第31話 約束を……②

「いやいや、待ってただけでそんなに驚かなくても……」

「お、おかしいじゃないこんなの……。ど、どうしてこんな時間まで……」


 雫は目を見開きながら口をあわあわとさせる。それだけに予想外の出来事であり、頭の中がいっぱいになるのは仕方がないことだ。


「どうしてって、こんな暗い夜道を一人で帰るのは危ないだろ? 先に帰った生徒会のメンバーでも集まって帰ってたし」

「わ、私はお車をーー」

「呼ぶつもりはなかっただろ?」

「……っ!」


 雫の声に自分の声を被せながら、半ば確信していたことを発す陸。


「雫は前もって連絡してなければ車を呼ぶことはしないよな。今日は俺と一緒に帰る約束をしてたんだし、こんな時間まで作業してたんだから車を呼んでる可能性は少ない」

「……」

 無言は肯定。つまり、雫は車を呼んでいないということになる。


 ーーそれ以前に車を呼んでいたならば、この正門に見えているはずなのだ。

 雫の家は良家。一般とは少しかけ離れている家系で、家族の送り迎えをする専属者がいる。その役割をこなす専属は、家の者を待たせたりはしないのだから。


「じゃあほら、合流も出来たことだし早く帰るぞ?」

 

 陸は気を利かせ、雫の荷物を持とうと手を伸ばすーーその時だった。


「……な、なにが『少しだけ、、、、遅かったな』……よ。二時間以上待ってるじゃない……」

 雫の口が開き……どこかひねくれた声音が飛ぶ。


「何言ってんだよ。そんなに待ってないって」

「誤魔化さないで……」

 鋭くなった雫の視線が陸を貫いた。こうなった以上、嘘を交えることなど出来るはずもない。


「ま、まぁ……。そのくらい待ったのかもしれないけど、蒸し返すことはヤメにしないか? 別に怒ってるわけじゃないし、好きで待ってたことなんだから」

「な、なんでそんなに優しいのよ……。か、帰っても良かったのに……」

「待ってたからこそ聞けた言葉もあった。……正直、嬉しかったよ」


 頰を人差し指で掻きながら照れ笑いを見せる陸は、雫の荷物から手を離して少し距離を取る。


『一緒に帰りたかった……な』

 雫が漏らしたこの一言は、正門にいた陸に届いていた。陸の言う通り、この言葉は待っていなければ聞けなかったこと。


 雫の本音に触れ、嬉しい感情が芽生えるのは当然のこと。ーー陸が結びつけた約束を雫も楽しみにしていたということなのだから。


「ばか……」

「そ、そりゃあ雫に比べたら馬鹿だけど、今それを言わなくても良くないか……」

「そう言う意味じゃないわよ……もぅ」


 この『馬鹿』を直接的な意味で捉えるのはまた違う……。この馬鹿には複数の意味があるのだから。


「まぁ、気にしても意味ないか……。さっきも言ったけど早く帰るぞ?」

「……ばか」

 不満げに頰を膨らませる雫に、陸はもう一度『帰るぞ』との提案をする。生徒会の仕事で遅れるとはいえ、早く帰らせなければ家族に余計な心配をかける。


 もっと話していたいと思う反面、私情を優先するのは間違っている。高校生にもなればそのくらいの我慢はしなければならない。もちろん、これは雫も理解していること。

 そんな雫はある行動を取っていた……。


「……ん」

「え、なんだその手?」

 雫は荷物を持っていない方の手ーー右手を陸に向かって突き出した。……が、鈍感な陸にはその行動だけではなにも伝わらない。


「んっ!」

 首を傾げる陸に、雫はもう一度右手を突き出す。


「あ、握手? ……え? なんで握手?」

「……手……、つな……ぐ」

「な、なんだって?」


 ここまでしても理解してくれないのが陸なのだ……。

 そんな雫は勇気を振り絞ってして欲しいことを伝える……。幸い、時間帯も遅く人通りもあまりない。真っ赤な顔は陸以外に見られてはいなかった。


