第34話 side雫と橘 萌

「か、会長……! 一つ聞きたいことがあるのですが……」

 陸くんと別れ、いつも通りに私が教室に入ろうとした時ーー背後から突然と声をかけられる。


「……あら、どうしたのかしら? そんなに集まって」

 振り向けばそこには数人の男子が群れを成していた。

 何故こうなっているのか、私にはおおよその検討が付いている。


「し、雫さんは、あの不良と付き合っているんですか……?」

「ど、どうなんです……!?」

 群れを成す男子が聞いてきたのは、私が予想していたことだった……。今朝、陸くんと一緒に登校していたところを見聞きして、そんな思考を抱いたのだろう。


(実際にそうなれば、どれだけ嬉しいことかしらね……)

 そんな淡い気持ちを胸に秘め、私はあえてこう聞き返す。


「ふふっ。もし『付き合っている』と答えたならば、あなた達はどうするのかしら?」

「ッ! そ、それは……」

 ニッコリと作り笑顔を浮かべる私に、言い淀む一人の男子。『これで勢いを抑え込めた……』と思ったのは甘かった。


「雫さんにあんな男は不釣り合いですよッ!!」

「不良と付き合うくらいならもっといい奴を紹介しますって!」

「コイツらの言うこと、間違いないですよっ!」

「……」


 途端ーー相手が感情的になったように、陸くんを下に見た発言がされたのだ。

 それだけで私の作り笑顔は一瞬にして消え……無意識に真顔になる。

 その言葉は全て私の逆鱗に触れるもの……。血が頭に上るもの……。


 陸くんをなにか一つでも理解する、理解しようとしていたのなら、こんなに怒りは生まれなかったのかもしれない。

 この人達は陸くんが『不良』だという噂に流されているだけ。そんな人達に彼の悪口を言われるのは腹立たしかった……。


「何を言うかと思えば……、あなた達は私を怒らせたいの?」

 声音に含んだ怒り。それは皆に伝わるほど。


「そ、そんなつもりは……っ!」

「た……ただ、どう見ても不釣り合いじゃないですかあ!」

「不良が会長の弱みに付け込んだに決まってるっ!」


「これ以上、彼の悪口を言うのはやめてなさいッ!」

「「「……ッッ!?」」」

 人通りが多く、皆が見ている廊下で、私はいつにもない大声を出していた……。

 その怒りを全て曝け出してしまったと同時に、冷静さが舞い戻ってくる……。


「ごめんなさい、少し大きな声を出してしまったわね……」

「い、いや……」

「え、えっと……」

「その……」


 誰も聞いたことがないであろう、私の激しい声に集まった者全て呆気に取られている。

 でも、言うならここしかない……。ここしかないのだ。


「あなた達は知らないでしょうけど、彼はそんな人物じゃないわ。……本当に優しいのよ、本当に……」


 悪口を言ってしまうのは仕方がない……。それが人間の本質的なものだから。

 でも……この人達は自分には関係ない人の悪口を言っている。

 それも、私の大好きな彼のことを。……私が許せるはずもない。


「心配してくれることはとても嬉しいわ。……でも、私の気持ちは本気なの。……その気持ちを『不釣り合い』なんて言葉で踏みにじらないで。それだけは絶対に……」

「「「…………」」」


 こんな敵を作る言い方はするべきじゃない。……それが分かっていても私は言う。

 私が大好きな彼を、これだけボロボロに言われ黙っていられるはずがないのだから……。


「……ごめんなさい、私はこれで」

 私は謝罪の言葉を発しながら頭を下げ、教室に入る。


 その瞬間ーークラスメイトの視線が数十の矢になって飛ぶ。教室には喋り声一つ無く、物音一つない。

 廊下での会話を聞かれたのは間違いなかった。


(はぁ……。廊下であれだけの声を出したのだから当然よね。本当、私ったら……)

