第30話 約束を……side雫
(りく君……もう帰ってるわよね。こんなに時間が掛かったんだもの……)
生徒会でまとめられた資料を職員室まで運ぶ私は、誰にも気付かれないようにため息を吐いていた。
現在の時刻は20時5分過ぎ……。
19時までには終わるだろうと予想していたが、その見立ては大きく狂う結果になった。
今日の活動は全校生徒に書いてもらったアンケートを表に纏めて統計を取る。そう聞かされていた。しかし、他の資料を作成する作業までこちらに回ってきたのだ。
(せっかくりく君から一緒に帰ろうって提案をしてくれたのに……はぁ)
ため息が止まらない。止めないといけないことが分かっていても、出てきてしまう。それくらいに、私はりく君と一緒に帰ることを楽しみにしていたから……。
(本当、いつから私はこんなに弱くなったのかしらね……)
生徒会の用事で、私用が潰されても特になにも感じなかった。『仕方ない』その一言で済ませられていた。
でも、りく君が関わることには、そんな言葉じゃ済ませられない。こんなにも引きずってしまっていた……。
(……りく君、約束を破ってごめんなさい)
胸内で謝罪を発した私は、学園で過ごす時の面に切り替える。
この先は職員室……。これから会う先生に違和感を持たれてはならない。心配を掛けさせるわけにもいかない。
生徒会長になったならば、私用が潰れる可能性があるのは前もって覚悟しておかなければならないことだから……。
そうして、私は職員室に入った私は主任の先生を見つける。
「……
私が声をかけた相手は、生徒会主任の先生。その先生に纏めた資料を提出する。
柳田先生はまだ二十代後半の若い先生。周りの生徒達からは強面の顔で恐れられてるが実際は違う……。生徒のことをよく分かってくれる優しい先生だ。
(この境遇……。少し陸くんに似てるのよね……)
「おぉ、この時間までご苦労様。……って、他の生徒会役員はどうした? 残りの仕事を全部お前に押し付けられたんなら言ってくれよ」
「いえ、皆真剣に取り組んでくれました」
「じゃあ、ここに居ない理由はなんなんだ?」
「私の指示で先に帰しただけです。もうこの時間ですし、辺りも暗いですから」
もしここで『仕事を押し付けられた』そう言ったならば、確実に先生と生徒会役員交えての話し合いに発展するだろう。
それほど一人一人の生徒に対して悩みを解決しようとする姿を見せるのが柳田先生の良いところである。
「『危険だから』そう言いたそうだが、それならお前にも言えるだろう」
「私の場合、お車を呼ぶことが出来るので」
「そうか。それなら良い……が」
この場一人しかいない理由を知った柳田先生は、ようやく眉間のシワを無くし腕組みをやめた。
そして、次に発した言葉は、私が予想もしていなかったものだった……。
「いろいろと溜め込み過ぎるのは良くない兆候だな」
「ど、どう言う意味ですか?」
「今日、なにか大事な用事があったんだろう? なんとなく分かる」
「……っ!?」
気持ちの切り替えはいつも通りにした。ーーでも、見破られた。初めて……。
それは間違いなく、陸くんと一緒に帰りたい思いがあったから……。
その思いが今までにないくらい強かったからこそ、こうなっているのだ……と、言われて気付く。
「ったく、真面目過ぎるんだよお前は。休め休め1日ぐらい。生徒会ってのは生徒を縛るもんじゃねぇよ」
「……それでも私は生徒会長です。私用のために休むわけにはいきません」
「硬いやつだなぁ……。休んだ分は次の日にでもやれば良いんだよ。お前はまだ学生の身。生徒会を優先してそーんな“辛い”ことを我慢するのはまだ早い」
「……」
ーー完全にバレている。今、私が抱いている感情を……。
「つまり、『サボれ』と言いたいのですか?」
「バカ言え、そう伝えたら俺が上から怒られるだろ。……特にクソ生徒指導部のやつらはうるさいんだよ。逃げ道を作っておくのは悪いことじゃねぇのに、評価のために職業理念を優先しやがって……」
生徒に向かって、立場が上の相手に愚痴を漏らすのはこの先生以外にいないだろう。
「だから『休め』と言う。お前が休んでも副生徒会長が居るだろ? お前を補佐し、いざとなった時に会長の仕事をすることが副の務め。副を育たせる機会を作るのもまたお前の仕事だ」
「……本当に口が上手いですよね、柳田先生は。私に休む口実を作らせるためにそう言っているのですから」
柳田先生が言うことも事実であり本音。しかし、私を休ませる目的で言っている方が割合的に多いだろう。
「じゃあ、お前は今日休みたくなかったのか?」
「そ、それを私の口から言うことは出来ませんよ……」
『休みたかった』という気持ちを込めて、私はそっぽを向きながら答えた。……これが私の幼いところ。隠していた本音を出してしまう……。
この意図を理解出来ない柳田先生ではない。
「まぁいい。分かったなら次はサボって……じゃなくて、休んで私用を優先しろ。たまにはそんぐらいが良いんだよ。お前にも、生徒会にもな」
「そんなことを言って、後で柳田先生が怒られても知りませんよ?」
「その時は素直に怒られるし、俺が生徒会を手伝えば良い話。お前の頑張りを知ってるからこそ俺はこう言うんだ」
「……はい」
「まぁ、あんなことを言っても、逃げ道はサボるだけじゃなくて様々にある。それはお前自身が決めればいい」
きちんと身体のことを気遣ってくれる柳田先生に、私は頭を下げながらお礼を言う
「……ありがとうございます。次にそのような機会があればお言葉に甘えます。……それでは私はこれで」
「……ああ、気を付けてな」
そうして職員室を抜けた私は、荷物を持ちながら正門に向かう。
(サボれ、か……。数時間前の私に聞かせたかったわね……)
柳田先生との話が終わったのは20時20分。
こんな遅い時間になったなら、りく君が正門で待ってるなんて希望は持っていなかった。
「一緒に帰りたかった……わね」
そんな言葉が無意識に口から漏れ、夜空に浮かぶ星々を見ながら正門を抜けた矢先だった。
「少しだけ遅かったな、雫?」
「えっ……」
私の真横から聞き慣れた声が耳に届く。そして、一台の車が私の目の前を通り、そのライトが正門の陰から一人の男性を浮かび上がらせる……。
「り、りく君……っ!?」
そこに居たのは、今私が一番に想っていた相手でした……。
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