第61話 デート⑦

「ねぇねぇ、ちょっとで良いからウチ達と遊びに行こーよぉ」

「イイコトしてあげるからさー」

「嘘つかないで大丈夫だって。一人なんでしょー?」


「何度も言ってますけど、俺には連れがいるんですよ」


(……っ! り、りく君……)

 雫がブランドショップから抜けた先だった……。

 ギャル全開の3人組の女性が、陸に詰め寄っているところを目撃してしまう。

 見て分かる完全なナンパ。


(急いで助けなきゃ……)

 と、勢いのままに飛び出そうとした雫だが……ある思いが先行し、立ち止まった。


(でも…………)

 陸はどう対処するのだろう……と。

 もしかしたら付いて行ってしまうんじゃないか……と。


「いいじゃーん、そのくらい。連れなんか無視してウチ達と遊べばさー。結構楽しいと思うよ?」

「一期一会って言うじゃん? 連れは何度でも遊べるんだからさー」

「ほら、アンタ結構イケてるしナンパも受けてんでしょ? ワタシ達のナンパも受けてよー」


「俺をそんな軽い男に見ないでくれますか? 連れって言うのは彼女なんです」


 陸は眉間にしわを寄せながら、お断りの雰囲気オーラを全開に出す。そもそもどのような相手がナンパしてこようが、陸はこの手の話に乗るはずがない。乗るわけがない。

 今日は陸が一番に想っている相手とのデート。何よりも大事にしたい日なのだから。


「彼女ってそれマジ? デマカセじゃない?」

「いや、本当ですけど」


「ふつー、彼女を置いてけぼりにしないでしょ」

「そうかもしれませんけど、事情があったので」


「そんなにワタシ達と遊ぶのがイヤってわけー?」

「そうですね。今日は彼女とデートに来てるんです。嫌だからこんなに断ってるんですよ。そもそも彼女を優先しない彼氏なんて無いと思いますが」


「(り、りく君……)」

 陸の発する言葉一つ一つに胸が暖かくなる雫。……こっそりと見ているからこそ陸の本音を聞くことが出来る。


 この時、『もしかしたら付いて行ってしまうんじゃないか……』なんて不安は既に解消していた。


「うわー。久々の生意気野郎じゃん……」

「でも、こんなオトコこそえっちする時、いい声上げながら腰振るんだよねぇ」

「そうそう。可愛いよねぇー」


「……はぁ。もう良いです。それでは」

 何でそんな話になるのか……と、ため息を吐く陸は背を向けて去ろうとする。


「ちょっとー! まだ話は終わってないんだけド」

 ナンパをする者が、こうも簡単にお目当ての相手を逃がすようなことはしない。逃げようとする陸の腕に一人のギャルの手が迫り来るーー。

 が、その手は陸を掴むことは出来なかった。……ある者の手によって。


『パンっ』

 そんな乾いた音が小さく響く。……それは迫り来る手を払った音。


「ごめんなさいね、私の彼なの。気安く触れないでくれるかしら」

「雫……」

 自ら陸の腕に掴まって、“私の彼”だと抑圧に入る雫は鋭い瞳に変化させる。


「な、なにコイツ……」

「ふざけんなってね……。マジで」

「ありえないでしょ」


「それは私のセリフだけれど。私の大好きな彼にちょっかいを出されて、黙って見ていられると思う?」

「へぇー」

 なんて敵意剥き出しにする雫に、この三人組は何か思い付いたのか、ニヤリと口角をあげ……こう口にした。


「でもこの彼氏サン。さっきアンタのことものっすごく悪口言っていたけド?」

「ウチらの方が可愛いってね」

「残念だったねぇー。彼女なのにー」


「…………」

 ありもしない嘘。でまかせ。

 しかし、陸は反論も慌てもせず雫に視線を向けるだけだった。『そんなこと言ってないから』との意を込めて。

 ここで必死になって弁論したり、慌てたりすれば妙な信憑性が生まれることになる。


 この三人組のギャルはカップルの喧嘩を引き起こそうとしているのだろう。だが……そんなことが上手く行くはずもない。


