第23話 凛花と陸、アタックの話し合い

「おい……聞いたか。あの会長が不良のことを好きだって話」

「聞いた聞いた。でも流石にそれはないって!」

「でも、実は不良じゃなかったって噂もあるぜ……?」

「な、なんか中等部で広がってるらしいよな……。不良じゃないって……」

「不良がなんか手を回したんじゃないか?」


 昼休みが終わるまでの間、この手の噂は止まることを知らず拡散される一方……。その中で、『陸は不良ではない』なんて噂も少なからず飛んでいた。

 そう、それは間違いなくミミの影響が出ているわけであり、陸はまだ気付くことはない。


 ……たくさんの噂が自分の噂が飛び交っている状態、で唯一の友達である健太は別の友達と購買に行っている。そんな教室に居座れるわけもなく、自らの居場所を求めて、一人で飲み物を買いに行った矢先のことーー

「あ、こんなところで奇遇ですね。陸さん」

「おお、凛花か。一人で飲み物を買いに来たのか?」


 教室から一階まで降り、自動販売機に到着した時。

 そこには雫の妹である凛花がいた。


「はい、紅茶を買いに来ました。陸さんも飲みものを買いに?」

「まぁ、そんなところだ……」

「うふふっ。居場所を求めて……ですね? わたしは全部知ってますから」

「……」

 ここに来た目的が、飲み物を購入することだけでないことを看破していた凛花。それは中等部でもその噂が流れて来ていることを示してるわけでもある。


「陸さんが飲み物を買ってからで良いんですが、少しだけわたしとお話しをしませんか? ここでは人目があるので少し場所を変えて」

「……分かった」

 凛花が話したいことは雫の件だろう……。だが、それは陸にとっても好都合なこと。断る理由はなかった。


 凛花が向かった先は体育館の裏。昼休みには誰にも人目に付かない場所。

 体育館の壁に背中を預ける凛花を見て、陸も同じ行動を取る。


「早速ですが、居場所を求めていた理由……。しずく姉さんが陸さんのことを好きだという噂が流れているからですよね?」

「……ああ、その通り。あれじゃ俺の居場所を消そうとしてるも同前だよ」

「この際に聞くんですが、陸さんはしずく姉さんのことをどう思っているんです? しずく姉さんが本気であることは分かっているんですよね?」

「本気……なんだよな? あれ」


 凛花の質問に質問を返す陸。少し卑怯な切り返しだが、これが分からないことには先に進むことが出来ないのだ。


「その質問をわたしにされても困りますよ。力になりたいのは山々なんですが、わたしはなにも聞いていませんので、、、、、、、、、、、、

「そ、そうか……」


 陸が一番気にしていること。それは、雫が自分のことを本当に好きなのかどうか……だ。雫がこんな嘘を付くとは考えづらい。かと言って、好きなってくれた理由に心当たりはない。


