第10話 『覚悟してくださいね』『は……?』

「なっ、なんでみみを助けてくれた人が……ふ、不良さん、、……。な、なんで……」

「……本当に中等部にまで広がってたんだな、その噂」

 スーパーマーケットで出会った少女。ミミは今の状況について行けてないように動揺を浮かべている。


 陸が『不良さん、、』と呼ばれる所以はただ一つ。無礼のない言い方をすれば目を付けられないというジンクス的なもの。

 だがしかし、陸から言わせれば『不良』呼びをしている時点で失礼に当たっているわけである……。


「驚くのは別に良いんだが……あの時気付かなかったのか?」

「……し、私服姿……だった……から」

 声をかけた瞬間に後退りをしながら答えるミミ。スーパーマーケットで出会った時の反応とは似ても似つかない。


 これほどまでに、『不良』の噂は強い。


「そんなに警戒しなくても、俺は飲み物買いに来ただけなんだが……」

「そ、そうやって安心させようとしても……みみには効かないんだからっ!」

 警戒を最大限にするミミは、威嚇するように大声を出したその時ーー


「……ミミちゃんは少し落ち着いて。陸さんはそんな人じゃないから」

 第三者の声が背後から聞こえ……。後退りをしていたミミの足が止まる。


「そ、その声……」

 唐突と聞こえてきた声に聞き覚えがあった陸。……次の瞬間、その声の持ち主はひょこっと顔を出してきた。


「お久しぶりですね、陸さん」

「やっぱり、凛花りんかだったか! 久しぶりだな」

「えっ……。な、なんで凛花ちゃんが不良さんと知り合いなの……?」


 友達の一人がこうも不良と仲良さげな雰囲気を作れば、当然その疑問は浮かぶもの。


「陸さんはしずく姉さんのお友達だから、わたしとも関わりがあるの」

「そ、そうなんだ……。ふ、不良さんと……」

「まずはミミちゃんにこの誤解を解いても大丈夫ですか? 事情はしずく姉さんから聞いてますので」


「そうしてくれると助かる……って、なんで事情を知ってんだよ」

「わたし達の情報網を舐めてもらっては困りますよ? っと、話が逸れる前に誤解を……」


 陸の口から説明するより、ミミの友達である凛花の口から説明した方が説得力は2倍にも3倍にもなる。

 そのことを理解している凛花は、不良と呼ばれるようになった訳を分かりやすく説明するのであった。


 そのおかげでミミの誤解は解けーー

「ほ、本当にごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ!!」

「ミミちゃん。陸さんのためにも、頭を下げるのはやめた方が良いよ? これでまた変な噂が広がったりするから」


 クリーム色のツインテールをぴょこぴょこと動かしながら何度も頭を下げるミミに、そっと注意を促す凛花。


「はっ……」

「ほんと厄介なもんだよなぁ……。この噂って」


 この光景を見た第三者は『不良が無理やり頭を下げさせている』なんて解釈に至るだろう。

(せめて会話を耳に入れてから、判断してほしいもんだ……)なんて陸の本音が叶ったことは一度もない。


「でも、これでミミちゃんは誤解は完全に解けたよね?」

「う、うんっ……。よ、よくよく考えてみればそうだよね。不良さんだったら、あのメロンパンの在庫を確認してくれたりしないもんね……」

「さぁ、それは分からないぞ? 不良の噂を払拭するためにそうした可能性だってある」

「はわっ……!?」


 同じような、同じでないようなそんな驚き方をするミミを見て、クスッとした笑い声を溢す陸。


「ミミちゃんにイジワルをするのは可哀想ですよ、陸さん。わたしがいる限り、そのイジワルは通りませんけど」

 ラベンダー色の瞳を細めて、蠱惑的に微笑む凛花の表情は雫と瓜二つ。これが姉妹というものなのだろう。


「なんでそんなに信頼してくれてるんだか」

「うふふっ。わたしがしずく姉さんの件を知らないとでも思ってるんですか?」

「な、なるほどね……」


 言葉通り、凛花は知っているのだ。……イジメを受けていた雫を陸が救ってくれたあの時のこと。ーー雫から飽きるほど聞かされていた凛花が忘れるはずなどないのだ。


「ま、まぁ、そのことは置いといて……。これから宜しくな、ミミ……さん?」

 褒められることが苦手な陸は、素早く話を変えることにする。


「みみのことはみみって呼んでください、陸先輩……」

「了解。改めて宜しくな、ミミ」

「は、はい……。よろしくです……」


 陸が差し出した手にミミも答え、軽い握手を交わす。これでさっきまでの話題は完全に断ち切れただろう。


「ミミちゃんだけ握手するなんて……わたし、いてしまいそうです」

「思ってもないことを言うもんじゃないぞ、凛花」

「あら……そのお言葉は罰ですね」

「ば、罰?」


 ニッコリと口角をあげる凛花を見て、嫌な予感が沸々と生まれていき……その予感は的中することになる。


「ミミちゃんから聞きましたよ、メロンパンの件。……流石は陸さんです」

「……流石って言い方は違うけどな。俺もメロンパンを食べたかったわけだから」

「そうですか? わたしの記憶が正しければなんですけど、陸さんは甘いものが苦手でしたよね」

「えっ!?」


『甘いものが苦手』なことを凛花に話したのは何年も前……。その発言を覚えていたことは予想外のこと。

 凛花のその一言にミミは驚嘆な声を上げてまじまじと陸を見つめている。


「い、いや……今は好きになったんだよ。甘いもの……」

「ミミちゃん。これが嘘が苦手、、、、な不良さんの本当の姿なんですよ、うふふっ。気を遣わせないためでしょうか?」

「見ず知らずのみみにそこまで……。陸先輩、優しいです……」


『やってやりました』なんて得意げな顔を見せてくる凛花に、宝石のような綺麗な眼差しを送ってくるミミ。


「先輩をからかうもんじゃないぞ。二人とも」

「わたしを妬かせた罰ですよ? うふふっ」

「陸先輩……っ。も、もう一回握手……」

「おい……。これ以上俺を追い詰めないでくれ……」


 もう一度ミミの手を握れば、凛花はその隙に何かの話題を持ってきて陸を弄ることだろう。そのようなムーブが目に見えているのだがら、握手を断るという判断は正しいと言える。


 そうして……しばらく三人で会話を続けた後に別れることとなった。


「あっ、陸さん。最後に耳を貸してくれませんか?」

「大声とか出さないなら良いけど」

「安心してください、小声で話すだけですから」


 耳を貸すために小さく屈む陸に近付いた凛花は、耳元でこう呟いた……。


「覚悟してくださいね、陸さん。しずく姉さんはこんな軽いものじゃないですから」

「は……?」


「それでは、また」

「またね、陸先輩……」

 そんな台詞を言い残した凛花は、ミミと共に去って行く。


 意味も分からず立ち尽くす陸の両手には、自分のお茶と健太の分に買ったオレンジの炭酸。そして、メロンパンの時のお礼としてミミがくれた微糖のコーヒーがあったのである……。

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