第45話 〇〇〇の約束

「敵わないな……俺。あの先生に」

 さっきの会話を黙って聞いていた陸は雫の膝上でため息を吐いていた。


 敵わない理由ーーそれは同じ男としての器。


 先生とは思えない数々の発言。他の先生にこんなことを聞かれていたのなら、糾弾されてもおかしくない。柳田先生だってそれは立場上分かっていることだろう。

 しかしそれは、雫の頑張りを認めているからこそ言えることであり、生徒のためを思っての発言。


 陸が自然とそんな思考に陥るのは無理もないことだった。


「あら、りく君そう思ったの?」

「雫も……?」

「ええ、柳田先生は生徒会主任だから私と関わる機会が多いの。その度にりく君と同じ気持ちになるわ」

「……はぁ、雫を引っ張るって言ってた矢先のこれだもんな。自分が情けなくなる」

「ふふっ、そんなに自分を卑下しないで。柳田先生には柳田先生の魅力。りく君にはりく君の魅力があるのよ?」


 絵になるような微笑を浮かべる雫は、子どもをあやすように膝枕されている陸の頭を撫でる。その手つきはゆっくりと心を落ち着かせるような優しいものだった。


「なんかごめん」

「私たちはこの先、お互いに支え合っていく関係になるのよ? 謝りの言葉より、お礼の言葉の方が嬉しいわ」

「……それなら、ありがとう」

 雫のお願い通り、お礼を口にする陸。陸の見上げる視界には雫の端正な顔が映っている……。


「って! いつまで俺は膝枕をーー」


 陸はようやく気付いた。今の今までずっと雫に膝枕をされていたことに。

 女性の場合は男性と比べて筋力が少ない。脚がキツくなってくるのはもちろんのこと。

『節度が無いことはするな』と、柳田先生に言われたばかりだ。そんな二つの理由から急いで身体を起こそうとした陸だったが……


「……わ、私はまだこうしたいの」

 陸の胸元に手を当てた雫はギュッと力を入れ、立ち上がりを阻止したのだ。

 雫はこの時間を有意義に過ごしたい。そのためにはもっとこうしていたかった。


「い、いや……。あの先生は言っただろ。節度が無いことはするなって。俺たちは見逃してもらってるんだし、これを辞めるのは当然っていうか……」

「ち、違うわ……。柳田先生が言ったことは、せ、せせせ性行為をするなってことよ……」

「っ!? な、なんだそれ!?」

 雫の口から飛び出してきたものは、陸が飛び上がるほどの内容だった。


「こ、ここは生徒会室で、私たち以外も使う場所でしょ……? ほ、ほら……そ、そんな行為をすれば……き、汚くなる……から。だ、だから……そ、そんなコト……は、き、きちんと、て、適した場所……で」


 かぁぁぁあ……と、面白いように赤く色付いていく雫。とある行為を目の前の男性りくで想像しているのは間違いない……。

 そんな羞恥から言葉を詰まらせ続ける雫には、クールさのかけらもない。


「も、もう分かったから……。そ、それ以上言われると俺も恥ずかしくなる……」

「もぅ……。りく君が恥ずかしいこと言わせたからでしょ……」

「い、言わせたつもりはないって……」

「わ、私……こんなお話には免疫ないんだから、こんなお話はやめてよね……。りく君だってそうでしょう……?」

「ま、まぁ……」


「そ、その曖昧な返事……。もしかしてりく君は経験があるのっ!?」

「あっ!? あるわけないだろ! 誰とも付き合ったことがなかったんだし!」

「こほんっ。それなら、良い……けれど」


 落ち着きを取り戻すような咳払いをする雫は、熱がこもった頰をどうにか冷やそうとする。

『初めての行為をするなら、相手も初めてがいい』

 好きな相手とするなら、こんな感情を抱くのは決しておかしいものではない。


「あ、あのな雫……。この際だから言うけど、膝枕をされたのも、恋人繋ぎしたのも、キスしたのも全部雫が初めてなんだからな……」

「……わ、私だって同じ……だから」

 雫の心情を悟った陸は、恥ずかしく思いながらもそんな告白をした。そして、フェアにするために雫も陸と同じ告白をする。


「……」

「……」

 次に訪れたのは無言……。

 喋りたくても喋ることが出来ない。そんな不思議な感覚の中、ただただ見つめ合う……。


「お、俺……そろそろ起き上がるからな!」

 陸は未だに膝枕をされた状態……。上から覗き込まれるような形で見られ、無言の時間が続けばやってくるのは恥ずかしさ。

 この恥ずかしさに負け、今度こそは……と体勢を起こそうとした寸時。


「待って」

 そんな言葉と共に雫は陸の肩を抑えて動きを封じたのだ。


「まだ私……りく君に要件を伝えられていないわ……」

「そ、その話は起き上がってからにしてほしいっていうか……」」

「もう少しだけ我慢して……。今、この状態じゃないと勇気を出せないの……」

「……ゆ、勇気?」


 雫にだって膝枕をする目的がある。その目的は陸を膝枕したい。そんな一つの理由だけではない。


「わ、私たち、こんな関係になってまだ一度も一緒に出かけたことはないわよね……?」

「……そう、だな」

「だ、だから……。し、週末……。私と一緒にデートしてほしいの……」

「デート? …………デート!?」


 陸にとってそれは思いがけない言葉……。聞き返すように雫に視線を向ければ、何故か顔を背けられる。そんな雫の耳はヤケドしたように真っ赤に染まっていた。


「ダメ、かしら……」

「い、いやっ。そ、そんなわけじゃないぞ!?」

「も、もし用事があるなら断って大丈夫だから……。そ、それは仕方のないことだもの……」


 陸に気遣いの言葉をかける雫だが、この顔は明らかに曇っている。断ってほしくないオーラがにじみ出ている。

 そんな雫に対し……陸は本音をぶつける他なかった。


「俺だってしたいに決まってるだろ……。雫のこと好きなんだし……」

「そ、それじゃあ……私とデートしてくれるの……?」

「雫が良ければ……。予定も合わせるからさ」

「う、うんっ! ありがとう、りく君……っ」


 そうしてデートの約束が出来た瞬間、一番の願いを叶えてもらったかのように花が咲くような笑顔を見せる雫。

 そこには尖った八重歯も浮かび、陸にしか見せない表情が表れていたのであった……。




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