 雫は陸に顔を合わせ……八重歯を見せてニッコリと微笑んだ。

『大丈夫。分かっているわよ』とでも言わんばかりに。


「あら、それは残念。それなら彼を攫っていけば良いんじゃないかしら? 彼が本当に私の悪口を言っていて、あなた達の指示に彼が従うのならね」

 そう、雫はナンパされている現場を見ていたのだ。この三人組のギャルを信じることはなにもない。


「……」

「……」

「チッ。もう行こ。つまんないの」

 雫の自信に満ちあふれた言葉が最後だった。


 喧嘩を引き起こさせることが出来なかったからか、舌打ちをしたギャルは悪態をついて仲間を引き連れて去っていったのである。



 =====



「りく君。こっちに来なさい」

「えっ、……ち、ちょっと……」

 雫は三人組のギャルが見えなくなったことを確認し、陸の腕を引いて人通りの少ない裏手に向かう……。

 そして人通りがないことを確認し、不意に立ち止まった。


「い、一体どうしたんだよ……? こんなところまで来て」

「ばか……」

「……ッ!?」

 瞬間ーー雫は体勢を入れ替え、陸を壁際に追い詰める。


「なにナンパされてるのよ……。ばか、ばか」

「いや、それを俺に言われても……」

「あ、あんな人たちにはりく君がもっと強く言わないとダメなのよ……」

「……」


 さっきまでの自信に満ちあふれた雫は何処へいったのか、大きな瞳に涙を滲ませて陸の胸元を叩き……小さな身体を預けていた。


「私を……不安にさせないで。彼女の自信……無いんだから」

 さっき購入した品が入った紙袋を床に置き、両手が空いた雫は陸の腰に手を回し、勢いよくぎゅっと抱きしめた……。


「お、おいおい……。こ、こんなところで……」

「りく君が悪いんじゃない……」

「雫は心配しすぎなんだって。もう少し俺を信じてくれても良くないか……?」

「りく君はみんなに優し過ぎるのよ……。あ、あんな人達には牙を向けていいの。ううん、向けてほしいの……」

「……」

「分かったのなら、り、りく君も抱きしめ返してよ……」


『……』

 数秒の間が空く。それは陸が抱きしめる覚悟を決める時間でもあった。


「ごめんな、雫……。もう少し強い断り方をするようにするよ。……今までこんなことってなかったからさ……」

「や、約束してよね……。絶対だからね……」


 目の前で彼氏がナンパされている。そんな現場を目撃した雫。

 嬉しい言葉を聞けた事実はあるが、雫が首を挟んで今回のナンパの件は解決したのだ。

 陸にはちゃんと一人でナンパを解決する力を身に付けてほしいのだ。勢いに負け、連れていかれる事のないように……。


「ああ、分かったよ。……絶対だ」

「ううん、りく君がちゃんと分かるまでこのままなんだから……」

「わ、分かってるって言ってるだろ?」

「分かってないわよ……。だから、まだこのまま……」

 大きな人形に抱きつくように、頬ずりさせながら密着しようとする雫。それはまるでただ陸の温もりが欲しくてしているように……。


「……ったく、こんなところは素直じゃないよな。雫って」

「生意気な口は閉じなさ……っ!?」

「お、俺と同じで口を閉じような」

 陸は雫が全ての言葉を言い終える前に、包み込むようにして抱きしめた。さっきよりも強く、そして雫が苦しくならない力加減を意識して……。


「あったかい……」

「ま、まぁな……」


 二人は抱きしめ合ったまま時間に身を任せた……。数人の客に見られていいたことに気付かずに……。


 後、聞かされることになる。佐々木さんからのプレゼントの品。

 そしてーー

『分かっていると思うけれど、今日は帰さないんだからね……』そんな言葉が雫の口から……。

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