第4話 彼との恋占い

「陸って、いつも歴史本ばっか読んでるけど、そんなに面白いのか?」

 休み時間中、ずっと書籍に目を通している陸を見て健太は気にかけるようにして声を掛けた。


「面白いぞ? 面白くなければ読んでないし」

「まぁ、そうだろうけど……」

「もう一つの理由を上げれば、俺に話しかけてくれる人は健太しかいないから、こうして時間を潰すしかないんだよ」


「……悲しいこと言うなって。なんなら、恐喝の噂を立てたやつを探ってきても良いぞ?」

「それはやめてくれ。誰にでも間違いはあるんだし、割り切ってる」

「お前って、本当お人好しだなぁ……」


 善意で人を助けただけなのに、こんなことになれば不満は募るもの。学校生活に影響が出ている以上、勘違いをした相手に恨みを向けることをしてもおかしくはない。


 しかし、陸はそんなことをしようともしなければ、間違った相手の気持ちを考えている。健太の言う『お人好し』は的を射ていることだろう。


「まぁ、陸がそう言うなら良いけど……。んじゃ、話題転換って事でいつから歴史に興味を持ったんだ?」

「歴史に興味持ったのは小学生の時だな」

「小学!? そりゃすげぇな……。普通、興味を持ち出すのって中学の頃じゃないのか」

ある人、、、に勧められてからどっぷりハマったんだ」

「ある人……? 陸が言葉を濁すなんて珍しいな」


 言葉を濁した陸に疑問を抱く健太。高校からの関わりがある健太からして、陸が言葉を濁したことはあまりなかったのだ。


「まぁ、大切な人ってことだよ。……俺が学校に行けてなかった期間、勉強も教えてくれたりもして」

「それは、陸の親が亡くなってからのことか?」

「そう。親が天国に行って俺が立ち直れなかった時に、その人は毎日顔を出してくれてよく励まされたもんだよ」


 頰を掻きながら健太に胸の内を話す。

 陸の親はたった一人。シングルマザーと呼ばれるものだった。そのお母さんは陸が小学の頃に病気で亡くなってしまった。

 陸はそのまま親戚に引き取られ、親がいなくなったことで心を閉ざしてしまった時期がある。


 学校にも行けず、勉強にも付いて行けず、その状況を救ってくれたのがあの人、、、……。この学園の生徒会長、九条 雫なのである。

 雫のことを大切に思っているのは事実。しかし、恋愛感情があるわけではなかった。


「なぁ、もしかしてその人って……女か?」

「……まぁな」

 これは誰にも言っていないこと。自分だけの秘密にしていること。相手の名前は口にすることはしない。


「はぁぁー、その女の子、絶対お前に気があるだろ」

「それはない。なんて言ったってレベルが違う」

 そのレベルが桁違いなのは周知の事実。この学園の男子のほとんどは、その者に告白し……断られているのだから。


「友達のオレから言わせてもらうが、お前もかなり上のレベルにいるぞ?」

「健太がそう言っても、その人はまだ上」

「も、もしかして、雫先輩レベルとか言わないよな……?」

「そのレベルだよ、ドンピシャで」


 陸の言ってる『その人』は雫のこと……。健太がそのことを知るのはまだ先のこと。


「その人にまだお礼を言えてないんだよな……」

「それはダメだろ。ちゃんと言わないと」

「なかなか言えないんだよ……これが。昔のことで恥ずかしいし」

「じゃあ、頑張れ」

「頑張るつもりではいるよ」


 あの時の礼は必ず伝えないといけないこと。想像するまでもなく、陸はその思いを胸に刻んでいた。


 ============



《雫side》


「恋占い……恋占い……。ここね」


 放課後。私は図書室に入り、『恋』に関する書籍がある本棚に移動する。

 そのジャンルは図書室の隅にあるもので、人気ひとけには晒された場所にはない。


 恐らくこの配置は、この手の本を読むことが恥ずかしいという感情を汲み取ったものだろう……と私は考えていた。


「生年月日の診断……これで良いかしら」

 その手のジャンルがある本棚前に移動した私は、ラベルを見ながら一つの本に手を伸ばし……手に取った。


『この占いは当たる!』そんな見出しの恋占い本。

 恋占い本に詳しくない私は、こんな見出しに頼る他ない……。


(でも、生徒会長をしてて良かったわ……。いけないことだけれど、りく君の情報を簡単に掴められたもの……)

