすすめだった」
健太はそう言って、妹の桃に人差し指を頭上から落とす。
「んじゃ、オレ達はこれで失礼しなきゃだな。……ほら、いつまでもデートの邪魔すんなって、妹よ」
「邪魔してたのはお兄ちゃんじゃんっ!」
そうして、再び口喧嘩を勃発させた健太と妹は仲よさげに去っていった。
「見られた……。学園の人に見られた……」
「あはは、別に俺はそんな雫も良いと思うけどな。学園とは違う雫を友達に見られたくない気持ちは当然あったけど……」
「ばか……」
「バ、バカ? なんだよいきなり……」
「……もう知らない」
「なんでだよ!?」
陸の腕には未だ雫の腕が絡んでいる……。『ばか』という言葉が放った雫は、その後、ギュッと腕に力を入れるのであった。
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