第63話 最終話デート⑨

「な、なんだここ……。す、凄いな……」


 陸が目に入れた一室。それは……靴を脱いでくつろげるスイートタイプのモダンな和洋室だった。

 室内は畳リビングとフローリングのベッドルーム。高級感に包まれた一室で、客室の出入口には居室と繋がるパススルーのワードロープ、ロングブーツの脱ぎ履きなどに便利なサポートチェアが用意されている。完全なプレミアム仕様だった。


「ええ、この場所をあまり使う機会はないけれど、プレミアムルームで統一されているの。……毎日使うわけでもないし、プレミアム仕様にするのは勿体無いわよね」


 この部屋に着いてすぐ、雫は靴を脱いでベットに腰を下ろす。今日は昼前からずっと動きっぱなしで疲れたのだろう。

 対して、陸の方はまだまだ余裕がある。雫同様に靴を脱ぐ陸は手に持った荷物を隅に置き、立ちながら話しかける。


「でも……本当に良いのか? 俺がこんなところに泊まって……」

「もちろんよ。寧ろ……泊まってくれないと私が怒るわ」

「そ、そりゃあ恐ろしいな」

「ふふっ、とっても恐ろしいわよ?」


 脚をゆらゆらと揺らしながらくすっと微笑む雫に、笑顔を浮かべて答える陸。


「あっ、早めに風呂に入りたいんだけど、使ってもいいか……?」

「もう、いちいち私に聞かなくても大丈夫よ。自分の好きなように使ってちょうだい? 私は一番風呂とか気にしないから。お風呂を貯めるにはそこにあるボタンを押せば良いわ」

「じ、自動……なのか」

「大体10分程度で貯まるようになってるわね。寝巻きとバスタオルはそこのクローゼットの中に置いていると思うわよ」


 お嬢様らしい丁寧な指差しでクローゼットをさす雫。示す場所を開ければハンガーに掛かったサイズ別の寝巻きが数個と柔らかいバスタオルがあった。


「本当だ。ありがとうな」

「どういたしまして」

「じゃあ、とりあえず風呂の自動ボタンを押してっと……。雫、今日のデートはどうだったか? ……楽しめた?」


 声に出した通り、自動ボタンを押した陸は雫の隣に腰を下ろして今日のことを聞いていた。

 お風呂が貯まるまでの時間、特にすることは何もない。次のデータに生かすために雫の意見を聞きたかったのだ。


「楽しかったわよ、本当に。また今度、一緒にデートに行きましょう?」

「それは良かった。俺だけ楽しくなってなかったか不安で……」

「……ただ、私を嫉妬させる罠がいくつもあったことは不満に思ってることかもしれないわね」

「あれは罠なんかじゃないって。ってか、絶対それ不満に思ってるだろ……」

「ふふっ。でも……もう許すことにするわ。今日はりく君と一緒に夜を過ごせるんだから」

「そうしてくれると助かるよ」


 そうして、今日の出来事を仲良く話していく。気付けば時間はとうに10分を超え……『お風呂が貯まりました』との自動ボイスが鳴った。


「りく君、お風呂をどうぞ」

「ああ、それじゃ入ってくる」

 クローゼットの中から寝巻きを取った陸はお風呂場に入って行った。



 =======



『ジャー』

 りく君がお風呂を使っているのだろう、勢いの良いシャワー音が私の耳に届いてくる……。


『ドクン……ドクン……』

 私の心臓の鼓動は、外に聞こえ漏れるほど激しく動いていた。その理由はただ一つ……。


(ごめんなさい、りく君……。私、もう我慢出来ないの……。これも全部りく君が魅力的なのがいけないんだから……)


