第66話 番外編③ 雫と凛花

「おかえりなさい、しずく姉さん」

「ただいま、リン。……あら、勉強に取り組んでいるなんて偉いわね」

 夕方になり、陸の家から帰宅した雫はリビングで勉強している凛花に近寄りながら声をかけた。


「しずく姉さんには負けてられませんから。わたしも関凛かんりん国公立大学に入学出来るくらい力を付けるつもりです」

「ふふっ、頼もしい妹ね。でも無理だけはしちゃダメよ? リンにはまだ時間がたくさんあるんだから」


 勉強に熱を入れ過ぎた結果、生活バランスが崩れ風邪を引いたり体調が優れなくなるのは良くあること。

 凛花はまだ中学生。先を見据えることは大事だが、まだ根詰める必要は無いといっても良い学年だ。


「分かってます。ですが……陸さんにはわたしと真逆のことを言ってそうですね?」

「そ、それは仕方がないのよ……。りく君には絶対に合格してもらわないといけないんだから……」

「今までの様子を見ていれば分かることですけど、しずく姉さんはやっぱり陸さんにゾッコンですね。見ていて微笑ましいです」

「……もう、姉をからかわないの」


 こつんと、痛くないげんこつを妹の凛花にする雫。生まれた家柄で口調は硬いが、二人の仲の良さは折り紙つきである。


「話は変わりますが……なんだかしずく姉さんの顔が生き生きしてますね。今日陸さんとオトナなことをやりました?」

「なっ、何を言ってるのよ……。そんなことするはずないじゃない。……って、話が変わってもいないし……」

「これはどうしても教えておかなければならない話なんです」

 

 そう前置きした凛花は、少し前の出来事を語った。


「……数日前にしずく姉さんの自室で陸さんにあれほど大きな声を上げさせられていたのですから、わたしを含め、使用人の方にはそういったことをシているのはバレていますよ」

「えっ……。う、ウソでしょ……? 私をからかっているのよね?」

 陸と雫は両親にお付き合いを認めてもらっている間柄。

 互いの家に出入りしても何も文句の言われない、むしろ歓迎されるくらいに良い関係を築けている。


「本当ですよ。わたしは根拠のないことではからかいませんから」

「うぅ……ヤダ……」

「あの、ですね……。それを踏まえてここからが本題になるんですが、一度使用人の方がしずく姉さんの自室に突入しようとしたことがあったんです。なんの許可も無しに」

「……えっ。そ、それは…………どうして?」


 使用人と呼ばれる働き人は、その家から雇われている者のこと。

 その家の血筋がある雫の部屋に許可無く立ち入ることは、当然まかり通らない。


「さっき言った通り、行為中、、、の声が漏れてまして、しずく姉さんが陸さんにいじめられていると勘違いしたからです。……しずく姉さんが、『ダメ』『やめて』『もうしないで』などと、助けを求めているような台詞でしたから」

「……っ」

「艶かしいしずく姉さんの声だったので、使用人を止めることは出来ましたけど……そ、その……」


 出来るだけ表情に出さないよう事実を淡々と述べる凛花だが、言えば言うだけ顔に朱が浮かび上がってくる。

 それも内容が内容。姉である雫にこのようなことを伝えれば、緊張や恥ずかしさが自然と生まれてくる。


「い、言ってるわたしが恥ずかしくなってきたじゃないですか……」

「ご、ごめんなさい……。つ、次からは気を付けるようにするわ……。ええ……」

「……あ、あの……一つ聞きたいんですが、そんなに気持ち良いものなんですか? ……ソレって……」

「……そ、それは……そうだけど……」

「……そ、そうですか」


 姉妹の間でなんとも気まずい雰囲気が流れる。

 そんな空間を打ち破ったのは、咳払いをして姉の威厳を保とうとした雫だった。


「……リン。このことに興味を持つのは分かるけれど、必ず自分が好きになったお相手としなさい。……これは私と約束すること。家のしきたりも無くなったことだし、リンにも相手を選ぶ権利が得られたでしょう?」

 雫と陸のお付き合いが認められたのは、お見合い結婚という家のしきたりが無くなったも同義。

 妹である凛花も、将来のパートナーを自分で選べるようになったのだ。


「それは分かってます。……分かっているからこそ、しずく姉さんが羨ましいです」

「う、羨ましい……?」

「陸さんという素敵な男性を捕まえることが出来て。陸さんのような男性はなかなかお目にかかることは出来ませんから」

「リンから彼氏のことを褒められるのって、なんだかくすぐったいわね……」


 煌びやかな銀髪を手で捻りながら照れを隠そうとする雫。そんな姉に凛花は突として針を刺した。


「……わたしも、陸さんのような男性と付き合いたいものですね」

「ッ! い、いくら妹でもりく君を渡すことは出来ないわよっ!? り、陸くんは誰にも渡さないんだから……っ!」

 普段から見せているクール振りは何処へ行ったのかーー照れのスイッチを一瞬で切り替え、もの凄い慌てようで死守しようとする雫。本人にとって陸はそれほど大事な相手であり彼氏。その言葉通り、誰にも渡すつもりはないのだ。


「うふふっ……冗談ですよ。可愛いしずく姉さんを見られることが出来てわたしは満足です」

「も、もぅ……。タチが悪いわよ……」

「すみません、しずく姉さん。……さてと、わたしは飲み物を取りに行きますけど何かいりますか?」

話も一段落つき、飲み物を取りに行こうとする凛花を雫は止めてこう言う。


「あぁ、ごめんなさい。リンは勉強しているのだし私が取るわ。何が良いかしら?」

「ありがとうございます。それでは紅茶をお願いします」

「分かったわ」

『うん』と頷いて冷蔵庫に向かう雫。凛花が見るその後ろ姿には、今までに見たこともないほど幸せそうなオーラが何処と無く漂っていた。


「……わたしも陸さんみたいな相手を見つけられれば良いんですけどね……」

 そんな雫を見て、凛花はボソッとした本音が漏れる……。


「な、何か言ったかしら……リン?」

「いいえ、なんでもありません」

 そうして、ニッコリと微笑みながら首を横に振る凛花はーー

(お幸せに、しずく姉さん……)

 心からの声援を送るのであった。

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誰に対してもクールを貫く美人な生徒会長ですが、皆に不良だと誤解されている彼の前ではいっぱい甘えたいデレデレになる……までのお話 夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann

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