 頭に血が上っていたことを今更反省するが、時を戻すことは出来ない。

 肩身の狭い気持ちで自席に腰を下ろした瞬間だった。


「あはは、あはははっ! 流石だねぇ雫ちゃーん! カッコイイなあ!」

 隣席に座っていたミクが腹を抱えて笑い出す。机をバンバンと叩き……まるでこの雰囲気を打ち破るように。


「……見ていたのなら手を貸して欲しかったわ。あれでも怖かったのよ」

「そうは見えなかったけどなー。好きな人のためにあんなにバッサリ言えるのはもう痺れるね、うんうん! 陸君が幸せ者だ!」

「そ、そうかしら……」


 そう言われると悪い気はしない……。こんな時でも平常心を保てるミクがいるお陰で気が楽になってくる。


「その力があるからこそ、噂の、、陸君と一緒に登校出来たのかなぁ?」

「……そ、その『噂の』ってどう言う意味?」

「うわ、話を逸らしたねぇ……。まぁいいや。雫ちゃんは知らない? 中等部で陸君の不良の噂が消えたって話」


「……ええ、リンから少し聞いてるわ」

「それはね…………。うちの妹ちゃんがやってのけたんだよー!? 凄いでしょ!」

 なんの前触れもなく、自分がしたことのように両手を広げて喜びを露わにするミク。その喜び方は妹のミミさんそっくりだ。


「……ふふっ。それでそんなにテンションが高かったのね、ミクは」

「『陸先輩にお礼するんだー!』って。うちの妹をここまで動かせるのは陸君しかいないかもねぇ。……まぁ、雫ちゃん的にはタイミングが悪いと思うけど」

「それを言っても仕方が無いことよ。……不良の噂が無くなることは、私だって嬉しいことだもの。皆が陸くんの評価を改めてくれるキッカケにもなるでしょうから」


 恋のライバルが増えることは前々から覚悟していたこと……。いつか不良の噂が消えるかもしれないのは分かっていた。

 この際、素直に喜ぶしかない。それがミクの妹であるミミさんのためでもある。


「ほお、随分と余裕があるんだね?」

「無いわよ」

「無いんかいっ!」

「でも……それでいいの。いくら私に余裕があっても、付き合うのかを決めるのは陸くんの次第だから。……それまで私は出来るだけのことをするだけよ」

「強いなぁ、雫ちゃんは」


 ウンウンと感心したように頷くミクを見て、私は思ったままの言葉が出ていた……。


「……大好きだもの、陸くんが」



 ======



 その昼休み。陸の教室ではーー


「おい、陸ー。中等部、、、の女子がお呼びだぞー?」

 椅子に座りながら4時限目の教材を直している陸のところに、友達である健太が廊下から近付きながらそう言ってくる。


「中等部の女子……? 誰だそれ」

「身長が小さくて黒髪ポニーテールの可愛い女の子だったな。くぅ、雫先輩だけじゃなくてそれ以外の女子にまで手を掛けるとは、陸もやんねぇ」

「そんなんじゃないって」


 否定するように片手を振る陸は、椅子から立ち上がり廊下に向かう。中等部で黒髪の女子、そんな相手に心当たりはない。


(何か悪いことしたっけな……俺)

 知らない相手に呼び出される……そんな展開になった今、そんな不安がぎる。


 頭を掻きながら教室から廊下に出た矢先……。直ぐそこに陸を呼んだであろう中等部の女子が居た。

 健太の言う通り、艶のある黒髪のポニーテール。身長は小さく翡翠の瞳。……ミミや凛花と比べても差がないほどの美少女だ。


「昨日振りですね、せんぱい?」

「え……?」

 そんな少女は口元を三日月に変化させ、首を横に傾げた。


「もう忘れました? 昨日一緒に帰ろうとお誘いしたたちばな もえです」

「……あぁ、思い出した。昨日はどうも……。それでわざわざこの教室まで一体どうしたんだ?」


 昨日、陸は正門で雫を待っているところに、この少女に声を掛けられたのだ。『一緒に帰りませんか』……と。

 当然、雫との約束があった陸はその誘いを断った。関わりはその程度でしかない……。

 しかし、中等部から高等部の教室に訪れたのだから、よほどの用事があるに違いないだろう。


「……せんぱいにお話があるんです。もし宜しければこれからお時間をいただけないででしょうか。今用事があるのなら放課後で大丈夫ですので」

「用事は別にないけど……話は直ぐに終わるか? もし長くなるなら先に購買に寄りたくてな」


 陸の財布は教室に置いているバックの中だ。もし長くなるなら今のうちに取りに行く必要がある。


「せんぱい次第ですねー。でも、すぐに終わると思いますよ? せんぱいにとってもの凄く良い話なので」

「それなら財布はいいか……」

「では、もえについて来てください」

「分かった」


 陸はどんな内容が話されるかも知らず……萌の背後うしろをついていく。

 ただ、この話が昼休みを全て使うほどに長引くなど今はまだ知る由もない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る