 自己評価が低い陸にとって、その悩みが出てくるのは当たり前のこと。ましてや相手はあの雫なのだ。レベルが全然違うからこそ、その悩みは強く出てくる。

 そんな状態に陥っているからこそ、凛花が嘘を付いたことに気付くわけもない。


「あの……。もしかして、断るとか考えていますか?」

「こ、断るって?」

「……しずく姉さんが陸さんに告白してきた場合です」


 凛花がその言葉を発した瞬間に、二人の間に確かな沈黙が生まれる。聞こえる音はそよ風に吹かれて靡く木の葉の音だけ。

 その数秒後……陸は考え抜いたように口を開いた。


「な、なんて言うか……情けないことに、俺が雫のことをどう思ってるのか分からないんだよ。もちろん、雫のことは嫌いじゃないし、むしろ好意的に思ってるんだけど」

「……そうですか」


 気になるにも、好意的にも、意味は二つある。

『友達として』なのか、『異性として』なのか。似ているようなものだが、実際の意味は大きく変わってくる。


 陸が悩んでいるところはその部分にもあった。


「もし、雫が本気なら俺は中途半端な答えを出したくない。……って、何言ってんだか、俺……」

「……本気ですよ、しずく姉さんは」

「え?」

 ボソッと、唐突に呟く凛花。体育館裏には誰もいない。話し声も聞こえない。

 陸の耳に届くには十分な声量だった。


「しずく姉さんの気持ちは本気です。……陸さんのこと、たくさん聞いていますから間違いありません」

「は、話に付いていけないんだが……。さ、さっきは何も聞いてないって言ったよな?」

「ごめんなさい。陸さんの答えを聞くためにウソを付きました。もし、本当のことを言ったのなら、陸さんはわたしにさっきのような答えを言わなかったでしょうから」

「全く、油断も隙もないな……」


 さっきの答えとは、凛花が出した質問に対しての答え全てのこと。

 嘘偽りない、濁されない答えを陸の口から出させるために、わざと嘘を付いた凛花。ここまで考えて動けるのは、中学生の域を超えているだろう。流石は雫の妹だ。


「陸さんにこんなことを言うのはズルいと思いますけど、わたしはしずく姉さんの恋を一番に応援してます。今までしずく姉さんが想い人のことを……陸さんのことを吐露していたからこそ、わたしはこんな立ち回りをしているんです」


 言葉の端々に『しずく姉さんの想いに気付いてほしい』そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。


「……しずく姉さんに釣り合わない。もし、陸さんがそう考えているのなら、生意気なことを承知で、わたしが撤回させてもらいます」

「なっ!?」


「その驚きようからするに図星のようですね。でも、私は陸さんを知っています」

 凛花はそう前置きしてーー

「陸さんはしずく姉さんに釣り合うほど魅力的ですよ? それは妹であるわたしが保証しますし、しずく姉さんだって保証します。ですから、周りの目なんて気にしないでください。それでしずく姉さんが振られたりしたのなら、恐らく立ち直れないと思います」


「わ、分かった……。肝に命じておく。ありがとう」

「お礼を言うのはわたしの方です。……陸さん、本当にありがとうございます」

「そ、それは……なんに対してのお礼なんだ?」

「いろいろ、です……。ほんと、陸さんらしいんですから……」


 口元を手で覆って、上品に微笑む凛花を見て、雫の笑顔が一瞬過ぎる。

 その時だった。確かな胸の高鳴りを感じたのは……。


「……陸さん。話は変わりますが自分の気持ちが分かる方法、教えましょうか?」

「そ、そんなのがあるのか!?」

「簡単なことです。陸さんがしずく姉さんにアタックをかけるだけですよ?」

「はぁ!? なんだそれ」


 凛花の口から出た方法は、陸が予想もしていなかったこと。仰け反るように驚いてしまうのは無理もない。


「しずく姉さんが異性として気になっているならば、アタックをかけた時に、緊張からの息苦しさ、思考の鈍り、気の迷い。言葉に出来ないものが襲ってくると思います」

 まるで、一度体験していることをそのまま陸に伝えるように。


「……気になっている。尚且なおかつ、好意的に見ているならば、その人を好きになる一歩手前かもしれません。自らのアタックで好きになる可能性も十二分にあるということです」

「そ、それはそうだが……雫を利用するような真似は出来ないって」


「陸さん自身の想いに気付くなら、それしかないと思います。第一、しずく姉さんに損はありません。何故なら好きな男性にアタックをかけられるわけですから」

 凛花の言い分に間違いはない。間違いはないが……どうにも納得出来ない部分があった。


「で、でも……あるだろ。アタックをかけたことで、雫に好きになったって勘違いをさせる……みたいな」

「それはしずく姉さんが勝手に勘違いしただけです。お金とか取るわけじゃないんですし、陸さんが背負うものは何もありません」

「……考えてみるよ」


「考える時間は必要だと思います。特にこんなことは……。一人で考えた方が捗ると思いますので、わたしは失礼しますね」

「わかった……。気遣いありがとうな」


 難しい顔でこのことを考えている陸を邪魔しないよう、小さくお辞儀をした凛花は、小さな足音を立てて早々と去っていく。


(ほんとズルいですよね、わたしって……。これでは、陸さんにマーキングをさせるようなものです……。でも、このくらいしないしておかないと、後々が……)


 凛花が立ち去る際、その胸内で思っていたことは、罪悪感と焦りだった。


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