第64話 番外編①

 山桜が咲き始めたこの季節。

 雫は高校を卒業し進学先の大学へ準備中。陸は高校三年生になろうとしていた。


「ふふっ、ふふふっ」

「ど、どうしたんだ? ご機嫌そうに笑って……」

 その春休み期間中のこと。

 陸と雫がいる場所はある自室。ーー雫は彼氏の部屋にお邪魔し、クッションの上で脚を崩しながら微笑んでいた。


「お父様がりく君のことを認めてくれたことが嬉しくって……。前までは私やりく君にあれだけ文句を言ってたのに、今じゃもうすっかりりく君のことを気に入ってるもの。私が言うのもなんだけど、土下座して謝ってくれた時にはスッキリしたわ」

「あぁ、そのことか……」


 陸は雫との身分の違いから、その父親から散々な悪口を言われてきた。雫にも当然その矛先は向けられた。付き合っているにも関わらず、この二人を別れさせるために強制的なお見合いもされた。

 振り返ればまだまだあるが、その全てを反省した雫の父親は陸を家に出向き、直接の謝罪を受けたのだ。


「そのことで今でも疑問に思ってることがあるんだけど、東雲家の人がお見合いのお断りを認めてくれたってあれは本当の話なのか?」

「うん。それだけじゃなくて、『それが父親のすることか!』……って、東雲家の方もお父様にお説教をしていただいてね。恐らくこれは、御祖父様がそう仕向けさせたんでしょうけど」

「茂雄さんが……?」


「確証は無いけれど、東雲家の者と御祖父おじい様は古くからの付き合いがあるの。そして、お互いに言葉の裏を読み取れる賢い頭を持っていてね。お見合いのお断り話をしている途中で、説教をしてほしいことを言葉の裏で伝えたのだと思うわ」

「そ、それは凄いな……」


 財閥のトップ同時の会話。財力拡大のためにたくさんの商談を受けてきたのは当たり前。その中で培ってきた話術に頭の回転の速さ。雫が予想したこの言い分は間違っているものではなかった。


「お詫び金はかなり動いたでしょうけど、お父様が反省して丸くなってくれただけでその価値はあると思ってるわ。今じゃお父様は『りく君に会わせろー』って言ってくるほどなのよ? 全く、調子が良いだから……」

