第48話 side雫、危機
「し、雫お嬢様……っ!」
自宅に戻れば使用人の一人が眉根を寄せながら心配した様子で近付いてくる。
この様子から何が起こっているのか分からないほど、私は鈍くない。
私がやってはいけない事を犯したのは間違いのないことだから……。
「心配しなくても大丈夫よ。これは元より覚悟していたことだから」
「で、ですが……!」
「その気遣いは本当に嬉しいわ。あなたのお陰で心に余裕が出来た。ありがとう。だから……あなたは仕事に戻りなさい。まだたくさん残っているのでしょう?」
「は、はい……っ! では失礼します!」
そんな言葉をかけた私は使用人と別れ、学園での手荷物を置きに自室に入る。
「はぁ……。空気が重いわね、本当」
私はため息を吐きながら憂鬱気味な声を漏らす。
家全体の空気がピリピリしているのも、全てはお父様の機嫌から来ているもの。その原因は私が『お父様からの紹介でお見合いをし、お付き合いをする』そんなしきたりを破ったことにある。
ここに来て私の逃げ場は無い。この先のためにも正面から立ち向かわなければならない。
「行きましょう……か」
自室で気持ちを切り替えた私は、父様がいるであろうリビングへと足を進めて行く。
廊下からリビングに向かえば向かうほど、どこか重たい空気を感じる。
いつもなら、この廊下ですれ違う数人の使用人もいない……。
(きっとお父様がそう命令したのね……。話の内容を聞かれないために)
この先のために立ち向かわなければならない。この覚悟があるからこそ冷静に頭を働かせることが出来る。
私は負けるわけにはいかない……。
そうしてリビング前に着き……私はドアを開けゆっくりと中に踏み入れた。
「ようやく……来たか」
「……お父様」
「座れ」
「……はい」
眉間にシワを寄せ、ギロッと睨みを効かせた視線を向けてくるお父様。その怒りを滲ませた様子に私は
この広々としたリビングにはお父様と私だけ。無音が包む中……その指示に従い私は椅子に腰を下ろした。
「聞くが……何故雫を呼び出したのか、分かっているだろうな?」
「……もちろんです」
尋問のような始まりに、私の身体には震えが襲ってくる……。これから何を言われるのか分かっていても、お父様には敵わないものはたくさんある……。
「お前は馬鹿じゃあない……。だからこそ聞くが、一体何がしたいのだ?」
重苦しい雰囲気の中、お父様から放たれた言葉は『何がしたいのか?』だった。……この言葉の意味は私の『目的』に直結するものであり、『簡潔に答えろ』という意味を含めたもの。
この言葉選びからお父様は間違いなく、私がしきたりを破ったことに気が付いている。
ーーだからこそ、私はこう言う以外にない。
「……幸せを手にしたい、ただそれだけです」
姿勢を正しながらお父様の顔に視線を向けて私は堂々と発言した。
「話せ」
「お見合いを断り続けているのは、私に想い人がいたからです。……お父様は知っているかもしれませんが、私はその方とお付き合いをしています」
「……」
お父様の表情は何一つ変わらない。目を瞑って耳をこちらに傾けている……。
「
この言葉が先代様を侮辱していると捉えられても、私は言う必要がある。全ては私の本心。りく君と結ばれるためならいくらでも反抗してみせる。
「……今、そやつと別れれば許すと言ってもか?」
「別れるだなんて私から告げることは絶対にありません。私の……初恋の相手でもあるんですから」
「なに?」
「お父様に私の気持ちが分かるはずありませんよ……。お父様はお見合いをした相手、お母様に一目惚れだったんでしょう? ……私はそうじゃありません。小さい頃からその男の子が好きだった。その彼とようやくお付き合いが出来た……。別れるなんて想像もしたくない」
「我が家のしきたりを破るような
「お父様が私を育てた? 一体どの口が言うのですか。お父様は仕事ばかりで、私やリンを放ったらかしでしたよね。私達をここまで育ててくれたのは、お母様やこの家で働いている使用人の方々です」
「舐めた口を……」
お父様が私やリンを育てたかった気持ちがあったのは間違いないだろう。でも……優先したのは私達ではなく仕事。
仕事が回らなかったから仕方がなかった。そんな気持ちを汲み取れても私はとうとう言ってしまった……。
「ごめんなさい、お父様。口が過ぎました」
「……」
「我が家のしきたりを破ったことは謝ります。……もちろんどんな責任でも取る次第でいます。そのかわり、彼とのお付き合いを認めていただーー」
「ふざけるなッ!」
ーーパァン!
その瞬間、お父様の激昂した声が響き渡り、発砲したような音鳴った。
それは銃なんかではなく、私の頰を叩いた音……。
右頬に焼けるような痛みが身体中に伝わってくる。
「しきたりを破るような奴にそのような権限はない。認めるつもりもサラサラない。……幻滅したぞ、雫」
音を立てるように椅子を引きずって立ち上がったお父様は、振り返る事なくリビングから去って行った。
『罰を覚悟しておけ』
そんな別れ台詞を残して……。
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