第22話 好きな人がバレた瞬間
「雫ちゃーん! いひひ……」
「おはよう、ミク。……言っとくけれど昨日のことはなにも話さないわよ?」
朝課外が始まる前の休み時間。意味深な笑みで挨拶を交わしてくるミクに対して、雫は主導権を握られないように先手を打った。
昨日のことーーそれは当然、陸とした相合傘のことだ。
「い、いきなりだね。うちが話したかったことなんだけど……」
「ミクのことだから、昨日のことを真っ先に聞いてくるだろうと思って。不気味な表情をしていたし、予想は当たったようね」
「少しくらいは教えてくれてもいいじゃん! 高校生って年頃なんだし、相合傘をしただけじゃないんでしょー?」
「ご想像にお任せするわ」
ミクの言う通り、雫は相合傘以外にもいろいろした。雨に濡れないよう陸に抱き寄せてもらったり、自分の身体を預けたり……、更には間接キスまで。
相合傘の中でした行為を言うわけにはいかない……。そもそも、思い出せば思い出すだけ恥ずかしくて言えないわけである。
「相変わらず口が硬い……。雫ちゃんらしい」
「……それより突っ込まないのね、私の想い人のこと。ミクはもう分かっているんでしょう?」
「そりゃあもう。でも本当驚いたよ。まさかあの陸って人が好きだったなんて」
雫はミクに想い人のことをたくさん話してきた。名前を伏せて話していたにしろ、昨日の相合傘で想い人がバレる可能性は十二分にあった。
……元より、想い人がバレていることを覚悟していたからこそ、こうも冷静に対処出来ているのだ。
「好きな人がバレても照れないんだね? 雫ちゃんは」
「当たり前よ。そんなことで照れるわけがないじゃない」
ーーなんて言いつつ、雫の鼓動はミクに聞こえそうなほどに激しく動いている。
気恥ずかしい思いを必死に押し隠したやせ我慢なのだ。
「流石は恋愛上級者……。これなら陸って人も簡単に落ちそうだねぇー」
「……気になっていたんだけれど、『不良の陸』て言わないの? 前までそう言っていたわよね」
「うち、ようやく分かったから。今頃だけど……」
「えっ……」
いきなりの発言に雫は瞠目してミクに目を合わせる。そんな雫に対してミクは頰を掻きながらーー
「陸って人、本当は不良じゃないよね?」
確信が伺える表情で、雫に確認をするミク。
「ど、どうしてそのことを……」
「やっぱり、不良じゃないんだね。うちの妹からいろいろと聞いたんだ。陸って人にお世話になってるらしくて」
「ミミさんから……?」
雫とミクの妹であるミミとは面識もあり、友達以上の関係と呼べるくらいに仲が良い。
雫の妹である凛花と、ミクの妹であるミミは同年代。また、雫とミクも同年代。
姉妹同士で仲が良いわけである。
「あの子の性格からして嘘を付くことは無いし、男子に対して警戒心がアリアリ。本当に陸って人が不良だったらあんなに懐かないよ、妹は」
「……」
「それに、雫ちゃんが狙ってるんだからもう間違いないよね?」
妹であるミミのことをよく知る姉、ミクだからこそ分かること。何より、たくさんの男子を振ってまで、お見合いの相手を断ってまで一人の男を追いかけ続けているのだから確信を得られること。
人を見る目を持っている雫が狙っているのだから、間違いはないのだ。
「……正解よ」
「でも、流石は雫ちゃんだよねぇ。陸って人に目を付けてただなんて」
「それはどう言う意味で言っているのかしら? もし、悪い言葉なら弁慶の泣き所を蹴るわよ」
「悪いことじゃないって! 褒め言葉! もし不良の噂がなければ、この学園の人気男子ランキングに入っていただろうなぁってね」
ミクは教室の天井に目を向けながらしみじみとした様子で言う。そこに冗談は含まれていない、本気の言葉だった。
「……ミクの目からしてもそう思うの?」
好きな人、想い人を褒められるのは嬉しい。雫は語尾に音符を付けたようにご機嫌さを滲ませる。
「陸って人と関わりがないからアレなんだけど、妹が懐いてるだけで分かるよ。あの子、陸って人のことを話すときめっちゃ目を輝かせて、めっちゃ嬉しそうに話すんだよ? 最近は、陸って人のことお兄ちゃんって呼びたいって言ってるくらいだし」
