第50話 前進

「あーあ、雫先輩が学園を休んで三日目。お前……なにかしただろ」

「……お、おい。友達にそんな視線を向けるのは失礼だろ」

 意味深にジットリとした視線を向けてくる健太。そんな疑惑の目を向けられる陸だが心当たりは全くない。寧ろ、上手く付き合いが出来ているなんて実感があったほどだ。


「だってよお……。今まで無遅刻無欠席だったあの雫先輩が三日も! なんだぞ? 休む原因は何も分からないし、陸も知らないんだろ?」

「ああ。理由を聞いてもはぐらかされるっていうか……。もしかしたら嫌われたとかもしれない……」


「バカ言えって。お前に限ってそれはない」

「な、なんでそんなこと分かるんだよ……。ほ、ほら、俺が無意識になにかやらかした可能性だってあるんだし」

 陸がここまでナイーブになってしまうのは仕方がないこと。付き合っている彼女に……、初めて、、、付き合った彼女に嫌われたくないと思うのは誰だって同じ。今までにない不安が襲ってくる。


「陸が嫌われるんなら、速攻振られてるだろうさ。相手はあの雫先輩なんだぞ?」

「そ、それはそうかもだけど……」

「それにメールで連絡は取ってるんだろ? 嫌いな奴には返信しないって」


「で、でも……そのメールが簡潔に答えるだけっていうか。だからメールすることもはばかられるくらいで……」

「簡潔にって例えば?」

「『体調は大丈夫か?』って送ったら、『ええ』の一言だけとか」


 時間に余裕が無い時など、メールの返信は雑になる。限られた時間で返信するのだから当たり前のこと。雫に時間を作らせるためにも、メール頻度をやりとりを控えめにしようと考える。