「て、手を繋いで……帰りたい……」

「あぁ、手を。手をつな……はぁ!?」

「わ、私は生徒会のお仕事をこの時間まで頑張ったもの……。こ、このくらい甘えても良いじゃない……」


 雫は動揺を露わにする陸を他所に、ゆっくりと近付き距離を縮めていく。


「そ、それとも……私とこうするのはイヤ?」

「そ、そうじゃないって。……た、ただ心の準備、、、、がーー」

 ……これが手を繋ぐ前の最後の言葉だった。


『ぎゅっ』

「……ッ!?」

「捕まえた……」

 雫の細く長い手先が陸の手に絡みつく。


「こ、これもりく君が悪いんだから……。りく君があの時、私に心の準備をさせなかったから……」

「あ、え……あ」

「……りく君、私も嬉しかったわよ……。貴方がこの時間まで待っていてくれて……」

「お、おう……」


 帰ろうと何度も促していた陸だが、雫に手を握られ身体が硬直していた……。胸が高鳴り、激しい緊張からか息苦しさが襲ってくる。


「りく君は……握り返してくれないの?」

「い、いきなりこんなことして、握り返せるわけないだろ……」

「……弱虫」

「し、雫もだろ」

「わ、私はちゃんと握ってるじゃない……」

「……そ、それだけ計画立ててれば出来るに決まってる」


 陸がそう思うことには理由があった。

 ーー陸は自分の荷物を片手で持っている状態で、雫の荷物を受け取ろうとした……が、雫は渡さなかった。

 それは陸の両手が塞がり、手が繋げなくなるから……。


『手を繋ぐ』計画をしていたのならば、それだけは絶対に避けなければならないことだ。


「け、計画なんか立ててないわよ……。い、今……私がこうしたかっただけ……」

「……う、嘘つけって」

「……わ、りく君のことが好きなんだもの……。こ、こうしたくもなるわよ……」

「……ッ!」


 頰を赤くして上目遣いで陸を見つめる……。そして、陸も自然と視線を合わせてしまう……。互いに目が離せない、互いに身体が熱くなってくる……。


 ーーその最中だった。


「あーその、なんだ。お熱いところを見せつけるのは別に構わないんだが……、そろそろ正門を閉めても良いだろうか?」

「……や、柳田先生っ!?」

「えッ!?」


 雫は光の速度で握っていた手を離し、パッと身体の向きを変える。陸はその現場に取り残されていた。


「まーさか会長であるお前がそんなことを言うとはなぁ……。だがまぁ、辛そうにしてた理由はソレだったか。……そりゃあ辛かっただろうな」

「やっ、こ、これはそ、その……っ!」

「……」

「心配すんなって、誰にも言わねーよ。恋路こいじに突っ込む馬鹿は生徒指導部のやつらだけで十分だ、十分」


 柳田先生はそんな言葉を掛けた後に手慣れた様子で正門を閉めーー

「彼氏彼女同士イチャイチャしやがれ。……それが青春だ」

 正門を閉めるための鍵をポケットに入れ、そんな台詞を吐きながら去っていった……。


 そして、取り残される二人。


「だ、大丈夫か、雫……?」

「も、もう嫌……。あんな姿を見られるなんて……。わ、私ったら……私ったらぁ……」


 長い銀髪で顔を隠すだけでなく、その上から手で顔を覆いブンブンと首を振り回す。……少ししてその首が止まった時、すぐにでも消えそうな声が聞こえる。


「もう、帰る……」

「あ、ああ……。帰るか……」


 その後、お互いに喋ることもなく気まずい雰囲気のまま自宅への帰路を辿っていた……。

 時より車が横を通り、ライトが二人の影を映し出す。

 ……ただ、その影にはお互いの手が繋がっていたのである……。

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