「かなり懐いているわね……それ」
陸がミミと関わりがあることを始めて知った雫だが、ここは簡単に流した。このことは雫の妹である凛花が知っていることだろう……と、予想したからこそ、自宅で聞こうと判断したわけである。
「つまり、陸って人の手綱を早く握っとかないとヤバイかもね、雫ちゃん?」
からかいのない本気の声音と真面目な顔付きになって忠告するミク。
しかし、その忠告は雫がずっと思っていたこと。……想い人の手綱を握りたい、早く握りたいと思うのは、当たり前の思考である。
「雫ちゃんは知らないかもだけど、今、うちの妹が陸って人の不良の噂をとり消そうと頑張ってるらしいし」
「……なっ!?」
ミクの発言から、雫は目を大きく見開いて愕然とする。だが、それも仕方がなかった。
『その人は、良い印象をあまり持たれていないかもしれません。しかし、安心することだけはやめましょう。その人の印象は次第に良いものに変わっていき、やがてあなたとあの人の縁は遠いところに……』
恋占いの結果が、ドンピシャと呼べるほどに合っていたからだ……。
「信じてくれる人がいないかもだけど、妹のことを良く知ってる友達なら、誤解を解ける可能性は高いと思うよ? 結果、陸って人に興味を持つ女子も出てくるはず」
「……そ、そうね。りく君……
雫にとって、不安が生まれれば生まれるだけ冷静さの仮面は外れる。ーー陸にだけ見せる自分になる。
それが、今の発言のような結果だった。
「ねぇ、雫ちゃん」
「な、なに?」
「心配になる気持ちは分かるんだけど……。そんなことはみんなには言わない方が良いよ?」
人差し指を口元まで持ってきて、『静かに』とのジェスチャーを見せるミク。
「……ぅ。も、もしかして口に出てた……?」
「うん。カッコイイ、優しいって。なんか想い焦がれる乙女みたいだったねぇ。まぁ、好きなんだから当たり前なんだけど、本気度が伝わったっていうか」
「あぅ……」
容赦ない羞恥が雫を襲う。これ以上ミクに顔を合わせられなかった雫は、長い銀髪横に垂らして顔を隠した……。これが冷静さが欠けた時に雫が使う技であり、この技は誰にも破られたことはなかった。
しかし、ここにいるミクは追い討ちをかけてきたのだ……。
「な、なんか雫ちゃん……好きな人のことになると結構変わるねぇ? なんて言うか、モジモジしたり、ちょっと顔を赤くしたり、声も柔らかくなってる。ははぁー、 もしかして、これがりく君の時に見せる顔なのかなぁ?」
「何も言わないで……」
「あはは、陸って人のことが大好きなんだねぇ雫ちゃんは!」
「もぅ……」
バシバシと、どこか満足気に雫の小さな肩を叩くミクに、小さな不満を漏らす雫。
ーーと、その時、ミクは何かを思い出したように『あっ』と声を上げた。
「今ここで言っても遅いんだけどさ、雫ちゃんはみんなの前で相合傘をして良かったの?」
「……どうして」
「だって、雫ちゃんは好きな人がいるって公言してて、好きな人がいたからこそ、どんな誘いにも乗らなかったわけでしょ? それなのに、陸って人の誘いだけに乗ったらもう……みんなにバレバレじゃない? いや、もう数人の男子が口に出してたんだけどね」
「……あ」
この瞬間、ひんし状態の雫にトドメが刺さった。
他の女子に手を付けられないように陸をマーキングをした雫であったが、それは……自らを羞恥に晒すこともであった。
完全に墓穴を掘った。今までの代償が帰ってきたかのように……。そしてこれは取り返しの付かないミス。
何故ならこれは、皆に好きな人の名前を堂々と公開したようなもの。雫が一番バレたくなかったこと……。
「もういいわ……。もう、おうち帰る」
「まだ一時限目も始まってないよっ!?」
顔を真っ赤にして教室から立ち去ろうとする雫を、どうにか止まらせるミクであった……。
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