第44話 柳田先生と雫と陸
「……んっ!?」
「静かに……」
柳田先生の声が聞こえた最中。雫は自らの手で陸の口元を塞ぎながら指示を出す。
出来るだけ陸の声を漏らさないように……。バレないように……。そんな意味を込めて。
「おい雫。そこに居るんだろう? 生徒会室の鍵持っていったもんな」
だがしかし、ドア越しから尋問のように聞いてくる柳田先生。そう、相手は生徒ではなく先生なのだ。
鍵を閉めているとはいえ、場所はバレている。こうなったらもう逃げ場などない。
「……返事がねぇな。おい、聞いてんのか?」
『ゴンゴン』
今度はさっきよりも強いノックがされる……。居留守を使い、どうにか柳田先生を巻こうとする雫だがここから去る様子もない。
『逃げられない……』即時にそう判断する。
「……すみません。返事遅れました」
「っ!?」
雫はたった一言そんな言葉をドア越しに掛け、陸はビクッと驚きを示す。
「ったく、やっぱり居るじゃねぇか。生徒会活動の日程について話し合いたいんだが」
「……それは放課後に変更出来ないでしょうか?」
「はぁ? 今話した方が早ぇだろ」
「それでも放課後ではダメでしょうか……」
どうにか放課後に話を伸ばそうとする雫だが、その理由を話すことは出来るはずもなく、状況が悪すぎる。違和感を与えてしまうのは当然だった。
「おい。一つだけ聞たいんだが……生徒会長のお前が、ソコに部外者を入れてるわけじゃねぇよな?」
瞬間ーードスの効いた声で柳田先生は確信を突いてきた。
こうなればもう誤魔化しなど無意味。誤魔化すだけで相手の怒りを買うだけである……。
「……本当に、すみません。説教は何時間でも受けます……。そ、その代わり……もう1人の方を見逃してもらえないでしょうか……」
雫は素直に白状し、陸を庇おうとするがーー
「やっぱり居んだな、そこに。……雫、ソイツの学年と名前を言え」
「…………」
「早く言え」
「…………1年。陸です」
そんな手段が柳田先生に通用するはずがない……。追い討ちを掛けられた雫は、苦虫を噛み締めた表情で陸の名前を口にする。
「お前がソイツを生徒会室に誘ったのか。嘘を付かずに答えろ」
「はい、そうです」
「庇ったりしてないだろうな?」
「私から誘いました……」
「そうか。……それなら話は早い」
柳田先生がそう言い終えた矢先だった。
『ドン!』と、何がが当たったような音が扉から聞こえる。それは生徒会室の扉に柳田先生が寄りかかった音である。
「……お前なら言わずとも分かってると思うが、お前は生徒会を代表する立場。生徒会長だ。そんなお前が生徒会全体の印象を悪くするようなことは、主任の俺が許すわけにはいかない。俺はそんな立場でもあるからな」
「はい……」
お互いの姿が見せていないにも関わらず、雫は反省した態度を取っている。心の底から柳田先生の言葉を重く受け止めているのだ。
「……だが、俺はあの時に『逃げ道を作れ』とも言った。そして『自分自身で判断しろ』とも。つまり、お前は俺の指示に従ったわけだよな? 違うか?」
「……半分は私の欲、です」
ここまでくれば雫に残された道は一つ。嘘を付かないこと、真摯に対応することだった。
「そうだろう。つまり、半分とは言えど俺の指示に従ったわけだ。結果、会長のお前に全てを責任を押し付けるわけにもいかないし、俺は俺でそう発言した責任を取らなければならない」
「……」
そんな正直な発言をする雫に対し、柳田先生は何も動じることもなく言葉を編んでいく。
「お前は生徒会全体の印象が下がる大きな逃げ道を作った。その判断がどうであれ、そうしたならそれに見合うだけの大きな働きを見せる必要がある」
「はい……」
「だが、大きな働きと言っても、会長としてのお前は日頃から大きな働きを見せていると俺は評価している。つまり、お前が背負う責任はどんな欲に負けず生徒会活動に参加することだ」
さっきまでの威圧感がある声音はそこにはない。雫を諭すようなどこか優しい口調になっていた。
「そして俺が背負う責任はこうして説教をし、尚且つお前の逃げ道を潰さないこと。……本来ならこんなことは辞めさせなきゃならないが、そうすれば俺は完全に責任を取れなくなる。それは生徒会主任の立場どうこうじゃなく、教師失格だ」
「……」
「お前に分かってほしいことは、頑張りを継続させる為、ストレスで体調を崩さない目的をもって逃げ道を作ること。そして生徒会全体の評価が下がるかもしれないと、そんな責任を持って今の時間を有意義に過ごすことだ。俺がこんなことを言うのはアレだが、お前は規則を破ってるだけで罪を犯してるわけじゃねぇ。見本になるくらい頑張ってれば取り返しはいくらでもつく」
「はい……」
ここまで筋を通そうとする先生及び、ここまで生徒のことを考えてられる先生は、全国で数えるほどしかいないだろう。
「
「……え」
柳田先生の言うことは自らを犠牲にするようなもの。もしこれが誰かに伝わった場合、職を失う可能性だってある。
自らの職と、1人の生徒を天秤に掛けてもなお、後者の方を重く捉えている。それは誰でも出来ることではない。
生徒にとってこれが都合の良いことなのは、柳田先生自身が一番分かっていることだろう。しかし、こんな先生がいるおかげで雫のような立場の者に、心の余裕を生ませてあげることが出来る。
「話が長くなったが、今回だけはお前らを見逃そう。……だが、教師として誰かを特別扱いするわけにはいかない。だから何度も言うが、逃げ道と同等の頑張りを見せてみろ。そうすりゃまたこんな時間を作っても文句は言わねぇ」
「あ、ありがとうございます……」
雫はその言葉通りに、ゆっくりと頭を下げた……。
本来ならこんなことがあり得るはずがない。規則を破って怒られるのは当然のことなのだから。
「ふんっ。最後にこれだけは言っとく。……もし節度が無ぇことをすればこの件はなしだ。学園内じゃ学生らしいことだけに抑えろ。分かったな」
「はい……」
「話はこれで終わりだ。生徒会活動の日程については後日報告する」
その言葉が雫と陸が聞いた最後の言葉。
コツコツ、と足音を鳴らしながら柳田先生は生徒会室から去って行った。
「……ったく」
少し前……この学園の会長である雫が、感情を露わにして幸せそうにしているところを偶然目撃した柳田先生。
「あいつは大変だろうなぁ……。生徒会長って立場だからこそ、どこでもイチャつけねぇんだから。……青春どころじゃねぇよな」
そんな同情の声を聞いた者は、、誰一人としていなかった……。
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