第28話 膝まくら(1)
「えっ、ちょッ!?」
「早く入って」
雫は陸の手を引いて、そのままある個室に押し込もうとする。その個室というのは生徒会室。本来、生徒会役員しか使うことが出来ない場所だ。
「早く入ってって、俺は入っちゃダメな場所だろ!?」
「それでも、貴方と話せるのなら私は会長の立場を捨ててもいいわね」
「……っ!?」
いきなりの不意打ちに……いや、雫の本音を聞いた陸の鼓動は一瞬で高鳴り、抵抗をやめてしまう。
その隙を突いた雫は陸の手を引いて生徒会室に連れ込み……扉を閉めた。
「……どう? 初めての生徒会室は」
「す、凄い……けど」
初めて生徒会室に足を運ぶ陸は、室内を見渡しながらそう答えた。
開放的な室内には黒塗りの長いソファーに、長方形のガラス机。教室とは違った色の真っ白のカーテン。角の方には観葉植物も置かれている。
流石は生徒会室と呼ぶべきか、話し合いをするには適切な雰囲気が作られていた。
「立ち話もアレだからそこに座って」
「あ、ああ……」
そんな提案を受けた陸は、黒塗りのソファーに腰を下ろす。その瞬間に身体を吸い込むようにしてソファーが下半身を包み込んだ。
羽毛のような上質な感触。値が張る品なのは間違いないだろう。
「柔らか……」
そんな一言が陸の口から漏らした時ーー、
『カチャ』
なにかの金属音がこの空間に小さく響く。
「か、鍵……閉めたのか?」
「ええ。誰かにこの現場を見られて困るのはお互い様でしょう?」
ポケットから小さなキーホルダーが付いた鍵をこちらに見せてくる雫は、うっすらと笑みを浮かべてこちらに近付いてくる。
「ま、まぁ……そうだな」
「……隣、良いかしら?」
「隣に座るのか? 普通は対面するように座ると思うんだが……」
「当たり前のことだけど、私はりく君と同じクラスでもなければ、同じ学年でもない。……隣に座れる機会はこんな時しかないのよ」
「……分かったよ」
雫の気持ちを汲み取った陸は、一人分のスペースを作るように少し横にずれ、そこに雫がゆっくりと座る。
「ありがとう、りく君……」
「あのさ、もしかしてこの場所を選んだ理由はこれがしたかったからなのか?」
「……半分正解、ね」
「じゃあ、残りの半分は?」
「……私自身の不安を取り除くため。午前中の授業、その不安でなにも頭に入らなかったのよ……」
雫が抱いている感情。『その不安で……』と言葉を濁すが、次の発言によって全てが明らかになる。
「りく君はズルイわよね……。私の気持ちを分かっているのに、他の女の子と仲良く登校して……」
「……み、見てたのか」
途端、雫の声音が弱いものに変わる……。それは、雫が弱っている姿を見せていること。
『あのなぁ、雫先輩はお前に想いを寄せてるわけ。そんな雫先輩が別の女子と仲良く登校してるお前を見たとしたらどう思うよ』
『雫先輩は生徒会長だし、今朝何かの用事で外に出てれば陸が他の女子と登校していたことくらい目に入れてるだろうさ』
的を得た健太の発言があったからこそ、この時の驚きは少なかった。あれだけの情報でここまで正確に言い当てられるのは、『流石』の言葉以外に見つからない。
「私がおかしいことは分かってる……。りく君と付き合ってるわけでもないのに、こんなに嫉妬してるんだもの……」
そんな雫は履いていたローファーを脱ぎ、ソファーの上で体育座りをしながら口を小さく尖らせた。
これは雫が本気で拗ねている時に見せる態度、表情。ーー小さな頃から雫と関わり、尚且つ、雫が好意を寄せている者にしか見せないもの。
「い、いやいや……。それ以前にあれはただの友達だぞ?」
「それが分かってても、不安に駆られるのよ……。だ、だって私は貴方のことが好きなんだもの……。貴方を取られるって思うのよ……」
「お、おう……」
制服で体育座りをしたのなら、スカートが捲れるのはもちろんのこと……。
雫の長い脚を包んでいる黒のタイツの露出面が多くなる。狙っているにしろ、していないにしろ、そんな状態でこの言葉をかけるのは卑怯だろう。
「陸くん、一つだけ言いかしら……」
「な、なんだ……?」
「り、りく君は、私をこんな感情にした責任を取るべきよ……」
「せ、責任……?」
「私の嫉妬を消す責任……。だって、りく君は私を彼女にする約束をしたんだもの……。こ、こんなことを言ってもなんの不思議もないわ……」
「……」
『そ、そんなことを呑めるはずがないだろ』
陸は口から出そうになった言葉を押し殺した。それは何故かーー逃げの一手を打つことは今までと同じ、なにも変わらないからだ。
陸はもう覚悟を決めている。アタックをする覚悟を。奈々ともその約束をしたのだ。今更破るわけにはいかない。
ーー言葉を言い換えるなら、雫にアタックをするチャンス、なのだから。
「……分かった」
「えっ……」
「おい、なんで提案した方が驚いてるんだよ」
「い、いや……っ、な、なんでもない……わ」
雫からすれば、堅物だった陸がこうもあっさりと提案に乗ったのだ。驚く材料は十分である。
「そ、それじゃ……こ、これでいいか?」
陸は自らの太ももをポンポンと叩き、雫に視線を向ける。この寸時……息苦しいほどの緊張が襲ってくる。
「膝まくら……」
「そう。俺が雫に出来ることと言えばこれくらいしかないし、昔やってたことだしな……。雫も覚えてるだろ?」
「お、覚えているけれど……ま、待って。こ、心の準備が……」
左手で胸を押さえ、右手をパーに開いて陸を制しようとしている雫だが、それは甘い。覚悟を決めた陸にはもうアクセルがかかっているのだから。
「心の準備をさせたら、嫉妬を無くす効果が薄まるだろーー」
「……ふあっ!?」
可愛らしげに驚きの声をあげる雫。陸が取った行動は一つ……。雫に心の準備をさせずに、膝枕をさせることだった。
体育座りをしている雫の体勢を崩すのは簡単なこと、こちら側に少しの力で引き寄せるだけだなのだから。
「……ほら」
陸は雫の左肩を優しく引き寄せる。これは相合傘の時にもやったこと。
ーー結果、雫は抵抗する暇もなく『ぽすっ』と、陸の太ももに収まった……。
「なっ、っ〜〜〜〜っっ!!」
「……強引でごめん。でも、これ以外にはなにも思い付かなかったんだよ」
思いついた手段は『膝枕』の一つだけ。だからこそ、一度で最大の効果が得られるもので成功させなければならかった。
だが、強引な選択したことに罪悪感が芽生えるのは当然。しかし……この罪悪感が陸の冷静にさせる。
もし、この気持ちがなければ恐らく……声を発することも出来ないくらいに気が張り詰めていたことだろう。
「……」
「……」
っと、何故かここで雫からの反応が無くなる。
「し、雫……?」
「お、お願い……。今私を見ないで……。ひ、ひどい顔だから……」
雫は陸の視線から逃げるように両手で顔を覆い隠す……。だが、両手で覆い隠せない耳、首元は熱を帯びたように真っ赤に染まっていた。夕日が当たっていたとしても言い訳が出来ないくらいに……。
そう、これが心の準備をさせなかったために得られた効果でもあったのだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます