第21話 進展……

「こ、こうなるのは分かってたよ……」

 次の朝、学園に向かえば同じ制服を着た生徒から射抜くような視線を浴びていた。

 嫉妬に憎悪、そして羨ましいなんて視線の種類。


 この原因は陸には分かっていた。


 昨日、雫とした相合傘。これに気付かないほど、陸はバカではない。

 そして、この視線から逃れようと考えるのはごく一般的な思考で……陸はある方法を取っていた。


『ジロッ』

 視線を向けてくる者に対して、睨むように視線を合わせる。


「ひっ……!?」

「……うあっ!?」

「やべっ!?」


 その瞬間、陸に負の感情を持った者は多岐渡るリアクションを取り、学園に向かって逃げていく。


(……こんな時には便利だよな、不良の噂って)

 もし、不良の噂がなければこの対処法は生まれていないわけで、ずっと意味深な視線に追われることになる。


 そんな状況に陥れば、完全に気が参っていたことだろう。


 安堵の胸を撫で下ろしながら教室にまで辿り着いた陸は、普段通りに扉を開けた瞬間ーー既に登校しているクラスメイトから、スポットライトを受けるような視線の束が向けられる。


「なんだよ」

『サッ……』

 陸が発した4文字は、睨むような視線よりも強力な力を持つ。その言葉に視線は散弾するように疎らまばらになっていく。


「災難だな、陸」

「全くだ」


 自席に着けば、隣から同情した声をかけられる。唯一の友達である健太だ。


「ところで、陸。一つ言わせてもらってもいいか?」

「ダメだ」

 そんな健太はこちらに影を帯びた笑みを見せてくれる。それは厄介ごとを言う時の表情……。


「お前……羨ましすぎんだよ! 雫先輩と相合傘とか一体どうなってんだよ!!」

「……はぁ」

「ってか、なんで雫先輩は陸の誘いに乗ったんだ!? 雫先輩を相合傘に誘った男子は31人も居たんだぞ!?」

「なんでそんなに正確な数字を知ってんだよ……」


 雫を誘った男子の数が多過ぎることに驚くことはない。これが学園一位の人気を持つ者の日常……。もう慣れ親しんだものだからだ。


「陸が雫先輩を相合傘に誘ったってのも意外だぜ……。どんな心境の変化だ?」

「たまたまそんな流れになったんだよ」

「……まぁいいや。おめでとう、陸。お前は雫先輩に好意を寄せられてるよ」

「そうか? 健太には言ったが、九条先輩とは小学校の頃から関わりがあるからこそ、俺と話をしたかっただけじゃないかと思うんだが……」

「相合傘を断らなかった時点で好意はあるって。そもそも、話だけなら学園内ですれば良いんだし、迎えの車をキャンセルする理由がないだろ?」


 健太の言い分は間違っちゃいない。

 陸と話したいだけなら学園内ですれば良いだけ。相合傘をする必要はない。


 相合傘というものは一つの傘に二人が入るーー結果、密着しなければ雨に濡れることになる。それは分かりきっていることであり、好意を寄せている相手でなければ、雫が呑むはずがない。


 雫は想い人がいるからこそ告白を断り続けている。

 それは皆が知っていることであり、実情があるからこそ、軽率な行動はしないと分かる。


 そうなれば、結論は自然と出てくる。

 ーー雫は陸と相合傘をしたかったのだと。


「え、えっと……。その好意のことなんだが、一つ健太に相談したいことがあるんだよ……」

「久しぶりだな、陸がそんな表情するなんて」

「まぁな……」

「もちろん相談に乗るよ。誰にも言わない」

「ありがとう」


 陸の表情の変化を読み取った健太は、冷やかすような態度をゼロにして真剣味ある顔になる。

 健太は学園の情報をたくさん握っている。そして友達にバラしていく。……それでも、相談ごとに対して口を漏らしたことは一度もなかった。


 その証拠と呼べるものが、今の態度の変わりようであり、皆が信頼を寄せていることだ。


 陸は相合傘で起こったこと、その時に言われたことを健太に相談した。

 最後に、『自分のことをどう思っているのか』……と、こう締めて。


「おいおい……悩みがある素振りを見せつつ、ノロケるだなんて高等テクニックをどこで身に付けたんだ? オレ以外の相手だったら間違いなく殴られてたぞ」

「ノロケたつもりはないんだけど……」

「まぁ……本題に戻るけど、それは雫先輩が陸のことを好きだからだろ。一体、どこに迷う要素があるんだよ」


 彼女の予約をしたのも、抱き寄せる提案をしてきたのも、別れ際に間接キスをしてきたのも全部雫が先手を打ってしてきたこと。

 別れ際ーー『その唇も、その心も、一番に奪うのは私だから』そんな言葉をかけたのも……だ。


 普通に考えれば、『好き』……いや、『大好き』だと雫が伝えているのは目に見えている。

 だが、その想いに気付けなかったのが陸なのだ。


「……だって、あの九条先輩だぞ? 俺に好意を寄せられる意味が分からん。高校に入って話したのだってまだ最近のことだし」

「小学校から関わりがあるんだろ? じゃあそこら辺でなにかあったんじゃないのか?」

「な、ない事はないけど……」


 心当たりがあるのは一つだけ。イジメられていた雫を助けたこと。……だが、それだけで雫の気持ちを判断するのは無理なことである。


「結局は陸がどうするか、だろ。……流石に断ることはしないよな?」

「……」

「え、なにその無言。もしかして断るつもりなのか!?」

「もし、九条先輩が俺のことを好きだとしてもレベルが違い過ぎだし……。釣り合いが取れないだろ」

「そうかぁ? オレは釣り合ってると思うけど。……陸は自分を卑下し過ぎなんだよ。不良の噂にやられてるのかもしれないけどさ」

「っ!?」


 健太の言い分には、陸を励ます意図は無い。己が思っている本心を伝えただけだった。

 その一方で、『自分を卑下し過ぎ』その言葉は雫からも言われたこと。陸に動揺が生まれるのは当たり前だった。


「大体、釣り合わないから断るだなんて選択をするのは相手に失礼だ。それなら自分を磨いてそのレベルに近付けばいい。今の言葉を聞くに、断る理由は雫先輩と釣り合わないから、らしいし?」

「……」


「まあ、陸は雫先輩に関わってみろ。そして自分の想いに気付け、この鈍感不良野郎」

「なんだよそれ……」


 気持ちは晴れないままだが、健太にこのことを話して気が楽になったことは確かだった。

 ……からかいつつも、ちゃんと結論を出してくれる健太を友達に持てて良かったと思う陸。


「オレから言えるのは悔いのない選択をしろってことだけだ。雫先輩は財閥のお嬢様。お見合いとか流れてきてるだろうし、タイミングを逃せば結局はおじゃんになるぞ」

「お見合い……か」


 この言葉を聞いた瞬間、陸には得体の知れないモヤモヤに包まれていた。

 これが、『雫を取られるかもしれない』なんて不安から来ていることに、まだ気付くこともなく……。



 =========



「しっかし意外だ……。あの会長がこの学園一の不良を狙ってただなんて。もっと良い相手を狙えばいいのに。そう思わない? ミク、、ちん」

「ううん、うちは一番良い相手を狙ってると思うなぁー。……今までそんな目で見られてなかったからそう思えるんだよ」


その頃、廊下で話す女子生徒のうちの一人はニンマリとした笑みを浮かべて人差し指を上に向ける。


「それどう言う意味!? 相手はあの不良だよ、不良!」

「えっと、これはうちの妹から聞いた話なんだけどー」

「ミクちんの妹っていうと、ミミちゃんから?」

「うん。それで妹がうちに話してくれたの。『陸先輩が助けてくれたっ!』って、嬉しそうに。……男子に対して物凄く警戒心のある子だったんだけどねぇ」


この会話が後に雫を追い詰める結果になるのは、まだ先のことであった……。



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