第62話 デート⑧

「そ、そんなわけで友達、、と泊まりたいんだけど……許可って貰える?」

 陸は雫の押しに負け……『泊まる』ことの許可を両親から電話で得ようとしていた。


『ほおほお、彼女と……彼女と一夜を……なぁ。やるじゃないか、陸!』

『ふふふっ、お盛んなんだから。ねえ、お父さん?』

『ハハハハ、全くだ! 避妊具はちゃんと買うんだぞ!』


“避妊具”の単語が両親から発された瞬間、陸は電話スピーカーを切り、大声を上げて否定する。


『だからそんなことするわけじゃないって! そ、それに……なんで俺に彼女がいること知ってるんだ!?』


『奈々から教えてもらったんだぞー! 今日家の前でラブラブしてたそうじゃないか! 熱いねぇえええ!!』

『恋愛に関して素っ気ない感じだったけど、やることはやってるじゃない、陸ちゃん』

『よーし。全力で行って来い!』

『応援してるからねっ! 途中で折れないように!』

『何が!?』


 羞恥に塗れた陸の返事が最後だった。


『プープープー』電話は切れてしまったのだ。

 幸い、スピーカーを切っていたため、後の方の会話は雫には聞かれていない。もしこの後者の会話を聞かれていたらのなら、大参事だったであろう。


 陸と雫はもう高校生。このような知識は自然と身に付いているのだから……。


「きょ、許可は取れた……」

「う、うん……」

「ど、どうした? そ、そんなにそわそわして……」

「う、ううん……。なんでもないわ」


 なんて言う雫だが、様子がおかしいのは一目瞭然だった。

 脚を内股にして、視線を斜め下に逸らし……恥ずかしさを顔いっぱいに浮かび上がらせていたのだから。

 そう、雫は聞いているのだ。スピーカーにしていた時に『避妊具』の言葉が出ていたことを……。


 当然、陸だってなんとなくの予想は付いている。だが、ここでその言葉を口に出せるほど強くはない。

 今出来る事と言えば話を変えるくらいだった。


「そ、それで、泊まる場所になるんだけど……。き、決まってるのか?」

「ホ、ホテルよ……普通の。私の家が持ってるホテルだからお金はいらないの」

「そ、そうなのか……?」


「うん……。最上階は客室じゃなくて私達関係者しか泊まれないようになってるから。……も、もちろんディナーはお金を払わないとだけど、泊まるだけなら無料でいけるの」

「そ、そうなのか……」

「う、うん……」


「……」

「……」

 頑張って話を逸らす陸だが、雫の様子は一向に変わらない。結果、会話も盛り上がることなく直ぐに途切れてしまう。

 こうなればもう勇気を振り絞ってあの話題に触れるしかない……。


「あ、あのさ……雫。とりあえず安心してほしい。一緒に泊まるといっても俺は何もするつもりはないから。寝る時は別のベッドか床で寝るしつもりだし」

「えっ。ほ、本当に言ってるの……?」


 陸はこの時気付かなかった。この雫の声音に不満、、が含まれたことを。


「あ、当たり前だろ!? 逆に雫は何かするつもりなのか!?」

「わ、私がそんなことするはずないじゃないっ! り、りく君は男性だし、貴方の方が怪しいわよっ!」

「なっ!? さっきも言ったけど、本当にそんなことはしないからな!!」


「ほ、本当に何もしないの……? 何も……」

「ああ。だから安心してほしい。雫がイヤがることは何もしないからさ」

「……む。全く……何のために一緒に一夜を過ごすと思っているのよ、ばか……。これだから紳士さんは困るわ……」

「え?」

「な、なんでもないっ!」


 雫が漏らした小声は、陸が聞き取ることが出来ないほどの声量で……聞かれるわけにはいかない内容のものであった。


「そ、それなら早く行きましょう。ホテルに行くにはここからバスで少し移動しないといけないから」

「分かった」


 あの後、ぶらぶらといろいろなお店を見て回り、フードコートで夕食を済ませた二人。 フードコートに備えられている大時計に目を向ければ、残り数分で19時を迎えようとしていた。


 今からホテルに向かうには十分な時間である。


「荷物、俺が持つよ。ほとんど俺のモノでもあるしさ」

「そ、そういうところはちゃっかりしてるわよね……。や、やっぱり私以外に誰かと付き合ったことがあるんじゃないの? ……りく君、ナンパもされるくらいだし……」

「なに言ってんだよ。雫が初めてだって。俺はただ雫を怪我させたくないだけ。両手が塞がった状態で転けたりしたら危ないしな」

「ありがとう……」


 これは決して雫を子ども扱いしているわけではない。それは雫も分かっていること。


 お礼を言うと共に、大きな荷物を陸に手渡す雫はぽっと顔を赤く染めていた……。好きな人からの何気ない優しさと、気遣いがどうしても嬉しく感じてしまう。どうしても照れてしまう。

 これが惚れた弱みというものなのだ。


「さっ、行きましょう……?」

「そうだな」


 そうして……二人はバス乗り場に移動し、九条家が持つホテルに到着する。


「いきなりお邪魔してごめんなさい」

「こっ、これは雫様……!?」

 雫はホテルに着くなり、受付に向かい従業員に声をかけた。

 従業員はその途端、表情や態度を一瞬で変え……上の者に対する接待を見せる。その切り替えは、雫の力……いや、九条家の力を象徴しているものでもあった。


「いつも通りで大丈夫よ。私なんかにそのような反応をすれば、周りのお客様が困惑するでしょう?」

「た、大変失礼致しました……。そ、それでは、本日はどのようなご用件でしょうか……?」

「最上階のキーをお願いしたいの。お食事は無しで」

「か、かしこまりました。少々お待ちください」


 別の従業員や、お客からの視線が集まる中、普段以上に堂々としている様に陸は視線を奪われていた。


 陸以外には誰も知らない雫の姿。

 さっきまであんなにも弱々しく甘え……『分かったのなら、り、りく君も抱きしめ返してよ……』なんて言っていた雫が今やこれなのだから、陸の反応は最もである。


「ど、どうしたの? りく君。早く行くわよ」

「あ、ああ……」

 従業員からキーを受け取った雫は、手慣れた様子で懐に入れエレベーターの方に陸を招く。


 そして上の階に上がるまで掛かった時間は秒ではなく分。ようやく最上階に辿りついた二人は、従業員から受け取ったキーを使って、ある一室に入ったのである……。

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