 在校生の軽い情報を簡単に掴める立場にいる私……。無許可に個人情報を見るといういけないことをしたが、それは生年月日のみ。


 悪用するつもりはさらさらない……。この感情をりく君に抱いてしまっている以上、この行動をしてしまうのは仕方がないこと……。


 言い訳を胸中で言い終えた後、私は自分の生年月日と、りく君の生年月日を重ね合わせーー占いの結果が出ているページに目を通す。


『本音をなかなか口に出すことが出来ない、あなたの性格は、家庭的な雰囲気と合わせてあの人の将来の設計図の中にもしっかりと納まっています』


 ーーここに書かれている『あの人』とは、占った相手のことを示す。つまり、りく君のこと。


(り、りく君が……)

 これがただのまやかしだとは分かっていても、良い結果が乗っていれば嬉しいもの。

 私は視線を横に動かして読み進める。


『特に、春から夏にかけて二人の間に変化が現れます。これは決して悪い変化や倦怠期などではなく、距離が縮まるという暗示です。この波に乗ることで、今後一層あの人との絆が深まります』


(距離が縮まる……。やった……っ)

 りく君は私の想い人……。距離が縮まるという結果が出たのは、心が踊るほど嬉しいもの。

 心の中で小さくガッツポーズを見せながら、私は結果をさらに覗いていく。


『繊細な部分を持ち合わせているあの人の性格ですが、あなたのおおらかさが上手くカバーしているので、相性はとても良いと言えます。ーーただ』


(……)

 私はその一文、補助の接続詞を見て視線を嫌な予感が生まれる。

 文中の『ただ』というのは、前文の内容を制限したり、相違点そういてんを補助的に指摘する時に使われるもの。


 要は、ここから続く文は少なからず良いことではないことを示していることになる。


『環境のせいで、本心を出せないあなたは、あの人に“縁がない”という誤解を生ませます。その誤解は二人の運命を大きく左右するものになるでしょう。あなたの本当の姿を出すことが大事です』


(あ、合ってるわね……。特に、環境のせいなんてところは……)

 言い当てられれば当てられるだけ、その結果には信憑性しんぴょうせいが増していくもの。

 私はもう、その結果から目が離すことが出来なかった。


『その人は、良い印象をあまり持たれていないかもしれません。しかし、安心することだけはやめましょう。その人の印象は次第に良いものに変わっていき、やがてあなたとあの人の縁は遠いところに……』


(……っ!?)

 悪い印象というのは間違いなく、りく君が不良だということ……。それが良いものに変わっていくというのは、りく君が優しいことが広まっていくということ……。


 恋のライバルが増えるような事を指していた。


『あなたに大事なものは、本当の姿、、、、を出すこと。それはその人の前だけでも大丈夫です。それがあの人との距離を縮める近道にもなり、その人を捕まえるキッカケにもなるでしょう』


(ほ、本当の私を出す……)

 この恋占いが、私にすべきと言っているのはこれだけ。


 そして、その下に書かれていたのは付き合った後のこと。……りく君との家庭を持ってからのことだった。


『元々家庭的な面を持っているあなたは、家庭に入っても家事や子育てをしなが楽しく仕事が出来る能力を持っています。あの人は安心してやるべきことに専念しているでしょう』


『二人とも幸せな家庭を持つ運気を持っているので、特別なことはしなくても十分幸福感を味わせる結婚生活が送れます」


『また、恋人である期間が長ければ長いほどあの人はあなたに信頼感を抱いてくれ、他の人に目移りすることもありません。時間をかけて自分のペースで行くこともまた良いでしょう』


 ここに書かれていることは円満に生活が出来るとのことだった。


(つ、つまりは……お付き合いまで発展すれば問題はないってこと……)

 付き合った後のこと、想い人との家庭を持っていることを想像した私は、顔が熱くなります……。恥ずかしさが襲ってくる……。


 その恋占い本を顔に当てて、私は真っ赤に染まる頰を隠す。


「うぅ……。りく君……」

 甘えたように猫撫で声を出す私……。

 今までに誰にも聞かせたことにない声……。でも、それはこの瞬間から変わる。


「は、はい……?」

「……っ!?」

 背後からあの人、、、の声が耳に届いた……。

 聞き間違えるはずなどないあの人の声。想い人の声……。


 私は紅葉を散らした頰を隠すことを忘れ、その人と顔を合わせてしまった……。

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