第25話 ……覚悟を決める
あの後、気まずい雰囲気を拭えないまま陸は雫を家まで送った。
そして今、陸は自室のベットに横になり、天井の一点を見つめていた。
(あの雫が俺のことを…………)
考えることは一つしかない。……いや、無意識に考えてしまうといっても過言ではなかった。
『雫の気持ちは本気なのだろうか……』と、気になっていたのは否定しようがない事実。
その気持ちを本人から聞き、嬉しく思ったこともまた事実。
(雫の気持ちを知って、俺はどうしたかったんだろうか……)
最終的に行き着くのはここだった……。この先の答えが全く見つからない。まるで、光が一つもない出口を彷徨っているように。
ーーそんな悩みを抱いていた矢先、『ガチャ』と、自室の扉が開く。
「陸にぃ、お風呂空いたよー?」
そして、親戚の一人娘である奈々が突然と姿を現した。
陸は幼き頃の親を亡くし、親戚に引き取られている。奈々からは『陸にぃ』と呼ばれているが血縁関係があるわけではない。
「おいおい。扉を開ける時はノックをする。そう言わなかったか?」
「陸にぃ以外にはノックするもん! だから良いのー!」
「タチ悪いなそれ……。いきなり入られて困ることもあるんだから、次からは気を付けるんだぞ」
「へぇー、それはなにかなぁ。えっちいことかなぁー? えっちなことー?」
空色のおさげの髪を揺らしながら、ニヤニヤとしながら陸に詰め寄る奈々。
くりくりとした茶色の瞳には『からかってやる!』だなんて魂胆が宿っていた。
そして、奈々は現在中学生。思春期に入っている。こんな話題に少し興味があるのだろう。
「……もういい」
ここで奈々に付き合うわけにはいかない。正確に言えば付き合う余裕がなかった。
それよりも今は悩みの解決ーーこれが最優先事項だ。
「……陸にぃ、もしかしてなにかあった?」
「……まぁ、な」
お風呂に向かおうとベッドから身体を起こした途端に、発される奈々の心配した声。
血の繋がっていない奈々だが、関わってきた期間は何年にもなる。陸の表情から何かがあったことを察したのだろう。
「……奈々で良ければ相談に乗るよ? 陸にぃは奈々の大事なお兄ちゃんだもん」
「からかおうとする時と、真面目な時のスイッチの切り替えは凄いよなあ……」
「迷惑ならもうリビングに行くけど……話してほしいな」
「分かったよ。そこまで言われたら言うしかないよな……。一人じゃ解決出来そうになかったし」
陸にとって想いを告げられたのは初めてのこと。陸は奈々に今までのことを全部教えるのではなく、大事なことを掻い摘んで伝えた。
「はぇっ!? あ、あの九条さんに!? 陸にぃってそんなにモテるの!?」
「今までにモテたことは一度もないけどな……。学園じゃ不良とか呼ばれるし、俺に寄り付く人はいないくらいにある」
「じゃあ、その反動が良いほうに返って来たんだね! だって、あの九条さんが陸にぃのこと好きなんでしょ!?」
「まぁ、そうだな……」
この近辺に住んでいる人ならば、九条という苗字から連想出来る人物は皆同じ。大きな家を持っているだけでなく、雫や妹の凛花が美人だということで認知度は他の誰よりもあるのだ。
「え、えっとさ、これはみんなの疑問になると思うんだけど、なんで陸にぃは付き合うことに迷ってるの? 九条さんって言えば、お金をいっぱい持ってる美人さんだし、断る理由がないと思うけど……」
「こ、断るつもりはないんだよ……。かと言って引き受けるってのもまた違うって言うか……」
……そう、結局はこうなってしまうのだ。断るつもりはない、でも引き受けるのもまた違うと思っている。この矛盾が自分自身理解出来ないことだった。
「あのさ、陸にぃって、今まで異性と付き合ったことないよね?」
「あ、ああ」
「もしかしてだけど、陸にぃは好きってことがどんなことか分かってないんじゃないの?」
奈々はコテっと首を傾げながら、ある可能性を提示した。第三者から見ての意見だが、陸は即答するように否定する。
「そのくらい分かってるよ。ほら、あれだろ……。一緒に話したいとか思える相手のことで」
「それなら友達でも言えることでしょ?」
「た、確かに……。じゃあ、ドキドキする……? いや、でもそれは緊張でもあるわけで、異性とあんまり関わりのない俺だから……あ、あれ」
頭では理解出来ている。……だが、迷路に入りこんでしまったように答えが出ない。言葉に出来なかったのだ。
「あ、もう解決しちゃった……。恋愛感情がなにか分かってないから、『OK』の返事が出来ないだけってことだって」
相談して十分程度で答えを導き出した奈々。陸の反応からして的を得ていることに違いない。……しかし、異論を唱えるのは悩みを抱いている本人だった。
「ちょ、ちょっと待て。好きって感情くらい分かってるって」
「じゃあ分かった。奈々のこと、好き?」
「そりゃあ好きだけど……」
「それは家族としてでしょ?」
「ま、まぁそうだな」
「じゃあ、異性の好きってなに?」
「えっと…………」
ーーこれが、確信的な答えが出た瞬間だった。
「ほら、答えられない。頭で違うことは分かってても、ちゃんと理解出来てない証拠だよ」
「じゃ、じゃあ逆に聞くけど……どうすれば理解出来るようになるんだ? そ、その恋愛感情に……」
「そうだねー。結局は時間が解決してくれるだろうから、今まで通りに接しても良いと思う。……でも、九条さんの想いを知ったなら、時間に身を任せるのは可哀想だよ。いつになるのか分からないし」
自分の気持ちを織り交ぜながら話す奈々。その顔は真剣そのもので、からかう様子は全くない。そんな奈々を見たからこそ、陸は素直に吞み込もうと思える。
「陸にぃからアタックを掛けて、自分の想いを確かめることが一番大事だと思う。想いが分かってないのに、アタックを掛けるのは不本意なことだけど、断る気がない時点で陸にぃは九条さんのことを好きなはずだよ。断言していい」
陸は
ーーここで陸は気付く。
凛花もそのことを察していたからこそ、アタックをかけろと言っていたのではないか……と。
「だからアタックした時に分かるよ、きっと。九条さんを友達と思ってるなら出来るはずのことが出来ない、不思議なことが起こるから」
「な、なんだよそれ……」
奈々は先のことが全て見据えているように口を動かし続ける。まるで、確信しているような口振りだった。
「この話は秘密にしてあげる。その代わり、陸にぃはしっかりアタックをするんだよ? 九条さんは想いを告げてくれたのに、陸にぃが何もしないのは失礼の極みだからね!」
ーーと、そう言って奈々は陸に向かって小指を突き出した。
「はい、指きりげんまん!」
「な、なんで……?」
「奈々が九条さんの立場だったら、泣くくらい辛いことだから! 想いを伝えるだけなんて悲しすぎるもん!」
「…………わ、分かったよ」
陸は奈々の圧力に負け、指きりげんまんをした。
子ども地味たことだが、そうしてまでも奈々は『約束は守れ』と伝えたかったのだろう。
奈々の言うことも分からないことはない。雫に辛いことをさせたのは間違いないことなのだ。
(ちゃんとアタックしないとな……。お、俺自身、気になってることなんだし……)
陸はとうとう覚悟を決めた。アタックをする覚悟を。
ーーこの覚悟が雫のクールさを全て剥がしてしまうキッカケになることなど、知る由もない……。
また、奈々の言う通り自身の想いに気付くことにも……。
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