 もう……私は本能に任せていた。

 ゆっくりと衣服を脱ぎながら……すぐそこに裸でいるりく君を想像してしまう。


 りく君とシたい……。元より、私はそのつもりでここに来ているのだから……。

 この部屋は完全防音。そしてこのフロアには誰も居ない。

 思う存分……アレが出来る。その環境に間違いはない……。


 好きな人と心も身体も結ばれたい……。そう思うのは誰だって一緒……。怖いけど、大好きな相手とそんな行為がイヤなわけがない……。

 りく君には今日、そのことを分かってもらう……。


 全裸になった私は、クローゼットの中に備えられている棚から大きめのバスタオルを取り出す。

 それを身体に巻き……陸の元に向かうのであった。



 ========



「りく……君。い、今……何してるの?」

「し、雫……ッ!? ……い、今頭洗ってるけど……な、なにかあったのか?」


 ゴシゴシと、頭を洗う音を響かせながら、一瞬の動揺を見せる陸は落ち着きを取り戻してそう問う。

 落ち着ける理由は一つ。この風呂場に入ってくるなど想像出来るはずもないのだから……。


 それが常識。常識だが……雫の理性は己を保てるほど残っていなかった。


「それなら……良かったわ」

 その発言を陸が聞き入れた最中。

『ガチャ』っと、雫の手によってお風呂のドアが開かれたのだ。


「りく……君。ごめんなさい」

「し、雫……!? な、何やってんだ!? なんで入ってきてんだ!?」

「大丈夫……、落ち着いて。私が洗ってあげるから……」

「お、落ち着けるはずないだろ!? ってか、一体どういうことだよ!?」


 頭を洗っている状態で目を開けられない陸は、今の状況に全く付いていくことの出来ない。

 陸は今、軽いパニックに陥っているのだから……。


「まずは頭に付いた泡を流すわね……。いっぱい泡立っているし、洗い終わったところでしょうから」

 ふふっ、と妖艶な笑みが聞こえてきたと思えば……陸の頭には、雫の手とシャワーが当てられ、優しく泡が流されていく。


 ーーそして、頭に付いている泡が丁寧に流された瞬間だった。


「……んっ、りく……君」

「ンッ……!? ッッ……!」

 陸の唇に、驚くほど柔らかな感触が伝う……。それは初めてではない。何度か体験したことのあるもの……。接吻だった……。


「し……ずく……。やめ……」

 陸が目を開くも、その視界はシャワーの水によってぼやけたまま。しかし……雫の顔が目の前に来ていることは分かる。


「ちゅっ……。んっ、……ちゅ」

「……ん……、っ!!」


 そんな雫はシャワーを風呂床に置き……腕を陸の首に回して、ねっとりと音を立てるようなキスを押し付けてくる。

 シャンプーの匂いと、雫が発す柑橘系の匂いが……全体を包み込む。


 キスをすることだけに夢中になる雫は、時より甘い吐息を漏らし……さらに濃厚なキスを交わされる……。

 雫を離そうとしても……強い力で首に手が回されている。抵抗しても抵抗してもやられる一方だった。


 そう、止められなければどんどんとエスカレートしていくもの……。


 次の瞬間、雫の唇は陸の唇を強引にこじ開け……、強引に舌を口内に入れ込んだのだ。


「んぁっ……!? んんっ!?」

 キスとはまた違う生々しい音が風呂場に響く……。

 暖かく柔らかく……動く細い舌。……雫は陸の口内に侵入させ、舌で舌を絡み合わせる。


「んっ……んぁっ」

「やめ……、ん……っっ!?」

 舌で絡め取られるだけでなく……むさぼるように激しいディープキスを重ねてくる。


「ぷぁ……。はぁ、はぁ……。りく、君。……うふふっ」

 息が切れたのだろう、雫が自ら顔を離せば……粘着性のある透明な糸が二人を繋いでいた。


「りく君……。も、もう一回……しよ? もう一回……」

「おいッ! お、落ち着けって……ッ!」


 こんなことをされれば、陸の理性は崩壊寸前……。残り少ない理性を働かせ、雫の肩に手を当てて止めようとした陸だったが、それは最後の理性を崩れてしまうキッカケになった……。


 大好きな相手とこれほどまでに激しいキスを交わした雫には……脱力感が襲ってきていたのだ。

 雫を止めに入った陸の勢いは予想以上のもので……、バスマットの上に雫を押し倒すハメになったのだ。


 未だ流れ続けるシャワーの音だけが風呂場に響き、陸の瞳には雫の裸体が……映っていた。そして……視線を逸らすことも出来ず、ただ見つめてしまっていた……。


 いつもタイツで隠されていた雫の長い脚は、完全に露出し……バスタオルで包んでいた上半身は押し倒した勢いによってはだけてしまっていた。それだけでなく無抵抗で。


「し、雫……。ご、ごめーー」

 陸がそう言葉を紡ごうとした矢先だった。雫は恍惚とした表情でこう言った。


「……シよっか、りく君……。私、シたいよ……。大好きな貴方と……。たくさん……」

「……ッ!!」

 その言葉が放たれたら、もう……止めるスイッチが無くなったも同然。


 ……雫の嬌声に続く幸せな時間は、何時間にも渡って続いていた。

 お互いに愛を確かめるように。……お互いを愛し続けるように。

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