「本当かぁ? その話……。なんだか嘘っぽいんだが」

 半目になって雫に視線を送る陸。今までにこのような話を聞いていないのだから当然と呼べる反応だった。


「ほ、本当よ……。だって私達のことを結婚させようと張り切っているのだもの……」

「んッ……!? け、結婚!? はっ!?」

「なによその反応……。もしかして私と結婚することがそんなに不満?」

「不満なわけじゃないって!!」

「じゃあ、なんでそんな反応をしたの……?」


『結婚』に言葉が裏返り、声のボリュームが一回りもふた回りも上がった陸を見て、今度は雫がジト目になる番だった。


「た、ただびっくりしただけだよ。し、雫をもらえるのが一番嬉しいことだし……」

「ふ、ふんっ。なら良いのよ。……わ、私だってりく君をもらえるのが一番嬉しいわよ……」

「そ、それは……ありがと」

「う、うん……。私こそ……」


 付き合って数ヶ月になる二人だが、未来を見据えた話になればこんな空気になる。

 陸は声を小さくしながら視線を逸らし、雫は雫で身体をモジモジさせながら顔を背ける。


 お互いに朱色になる頰。

「……」

「……」

 そして、未だに続く無言。

 気まずく恥ずかしい空気が二人を包み……なんの前触れもなくその雰囲気をぶち壊す者が現れた。


「うんうん。いい感じにイチャイチャしてるねー。はい雫お姉ちゃん、粗茶ですがどうぞ」

『ガチャ』と部屋の扉を開けた、陸の義理の妹ーー奈々はお盆の上に乗せたお茶を雫に渡し、陸にも渡す。


「あ、ありがとう……奈々ちゃん」

「うんっ! どういたしまして、雫お姉ちゃん!」

 妹の奈々が雫のことを『お姉ちゃん』と呼ぶ理由は単純明快。陸と結婚した場合のことを考えてのことらしい。


 そう、雫と陸のお付き合いは両家族にもバレているのだ。


「って、なんで奈々は勝手に部屋に上がってんだよ……。ノックぐらいはしてくれよ」

「なにそれー! 何回もノックしたのにイチャイチャしてたから気付かないんじゃん!」

「えっ……」

「それじゃあ、お邪魔虫な奈々は消えることにしまーす!」


 良い妹振りを見せたかったのか、ちゃんと空気を読んだのか。用を済ませた奈々はそそくさと陸の部屋を後にした。


「……」

「り、りく君……。私達ってそんなにイチャイチャしてたかしら……」

「そんなことはないと思うぞ……? 奈々のからかいだろ……」

 もしここに、第三者がいれば間違いなくこんなツッコミが入れられていただろう。


『自覚無いんかいッ! 死ねやッ!』


『リア充爆発しろッ! 逝けやッ!』


『お前ら、末長くお幸せになあッ!』


 ーーと。


「それより、りく君。そろそろ勉強を始めないと私と同じ大学に進めないわよ……?」

「あぁ、出来ることなら雫と同じ大学に行きたいんだけど……。偏差値76まで上げるのはなかなか厳しいっていうか……」


 雫が受験合格した関凛かんりん国公立大学は、偏差値76の超難関大学である。


「私と一緒の大学に行きたいじゃないの? いいえ、一緒に行くのよ」

「そ、それは行きたいけどさ……」

「あっ、この前学園であった全国模試があったって聞いたけど、結果はどうだったのしら?」

「偏差値63……」

「あら、もう少しじゃない。一年もあればA判定に持ってこられるわね」


 陸の成績は学園でも上位に入るが、それでも目指すところはまだまだ手の届かないところにある。もし、今のまま受験をしても簡単に落ちることだろう。


「あのな、俺は雫みたいに頭が良いわけじゃないんだぞ……? この前は死ぬ気で頑張って63コレなんだから」

「じゃあ次も死ぬ気ですれば67くらいにはなるんじゃないかしら? そして次は70に上げれば合格が見えてくるわね」

「俺を殺す気か……」


 なんて言うものの、そのくらいの努力をしなければ合格することは出来ないだろう。陸も雫と同じ大学には行きたい気持ちは十分にあり、受けるからには落ちるわけにはいかない。


「だ、だってりく君には合格してほしいんだもの……。も、もし死にそうになったら、そ、その時は……え、えっちをして元気にしてあげるわよ……」

 黒のストッキングを両手で握って勇気を振り絞ったのだろう。赤らめた頰でチラッと見てくる雫。


「本格的に殺す気だな……。いや、この際殺しにきてると言った方が正しいか……」

「ど、どう言う意味よ……」

「だ、だって雫……終わらせないだろ……。行為が終わって一緒にお風呂に入ってたら、突入してきてまた続けようとするし……」

 陸は言いたい。死ぬ気で勉強してここまでヤられたら……『逝ってしまう』と。


「そ、それは違うわよ……っ! り、りく君が下手くそだから私が満足しないんじゃない……!」

「はぁ!? なんだよそれ!? じゃあ、あれは全部演技だったのか!?」

 陸が深く突くたびに、雪色の腰をくねらせて嬌声を上げていた雫……。


(まさかあれすらも演技だったのか……!?)

 なんて不安に陥る陸だがーー正しくそれは杞憂というものだ。


「だ、だから……もっと上手く出来るために回数を増やすべきだと思うわ……」

「……話を聞けよ!」

 話から分かる通り、雫はその行為に満足している。陸が下手くそではなく、キモチイイからこそもっとしたいのだ。


「そ、それで……えっちの回数は増やしてくれる……?」

「だから話を聞けって!!」

 そんな攻防戦が20分ほど続き……、雫の本心を聞けることを条件にえっちする回数を増やす約束をしてしまった陸。


 まだまだ彼女さんには敵わない彼氏くんであった……。





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