「いや、それは雫先輩の当たり前対応だからオレには意味分かんねぇけど……。結論から言わせれば、雫先輩に何かあったのは間違いないってことだよな?」

「ああ、だから俺は雫に協力したい……。でも、“家庭の事情”で教えられないらしくてさ……」


 雫も凛花も返信は同じ内容。『家庭の事情だから教えることは出来ない』ーーと。

 何か掴めない限り陸も八方塞がりなのだ。


「家庭の事情……ねぇ。なにか心当たりがある奴が入れば良いんだけどなぁ」

「心当たり……あ」

 健太の何気ない一言だったが、陸には心当たりのある人物が一瞬で浮かんだのであった……。

 それは、この状況を打破するキッカケになり得るものに違いなかった。



 =======



 その昼休み、陸は中等部の教室に足を運び……ある者と接触をした。その理由は小さな情報でも集めたいがため。


「なるほど、雫せんぱいと凛花さんが休んでいる理由はそう言うことですか……」

「何か知ってることがあれば教えて欲しいんだ……


 二人きりになれるよう教室から校庭の隅に場所を変え、今までの状況を橘財閥である萌に伝える陸。

 同じ財閥の者として……九条家をライバル視していた萌ならば、その家庭について何かしら知っていることがあるのでは無いか……。と思ったのだ。


「生意気なことを承知で言いますが、萌が事情を話したところで陸さんには何も出来ないと思いますよ?」

「……それでも、何も動かないよりかはマシだ」

「強引ですね……。陸せんぱいは」


 どこか感心したように瞳を丸くさせる萌は、人差し指を頰に当てなにか良いことを思いついたように白い歯を見せた。


「では、萌は当然の権利を主張します。陸せんぱいが聞きたいことを教える代わりに、萌の言うことを一度だけ拒否権なしで聞いて下さい」

「ああ」

「そ、即答なんですね? 『雫せんぱいと別れろ』なんて命令をするかもですよ、萌は」

「……それも覚悟の上なんだ」


 こんなことを言ったのなら、雫から失望されるのは間違いのないことだろう。

『別れることだけはしない』そんな約束をしているのだから……。


 しかし、そんな大事な約束を破ってでも陸は雫を救いたかった。雫の力になりたかった。

 雫を救える可能性が増えるなら……この覚悟は絶対に必要なこと。


「見上げた覚悟ですね……。では、交渉成立ということで萌が知っていることをお話しします」

 言い終えた途端ーー目力を入れた萌はそんな前置きを作る。空気が変わったように重くなり……音が消える。

 それが本題を話す合図になった。


「……九条家にはとあるしきたりがあります。それは陸せんぱいが該当していることです」

「俺が……?」

「そのしきたりというものは、九条家に釣り合うレベルの家柄の者とのお見合いをし、後に結婚するというもの」

「……っ!? な、なんだそれ!?」


 萌の口から出た言葉は嘘偽りない。しかし……陸にとってそれは初耳であり、声を荒げてしまうほどの内容であった。

 普通なら考えられないしきたりだが、名家の者には当然と呼べるくらいに存在している。


「陸せんぱい達が付き合っていてもなんの問題にもなっていませんでしたので、萌はてっきり何らかの形でしきたりが無くなったと思ってました。ですが、現在の状況を見るに雫せんぱいが家の者に隠していただけのようですね」

「……つまり、俺と付き合ってることが家の者に知られた、と?」


「それは間違いないでしょう。……そしてここからが重要なことですが、しきたりを破った雫せんぱいには重い処罰が課せられます」

「……」

「しきたりを破ったことは罪を犯したともの同義です。……最悪の処罰は勘当。親との縁を切られます」

「な、なんだよそれ……」


 顔を顰めながらあり得ない……と動揺を露わにする陸はスマホを開いて雫にメッセージ送ろうとする。ーーが、萌はパーの手を突き出して『待って下さい』とのジェスチャーをする。


「雫せんぱいに連絡しても意味がないことですよ。恐らく連絡手段を絶たされているでしょうから」

「で、でも……雫のスマホからメールは返ってーー」

「ーー素っ気ない返事が、ですね」

「なっ!? 何故それを……!」


 陸の言葉に重ねるように、萌は断言した。


「それは使用人の者が返信しているんですよ。恐らく、雫せんぱいの命令によって。何日も連絡が取れなければ陸せんぱいは心配するでしょう?」

「ああ……」

「本人からの返信じゃないですから、素っ気ないものになるのは仕方がありません。使用人が返信した場合、雫せんぱいに影響が出ないために成りすますことはしないでしょうから」

「……」

「これが私の話せる全てです。萌が推測した部分もあるので、全てを真に受ける必要はないと思いますけどね」


 そうして長い話を締め括った萌は、深いまばたきをして再び陸に念の入った視線を向けた。


「……陸せんぱい。貴方は時間に身を任せていれば良いと思います。これは皮肉でもなんでもありません」

「……ど、どう言う意味だ」

「何故か休む理由のない凛花さんが学園に来ていない。これはなにか手を打つために時間を費やしているからでしょう。……この問題は少なからず陸せんぱいも関わっています。必ず凛花さんからのバトンが回ってくることでしょう」

「……分かった。萌を信じるよ」


 陸が頷いた最中、身体が揺れるほどの強い風が吹く。木の葉が揺れ地に生える長い草が揺れ、まるで『信じる』その言葉が本当だと示すように。


「信じるも信じないも、陸せんぱい次第ですから。……さて、話が終わったことですので冒頭で言った通り、萌の言うことを一つ聞いてもらいますね」

「……ああ」

 

 肉つき薄い萌の口から出る言葉を固唾を飲んで見守る陸。この言うこと一つで全てが変わる。緊張からか、時が止まったように長く感じる 


 そんな中ーー萌が出した拒否権のない願いが発された。


「萌がこれだけの情報を与えたんです。雫せんぱいを絶対に助けてあげて下さい」

「……え」


 その願いは誰が聞いても呆気に取られることだろう。『なんでも聞く』なんて条件を出したのにも関わらず、萌にとってメリットがないことを発言したのだから。


「な、何ですかその意外そうな表情は……。べ、別にこれは陸せんぱいの覚悟に心動かされたわけではなく、ただ萌が目標にしている相手が消えると困るからです。わ、分かりましたね?」

「……本当にありがとう、萌。恩に着るよ……」

「お礼なら、雫せんぱいを助けてから言って下さい。で、では……萌は失礼しますから!」


 陸の見せた笑顔に少しだけ頰を赤らめた萌は、恥ずかしさに負けたように走り去っていった……。

 萌からの情報が聞けた結果、コトが大きく前進したのは言うまでもない。

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