第40話 その後
公園を去った後の帰り道……。
「あのさ……。今さらこれを言うのもどうかと思うけど、雫は本当に俺で良かったのか……?」
「なに言ってるのよ……。ふふっ、りく君だからこんな関係になったの、私は……」
視線を恋人繋ぎをしている手に注ぐ雫は、幸せそうな笑顔が浮かぶ。さらには、自身の言葉が本当だと示すように、握る手にギュッと力を入れてきた。
「あ、あのさ……。そんなに強く握られると手汗が出てくるっていうか……」
「……そう」
「そう、じゃないだろ!? だ、だからさ、軽めで握ってほしいっていうか……」
「イヤよ。だってりく君は私と付き合ったにも関わらずそんなことを言うんだもの」
雫の言う『そんなこと』は、陸が最初に発した台詞のこと。
『今さらこれを言うのもどうかと思うけど、雫は本当に俺で良かったのか……?』ーーだ。
自己評価の低い陸だからこそ、こんな言い回しになってしまう。それが分かっている雫だからこそ、話を流すわけにはいかなかった。
「私は悪ふざけや好奇心なんかで付き合うことは絶対にしない……。私が貴方のことが好きだから告白を受け入れたの」
「……」
「だからそんなことは言わないで。その言い方はりく君を選んだ私を傷付けるわ」
言葉の端々に優しさを込める雫は、微笑みながら語り掛ける。
「き、傷つけるつもりは全くからな!?」
「大丈夫。りく君がそんなつもりで言ったわけじゃないことは分かっているから。……でも、貴方は私の
「き、強調が激しいな……」
「ふふっ、だって事実だもの。……次、りく君が自身を貶めない発言をしないのなら手の力を緩めてあげる」
そんな交換条件を出す雫は、今まで
陸の嫌がることを……この場合、あまり長時間強く手を握らないよう立ち回り、
たったの数秒の間にここまで頭を回転させられるのは、流石としか言いようがなかった。
「……分かった。さっきの発言は撤回するよ。……ごめん」
「分かれば良いのよ。りく君は理解が早くて助かるわ」
その言い分通り、手の力を緩める雫は満足そうに頷く。
「……なんかもう引っ張られてるな、俺って。本当は逆の立場にならなきゃいけないのに」
「私はりく君の年上なの。これくらいしないと私の立場がないじゃない」
「公園じゃそんなことなかったのに」
「あっ、あれはあれ! これはこれよっ!」
公園では陸の胸を借りて嬉し泣きをした……。ずっと抱き締めてもらっていた。
鋭いツッコミを入れられ雫は、恥ずかしさで頰が朱に染まる。
「……でもさ、いつかは俺が引っ張ってみせる。……告白の時にもそう言ってるから」
「そ、それじゃあその日を楽しみに待ってるわ……。私も引っ張っていく点に関しては、譲る気も負ける気もさらさらないけれど」
「俺、雫に勝てそうなこと……あるよ」
さっきのツッコミの影響があってか、どこかぶっきらぼうに対応する雫に対して、陸は確信があることを口にした。
「あ、あら……。その言い方だと私を引っ張っていけるものがあるってことよね。……実際にやってみてほしいわ」
「あ、や……。ここではちょっと……」
「先に言い出したのはりく君よ? 責任を持ってちゃんとやるべきよ……」
「し、知らないぞ? 実行しても」
「ふふっ、私に勝てそうなことがあるのなら出来るはず。……それとも
勝てる部分があると豪語していたにも関わらず、陸は『やってみてほしい』の一言で慌てた態度を見せた。
それは『デマカセ』を言った可能性が見えた瞬間でもあり……だからこそ雫は強気に出る。
しかし……これが間違いだったことに気付くのは、この数秒後だった。
「わ、分かった。そこまで言うならやってやる……」
「ええ、どうぞ」
雫がふっと口角を上げ、不敵に微笑んだ瞬間だった。
「少し強引だけど……知らないからな」
その声がデマカセではないという証明のスタートになる。
陸は繋がれた手に力がこめて立ち止まった。
……今現在、手を繋いでいる関係上、片方が止まれば、先に進めないため相手も止まることになる。
陸が第一にしなければならなかったこと。それは雫の足を止めることだった……。
「ど、どうしたの? 足を止めたりして……」
「いや、なんでもない」
そして雫の動きが止まった今、ーー陸は言葉通り強引に動いた。
車道を歩く陸は、歩道側を雫に譲っている。そんな雫の隣にあるのはアスファルトの壁。一軒家を囲っている塀だった。
陸がしたことは『壁』に関係すること……。
雫の肩を壁側に押したと同時に、自らもその方向に距離を詰め……考えた構図を描いていく。
