第33話 待ち合わせと不穏
「お、おはよう……りく君」
「あ、あれ冗談じゃなかったんだな……」
「冗談なんかであんなことメールしないわよ……」
次の日の早朝。陸が玄関扉を開ければ、そこにはあの生徒会長ーー九条 雫が立っていた。
乱れ一つなく整えられた銀髪に、美人と呼ばれる端正な顔立ち。すらっとした細い脚にはいつも通り黒のタイツを穿き、その長さが目立っている。
ここを通る人々は、そんな雫の姿に目を奪われていたことだろう。
「それはそうだけど、いきなりメールであんなことが来たんだぞ? 不思議にも思うって」
陸が発する、“あれ”や“あんなこと”とは、昨日連絡先を交換した際に約束したこと。『朝、一緒に登校しましょう』との雫からのお誘いメールのことだ。
「……なにか噂されても俺は知らんぞ? ただでさえ俺は評判が悪いんだし」
「昨日、私を待っている間、女の子に声をかけられていたにも関わらず、よくそんなことが言えるわね?」
ーーと、無意識にトゲを含んだ言い方になる雫。だが、それは『陸を取られるかもしれない』そんな不安からきているもの。当たり前のことだ。
「昨日? あぁ、あれは凛花がいたからついでに話かけられただけだぞ」
「…………リンの言う通りね、本当」
「なんだって?」
「まぁいいわ……。それが陸くんらしいことだものね……」
そう呟きながら、一人納得したように優しく目を細める雫。
「とりあえず学園に向かいましょう? 余裕を持って登校した方が良いでしょうし」
「あぁ、そうだな」
そうして待ち合わせの約束を果たした二人は、学園まで一緒に登校するのであった。
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「でもまさか、雫と一緒に登校する日が来るなんてな。って、一緒に下校した時もこんな話したっけ」
「あら、不服なの?」
「そんなんじゃないって。ただ想像すらしいなかったからさ」
中学生の頃は何度か一緒に登校した日もあった。それが一年と半年ほど経った今、またこうして一緒に登校出来ているのだ。
「私はりく君がこの学園に入学した時から話かけたかったのよ? それなのに陸くんは素っ気ない態度ばっかり取って、話しかけられなかったんだから」
「そ、それは仕方がないだろ? 俺が知らない間に雫は生徒会長になってるし、俺は俺で不良の噂を掛けられるし。話かけたら迷惑だって思ったんだよ」
学園で良い噂のない陸が会長である雫に話しかけたなら、必ずなにかのトラブルが生まれる。
それは当然、雫に迷惑をかけることになり、どうしても避けなければならないこと。解決策はただ一つ、極力関わらないようにすること、なのだ。
「……でも、文句を言うのはこれくらいにしとくわ。今ようやく、昔の関係に戻れたんだもの」
「昔の関係か……。確かにそうだな」
雫にとっても、陸にとっても昔の関係ーー壁のない関係に戻れたのは嬉しいことに決まっている。
雫は陸を想い、陸もまた雫に対して想いを寄せつつあるのだから。
「あ、そうそう。昨日の話に戻るんだが、そんなに俺の連絡先が知りたかったのか?」
「なにかを含んだ言い方ね……?」
雫の歩幅に合わせて学園に向かう最中、陸はふとした疑問を投げかけた。
「昨日、凛花から『雫がどうしてもどうしても俺の連絡先を知りたがってる』ってメールが来たんだよ」
「う、嘘でしょ……?」
「本当だけど」
「……嘘よね?」
「ちょっと待って。その時の内容見せるから」
そうして、制服のポケットからスマホを取り出した陸は凛花から送られたメールを雫に見せる。
「ほ、本当……。あ、あの子ったら……。家に帰ったらお仕置きだわ……」
「ははは、凛花はイタズラ好きだもんな。でもお仕置きは程々にしてくれよ? 冗談だって分かったんだから」
「程々に出来るわけないじゃない……。冗談なんかじゃないんだもの……」
「…………え?」
面白おかしく笑っていた陸だが、雫の告白に間をおいて真顔になる。
「な、なによ……。そんなに知りたかったらいけないの?」
「い、いや……。そんなことないけど」
「……」
「……」
結果、作られてしまう。昨日と同じような気まずい空間が……。
そして現在は早朝。
「お、おいおい……。見てみろあれ、めっちゃ二人の空間出来てるぜ……羨ましいなぁーって、雫会長!?」
「隣にいるのは……ふ、不良じゃん!?」
「少し前からそんな噂出てたけど……進んでるみたいだねっ! 良かった良かった!」
「会長も女の子だもん! 相手は関係ないよねー!」
「ねー!」
こんな声が至るところから聞こえてくる……。次第に束になった視線がじわじわとじわじわと二人を刺してくる。
「もうっ! り、りく君のせいで見られてるじゃない……」
「雫があんなこと言うからだろ!? 喋りずらくもなるって」
「こ、こうなったのも貴方のせいだから、何か話題を寄越しなさいよ……。りく君は私の後輩でしょう」
「こんな時だけ先輩ヅラかよ……」
「……実際に先輩よ」
完全に開き直る雫は、いつも通りのクールさを駆使して前を歩き続ける。その中身には当然、照れや恥ずかしさを含んでいることだろう。
そして、陸は雫の後輩。先輩の頼みを無視するわけにはいかない。
『話題……話題……』と脳内で考え、辺りを見渡し……一つ、思い浮かんだ。
その話題は、陸自身気になっていることでもあった。
「そ、それじゃあ……雫はなんでその黒い靴下を毎日履いてんだ?」
「く、黒い靴下……?」
「ほら、それ」
話題を寄越せ……といきなり言われてすぐに出せる器用さを陸は持ち合わせていない。だからこそ目に付く物に絞られる。
陸が指をさした先にあるのは、雫が穿いている薄い黒のタイツだった。
「あぁ、これのこと? ……これは靴下じゃなくてタイツって言うのよ」
「タイツ?」
「そうタイ……ッ!?」
言っている途中で雫は気付く……。気づいてしまう。この話題が出ると言うことは……当然、陸の視線はそちらに向いているということ。
「そ、それを話題にしても構わないのだけれど、あ、脚を見ないでほしいわ……」
「あっ、悪い……」
実際に陸は雫の脚を見ていた。だが、それは疑問があったから向けていたこと。
「……タイツは靴下と違って腰あたりまであるの。最近は薄い素材のものも出ているから、見た目より暑くはならないわよ」
「こ、腰まであんのかそれ。別にくるぶしまでの靴下で良いと思うんだが」
「だ、だって恥ずかしいのよ。生脚を見せるのって……」
顔を背けながら恥ずかしそうにタイツに包まれた太ももを触る雫。今通っている学園に靴下の指定はない。雫のようなタイツを穿く女子もいるが極少数だ。
それも脚を露出することが恥ずかしい理由でタイツを穿くのは、恐らく雫だけだろう。
「ほとんどの女子はくるぶしまでの靴下履いてるし、別に恥ずかしいことはないと思うんだが……」
「常にメガネを掛けてる子が、メガネを取るのが恥ずかしいって言うようなものよ」
「そ、そう言うもんか……」
「それに……年頃の男子は女の子の脚を見てしまうものなんでしょう? 私、自信が無いもの。脚、太いから……」
お世辞などではなく本気でそう思っているのだろう。落胆したように声音が下がった。
しかし、本人から見る目と他人から見る目は全く持って違う場合がある。それが今だった。
「男子全員が脚を見てしまうのは違うと思うぞ? まぁ、見る相手にも寄るだろうけど……」
「そ、そうなの……?」
「そもそも雫の脚が太いとか、それ敵を作ると思うぞ。蹴ったら簡単に折れそうなくらい細いし、綺麗な脚してるよ」
雫の気持ちを知ったからこそ、陸は自分の思う本音をぶつけた。それは自然とフォローの役割を果たす。
だが……理不尽な怒りをぶつけられるキッカケにもなる。何故なら陸は雫の脚を見ながら答えたのだから。いや、この場合、信
「……〜〜っ! もう脚を見ないでっ!」
「はぁ!? 今のは仕方ないだろ!!」
「もう知らない……っ!」
抑え消えれないなにかが沸々と湧いてきた雫は、怒ったように早足になって学園に向かっていく。
ただ、それは恥ずかしさと嬉しさが混ざったからこその感情。
「…………りく君、ありがとう」
「お、おう……」
陸がその後ろを追っかけた時、確かに聞こえてきた……。雫が礼を言った声が……。
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「九条雫……。なにもかも上手くいって……。アイツだけは絶対に絶対に許さないから……」
その現場を見た一人の者は、握り拳を作り歯を食いしばるのであった……。
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