第26話 嫉妬の眼差しを向ける者
(アタックするっていっても何をすれば良いんだが……)
その早朝、陸は登校しながら悩みに悩んでいた。
陸にとって、異性にアタックを掛けること自体が初めてのこと。ましてや付き合ってもいない相手にどうアタックをかければ良いのか、分かったものではない。
(やっぱり何をすれば良いか分からん……)
無意識に難しい顔になる。どうにか解決をしようと思考を張り巡らせるがそう上手くはいかない。
なんと言ってもアタックをかけた経験がない。……勝手がわからないのは当然だ。
こうなれば、何かに頼るという選択肢が自然と出てくる。
(…………健太に聞くか。恥ずかしいけど)
陸が出した選択はこれだった。
陸の友達である健太は一応のことを知っている相手。相談するには十分の相手である。
(ふぅ……)
取り敢えずは解決に導くための糸口を掴み、安堵の息が漏れる。
『奈々が九条さんの立場だったら、泣くくらい辛いことだから! 想いを伝えるだけなんて悲しすぎるもん!』
昨日、奈々が必死になって伝えてきたこと。陸の脳裏にしっかりと焼き付いているからこそ、たった一つの糸口を見つけたことにホッとするのかもしれない。
ーーと、その時だった。
「あっ、陸先輩……っ! おはようございますっ!」
「君が……。どうも、この前は妹がお世話になりました」
背後から二つの声が掛けられ、陸は声源に振り向く。
「おはよう、ミミ。えっと、こちらは……お姉さん?」
陸の視界に入ったのはミミともう一人の人物。身長はミミより少し高く、ミミと同じクリームの髪色。少し幼げの顔立ちだが、話しやすいような雰囲気を纏っている。
「初めまして、ミクって言います。といってもうちは君のことを知ってるんだけどね、
何故か怯えることもなく、ニンマリとした笑みを見せながら挨拶をしてくるミミの姉であるミク。
不良の噂がある陸に、正面から『不良』と呼んでくるのはミクが初めてのこと。赤い瞳を細めるミクに、必要以上にまばたきを繰り返す陸。
「おねえちゃん!」
そんな陸を見て……ミクが不良と呼んだことに不満を抱いたのだろう、ミミはグーの手を作る。いつでも攻撃出来るという体勢だ。
(痛くなさそう……いや、痛くはないだろうな……)
なんてことを密かに思う陸だが、ミクの表情には恐怖の『き』の文字もない。……つまりはそう言うことなのだろう。
「あはは、ごめんごめん。君が不良じゃないのはうちの妹から聞いているのよ。それと雫ちゃんにも」
「く、九条先輩のこと知ってるんですか?」
「そりゃそうよー。雫とは同じクラスだし、なんと言っても友達だからねぇ。その雫ちゃんが君のことを褒めてたりしたから」
陸のことを正面から不良と呼んだ理由は『不良でないことを知っていた』から。
妹だけでなく、雫から聞いてそう聞いていたのだから信憑性は100%と言っても過言ではないだろう。
そして……気になることが一つ。ーー雫が陸を褒めていたという件だ。
「た、例えば……と聞いても良いです?」
「気になる?」
「は、はい」
「そんなに気になる?」
「は、はい……」
「そんなにぃ?」
「……おねえちゃん、これ以上するとみみが怒るよ」
そんな三度目の追求に、ミミは今までにないほどの冷淡な声で警告する。迷惑がかかっている……そう感じたのだろう。
「ご、ごめん……。少し調子に乗った
「
「調子に乗りました……ごめんなさい」
姉妹のバトルはミミの圧勝だった。この時点で姉であるミクは妹には強く出れないことは明白だった。ミミの方が立場が上なのだろう。
「別に大丈夫ですよ。自分とミク先輩は初対面ですし、少しでも壁を無くそうとしたんですよね?」
「え? ……あぁー、そうだよ!」
陸からの助け舟をもらったミクは、味を占めたように同意する。
……しかし、同意の仕方が下手、嘘を付くことが苦手なのはミミと同じだった。
「じぃ……」
ーーと、容赦ないミミのジト目がミクを貫通し、とうとう本音が吐かれた。
「す、少しくらいウソついても良いじゃん! 陸君が勘違いしてくれたことなんだし!」
「陸先輩はわざと言ってるのっ!」
「え? わ、わざと……?」
「そうですよね、陸先輩?」
「そこで俺に聞かれても……」
シンクロしたように、姉妹揃って正面顔をこちらに見せてくる。そんな二人に対して、気まずそうに視線を逸らして言葉を濁す陸。
その反応は実に分かりやすいもの。……隠したかった答えが簡単にバレる。
「そ、その反応って……。妹の言う通りわざとだったのか……」
「だからいつも言ってたのにっ! 陸先輩はとっても優しいんだって!!」
「……んんー? 本人の前でそんなことを暴露して良いのかなぁ?」
「……い、良いもん! 悪口じゃないもん!」
「顔を赤くしちゃってぇー。妹ちゃんかわいー!」
「も、もぅ……もう知らないっ!」
ここで姉妹の立場が逆転する。今度はミミが打ち負かされる番だった。立場は同じ、時と場合の発言によって、立場が上になるか、下になるか、なのだろう。
その仲の良さに、見ているだけで自然と笑みを浮かぶ。
顔を赤くするミミの頭をよしよしと撫でるミクは、さっきの発言を思い出したように口を開いた。
「……でも、わざとあんな言葉を掛けてた辺りは流石だねぇ、陸君」
「“わざと”とは少し違いますよ? その可能性があったからこそ言ったわけですし」
「ふぅん、そう返してくるのか……」
(……その可能性は恐らく小数点くらいだろうねぇ。これだけ気遣いの口が回れば雫ちゃんが惚れるのも頷けるなぁ。不良からの優しいギャップも効果的だし、よくよく見たらレベルも高い……)
ミクは値踏みするように陸に視線を集中させる。
「な、なんです……か?」
「いきなりだけど、中学の頃とかモテてたでしょ?」
「本当いきなりですね……。今まで誰とも付き合ったことないですよ」
「ほらやっぱり…………って、エッ!?」
「えっ!?」
「二人してそんなに驚かなくても……。逆に傷付きますよ」
付き合ったことがない。に対する二人の反応は演技のない確かな『驚き』で……それを証明するように個々の感想を述べていく。
「うち的にはざっと十数人くらい行ってるのかと……」
「みみは陸先輩に彼女さんがいると思ってました……」
「そんな言葉を掛けられたのも初めてですよ」
「……じゃあ告白された回数は? 15回くらい?」
「……
ミクの追求した問いに、陸は比喩を使って答える。
1にもなっていない数字に恥ずかしさがあったのだ。
「じゃあ、誰にも手を付けられてない
「う、上手いことは言わなくて良いですから……」
「ほ、本当……なんですか、 陸先輩?」
「あ、ああ」
被せるような比喩を使い確認するミク。その後、ミミの再確認に陸が頷いた瞬間だった。
「ーーぷ」
と、口の空気を抑えるような音が聞こえーー
「あははっ! もういろいろとおかしいって。あはははっ!」
「ちょっと!?」
ミクはお腹を抱えながら大爆笑をする。……その場所は学園の正門付近。
生徒の視線がこちらに集中するのはもちろんのことで、側から見れば楽しそうに登校している。そう思うのは間違いない。
視線がこちらに集まる中ーーある者もこちらを見ていたことには誰も気付かなかった。
揺らぎようのない嫉妬の眼差しを向けて……。
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