恋人繋ぎした手を壁に付け……空いたもう片方の手を雫の頭上辺りに『ドン』と置く。雫の背は壁と言う名のアスファルト。正面には大きな陸の身体と、陸の顔が間近にある……。
繋がれた手は壁に押し付けられ、頭上近くに置かれた手から、さらに動きは制限される……。
それ以前に陸が近過ぎる位置にいる関係で、雫は身動き一つ取ることが出来ない……。この距離はさっきキスをした位置でもあったのだ……。
「な、ななななっ!?」
「こんなことに対してはお互いに初心者だからさ……。雫の不意をつけば勝てるかなって……。俺自身こんなのは初めてしたけど」
壁ドン。陸がしたのは正しくコレだった。
「ば、場所を……考えて……よ。ここ、車も人も通るじゃない……」
「やってみて欲しいっていったのは雫だろ……。俺、良いのか? って聞いたし」
「いきなり……こんなの……ずるいよ……」
『ずるいよ……』そんな砕けた口調を使い、紅葉したモミジのように顔を真っ赤にする雫。
繋がれていない手で顔を隠すように口元に持ってくる雫は、斜め下に視線を逸らし続けていた。
うるうると大きな瞳を潤わせ、時よりチラッと陸を見るものの……目があった瞬間に光の速さで下に向く。
そこにさっきまで強気だった雫はどこにもいない。それは陸が勝利を収めた瞬間でもあった。
「……も、もう終わり。終わりだ」
陸はいきなりこんな声をあげる。
そう、陸だってこれは初めてのこと。アタックをかけること自体が少ない陸は、壁ドンを10秒するくらいが限界だった。
羞恥心が限界に達したのは言うまでもなく、雫から距離を開けようとした途端のことだった……。
「な、なにも……してくれないの……?」
「……ッッ!?」
上目遣いで甘えた声……。まるで公園の時のスイッチが入ったように……。
「だ、だって……これだけで私に勝てるはずないじゃない……」
「そ、、そんなに顔を赤くしながら言われても説得力がないって言うか……」
照れを隠すことなく、開き直ったように陸以上に強引に攻めに転じる雫。……この状況は正しく防戦一方の構図だった。
「して……欲しいのよ」
『はぁ』そんな甘い吐息を漏らしながら、雫は口元に持ってきた手を退ける……。薄ピンクに色付いた肉つきの薄い唇には、潤うようなテカリを見せていた。
『ゴクリ……』
そんな唇だけでなく、表情を蕩けさせた雫に思わず目を奪われてしまう……。思わず生唾を飲んでしまう……。
「良いのか……こんなところで……」
陸と雫がいる場所は車通りが少ないものの、この場所は一般道だ。いつどのタイミングで歩行者や車が来るのかは分からない。
「して……ほしい」
「……分かった」
陸はそのまま雫の小さなあごに手を当て、クイッと顔を上に向かせる。……それで全ての準備が整った。
陸は勢いのままに雫の唇を奪おうと、顔を近付ける……。そして、唇同士が触れあおうとした瞬間だった……。
『プーーッ!』
「……ッ!?」
「……っっ!?」
猛スピードで走ってきた二人乗りのバイクが、陸たちに向かってクラクションを鳴らして来たのだ。
陸たちが居たのは歩道の中……。普通ならクラクションを鳴らされる理由はないが、今回ばかりは文句の一つも言えなかった……。
「あ、あはは……。これは俺たちが悪いな……」
『こんなところでイチャつくな!』
クラクションの意味は間違いなくコレ。陸はその注意に従うように雫との距離を開ける……。
その一方で、雫は顔を赤らめたままその場を動くことはせず……視線だけを陸に向け、口をゆっくりと開いた。
「りく君……」
「な、なんだ?」
「あ、明日……。続きは明日……して」
恋人繋ぎをしている手に再び力を込める雫は、甘えた声でそんな要望を出してくる。……雫もクラクションの意味を理解していたのだ。
「ああ、約束するよ」
「明日はいっぱい……しようね」
そうして、陸と雫は恋人繋ぎを継続したまま、雫を家まで送り届けたのである……。
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後書き失礼します。
ただ今、少々忙しい関係で応援コメントの返信が出来ておりません>_<
明日には返信出来そうなのでそれまでお待ち下されば幸いです……っ。
そして、いつもお読みいただき本当にありがとうございます。大変感謝しておりますっ!
後書き失礼しました。
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