第27話 教室に訪れる者
「ど、どうしたんだろう……会長」
「う、うん。すっごいピリピリしてるよね……。な、なにか嫌なことがあったんだよ……きっと」
「あ、あんなに不機嫌な雫さん見たことないって……」
「あんなんじゃ声すらかけられない……」
あれから数時間後のこと……。学園の生徒たちからこんな声が上がった。
その原因は陸がとある女子と仲良く登校していたことが原因で……嫉妬からきているものであった。
その話は雫の教室だけでなく、一学年下のクラスにまで届いていた……。
「なぁ、陸……。お前は雫先輩になにをしたんだ? あの雫先輩が今までにないくらい不機嫌らしいぞ?」
「な、なんで俺に聞くんだよ」
陸からしてみれば、その理由ま全く分からないこと。それを健太から聞かれているのだから当然と呼べる反応だ。
「お前が原因だとオレの勘が告げている。確実に」
「俺が原因って、そんなこと言われても全く心当たりがないんだよな……」
「全くない、ねぇ……。つまりは無意識か意図せずに相手を不機嫌をさせたことになるなぁ」
「な、なんで俺が九条先輩を不機嫌にさせた前提なんだよ……」
「陸に一つだけ質問」
そんな陸のツッコミを無視する形で健太は強引に話を突っ込んだ。健太からすれば陸が雫を不機嫌にさせた。その理由は所詮『勘』でしかない。陸を納得させることが出来るはずもない。
納得させるためには陸から情報を引き出すしかないのだ。
「最近、雫先輩となにかあったか?」
「ま、まぁ……この前話したことの延長みたいなことはあったけど」
この前話したことというのは、相合傘でのことである。
「ふぅん、なるほど……。それじゃあ、雫先輩以外の女子と仲良くなってたりしてないか?」
「それは……仲良くなってるとは思う。今日その女子と一緒に登校したくらいだし。そのお姉さんもいたけど」
「お前ってやつは……。はぁぁー」
「え?」
右手で前髪をグシャッと握り、大きなため息を吐く健太。それだけで何かヤバイことをしたのではないか……との錯覚に陥る陸。いや違う、陸はもうヤバイことをしでかしているのだ。
「陸……。それは一番やっちゃいけないやつだからな。本当に」
「や、やっちゃいけないって一緒に登校すること……が?」
「あのなぁ、雫先輩はお前に想いを寄せてるわけ。そんな雫先輩が別の女子と仲良く登校してるお前を見たとしたらどう思うよ」
「そ、それは不快になる……」
陸はこの時、雫の立場になって発言した。……何故付き合ってもいないのに不快になるのか……。その理由に気付くのはもう少し先のこと。
「嫉妬だよ嫉妬! それが雫先輩の不機嫌な理由だって。雫先輩は生徒会長だし、今朝何かの用事で外に出てれば陸が他の女子と登校していたことくらい目に入れてるだろうさ」
「し、嫉妬って、そんなことがあるのか? 俺は九条先輩と付き合ってるわけじゃないだぞ……?」
「陸が他の女子と仲良くしている光景を見れば、『取られるかもしれない』そんな思考になるのは当たり前のことだって」
雫は図書室で話してくれた。『りく君を渡したくない。誰にも、取られたくない……』と。
そう、健太の言い分は雫と同じもので、間違いだと否定しようがなかったのだ。
「け、健太……。俺はどうすれば良いんだ、これ」
「どうすればって、雫先輩に話しかけるしかないだろうな……。ただ、その嫉妬が根強かった場合は知らん。話しかけたくらいじゃ治らないだろうし」
「……」
「とにかく、陸は早めに答えを出せよな、想いを受けるか断るかを。雫先輩をこんな気持ちにさせてんだから、先延ばしにするのは限界だと思うぞ?」
健太からすれば、『お前はなにをしているんだ』状態だ。相手の想いを知っているにも関わらず、進展をしていない、させていないのだから。
誰もが羨む相手。誰もが付き合いたいと思っている相手に、ここまで長引かせるのはこの先のことを考えても陸以外にいないだろう。
「そ、そのことなんだが……俺、雫先輩にアタックをかけようと思ってる」
「どうせ自分の想いを知るために、だろ?」
「す、全てお見通しなんだな……」
「そりゃあ、お前は鈍感だしな」
(……アタックをかけるその時点でもう答えが出てるんだけど、それが分からないのが陸なんだよなぁ……。嫌いな相手だったらアタックをかけようとも思わないだろうし)
なんてことを心の中で留めておく健太は、あっと思い出したように表情を変化させて言う。
「一つ言うが……アタックの相談には協力しないからな?」
「え……?」
「アタックってのは一人で考えて実行してこそ。オレはそう思ってる。確かに相談するのも一つの手だと思うが、そんなことを繰り返してちゃ、いざって時に自分の意志で実行できなくなるもんだ」
「な、なるほど……」
腕を組みながら言う健太の言葉には確かな重みがあった。まるで、自分にそのような時があったように。
「雫先輩も陸が一人で考えたアタックを受けた方が嬉しいだろうさ。一層のこと、アタックで雫先輩の嫉妬を解決するって策を取っても良いんじゃないか? そうすれば陸は絶対的にアタックをかけないといけないわけだし」
「そ、そうだな……。その方法もあるよな……」
「頑張れよ、応援だけはしてるからよ」
「ありがとう」
握り拳をこちらに向ける健太に、陸も握り拳を作って重ね合わせた。アタックのことについて相談出来なかった陸だが、『雫にアタックをする』その覚悟を再び手に入れた瞬間でもあった。
========
『ガヤガヤガヤガヤ……』
その昼休み。唐突と教室を出てすぐの廊下が騒がしくなる。
「な、なんでここに雫さんが!?」
「ほ、本物だぁ……! 会長だぁ!!」
「す、すげぇな……すげぇ美人だ……」
「し、雫先輩がどうしてここに!?」
その廊下から聞こえてきたのは、『雫さん』『会長』『雫先輩』の声。
この時点で、誰がこのクラスに訪れようとしているかは分かること……。
「……」
陸は呆気に取られたまま廊下を見つめていた。
「ふふっ、少しお話しをしたい相手がいましてーー」
そして一人の女子がこの教室にひょこっと端正な顔を出しーー目が合う。
「……ごめんなさい、少しだけ
「……へ?」
『…………』
第一声にそんな言葉をかける雫に、教室には数十秒もの静寂が訪れた。
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