誰に対してもクールを貫く美人な生徒会長ですが、皆に不良だと誤解されている彼の前ではいっぱい甘えたいデレデレになる……までのお話

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 皆に隠しているもの

「か、会長ッ! 今日もお綺麗ですね……!!」

「ありがとう」

 学園の正門で、ある男子生徒にそんな言葉をかけられる生徒会長、九条 しずくは照れるわけでもなく、綺麗なお辞儀で礼を伝えていた。


「し、しししし雫せんぱいっ! わ、わたしと握手してくださいませんかっ!?」

「……ええ、私でよければ」

 教室に向かう廊下では、年下の女子生徒から握手を求められ素直に応じる。その表情にはうっすらと嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「会長……。今日提出の宿題を教えてくださいぃぃぃ!」

「まずは落ち着きなさい? どこが分からないのかしら」

 教室に入れば、一人の女子生徒が今日提出のプリントを持って雫に泣きついてくる。


 そんなクラスメイトに対して、胸ポケットからシャープペンシルを取り出した雫は、順を追って分かりやすくその問題を教えていた。


「お、おぉ……出来たぁあああ!」

「貴女は基本が出来てるんだから、落ち着いて問題に目を通してみること。分かったわね?」

「あ、ありがとうございます会長! では、宿題を提出してきます!!」


「廊下は走らないように」

「はーい!」


 そうして、問題が解き終わった矢先のこと……雫の机周りには三人の女子生徒が集まっていた。


「雫さん! 雫さんは誰かとお付き合いしたりしてるんですか!?」

「えっと……どうしてかしら?」

 整った細い眉をしかめて、困惑気味に返す雫。


「だ、だって! 昨日、野球部キャプテンの矢野君を振ったって! 成績優秀でイケメンで、代表選手にも選ばれてる人を!」

「男子人気ランキング1位で、しかも両親はお医者さんをしてるんですよ!?」

「振る理由がないじゃないですか!!」


 唐突に襲ってくる色恋話。だがしかし、雫は動揺したりはしなかった。


「一体、どこからその情報を仕入れてくるのかしら……。私、誰にも言っていないのだけれど」

 勢いのままにグッと前のめりになる三人の女子生徒を前に、雫は小首を傾げた後、その理由を口にした。


「……私には想い人がいるの。気持ちは嬉しいけれど、告白を断るには十分な理由よ」

 これは断った男子全員に言っていること。隠している情報ではない。


「それって、嘘なんじゃ……?」

「うん、うちはそう聞いてる」

「告白を少なくするために口実だって……」


「私だって恋の一つくらいはするわよ」


「じゃあ誰ですかその人!?」

「あたし達の知ってる人ですか!?」

「気になる……!!」


 キラキラとした瞳を向けてくる三人の女子生徒を無碍に出来る雫ではなかった。いや……少しだけ自慢、、したいという思いがあったのだ。


「一つだけヒントを与えるなら、私が小さかった、、、、、頃に助けてくれた一人の男の子ね」

 瞳を細める雫は、その想い人を思い浮かべる。


 その脳裏に映っているのは、薄っすらと色素の抜けた黒髪。キリッとした瞳に整えられた眉。楽しそうな笑みを浮かべれば、強面から人懐っこい表情になる。そんな人物だった。


「会長が好きになるってことは、絶対カッコいい人だよね!?」

「あの矢野君を振るんだよ? そうに決まってるよ」

「雫さんを好きにさせるって、とんでもない人だ……」


 そのとんでもない、、、、、、人の『とんでもない』から、話は少し飛んだ。


とんでもない、、、、、、人って言ったらいるよねぇー。この学園を代表する不良、、が」

「や、やめなよっ! 殴られるよ!?」

「お金取られるよ!?」


 そんな話題が出た瞬間、周りは甘い雰囲気から殺伐としたものに変わる。

 ただ、その中で密かに不満を漂わせる人物が一人いた。


(……みんなは知らないからそう言ってるだけ……。りく君はそんな人じゃない。ほんとは優しい人……)

 その不満が、自身のメッキを剥がしていく。


「この前なんかは、図書室で女子生徒が持ってた本を奪ったらしいし……」

「恐喝で4万円を奪ったって聞いたよ……ワタシ」

「と、とにかくこの話は終わりにしよっ! 雫さんも気を付けてね! あ、アレに狙われたら最後なんだから……!」

「ええ、分かっているわ」


 話をするうちに、時間は過ぎ……朝課外になった。

 雫の周りにいた三人の女子生徒は自室に戻り、急いで朝課外の準備を始めている。


 朝課外の準備を既に済ませていた雫は、窓外を見ながらある考えを持っていた。


(でも、この噂があった方がいいのかしらね……。この状況だとりく君を狙う人はいないから……)

 再度あの人を想い浮かべた雫は、ピンク色に染まる頰を隠すように頬杖を付いていた。



 =======



 1限目の休み時間。不良の噂を持つ、竹中たけなか 陸は友達の健太と椅子に座りながら会話をしていた。


「陸。お前、雫先輩のことどう思うよ」

「普通に人気がある先輩だと思うけど。……どうしたいきなり?」


 健太は高校に入ってから出来た友達で、関わった期間は半年程度だが、愚痴の言い合いが出来るくらいに仲の良い関係を築けていた。


「オレ、雫先輩の彼氏になりてーのよ」

「それは難しいんじゃないか……?」

「もう話すだけで良いから、告白してこようかなって思ってる」

「なんだそれ。噂じゃその願いも叶わないとか聞くけど」

「あぁ……。そういや、『想い人が居るの。ごめんなさい』の一言だけ告げて去っていくんだったな」


 告白すればどうなるのか……それは会長に告白して破れた数十人の男子が証言していること。その証言は一言一句間違っていないもの。

 

 そして、最近は『想い人が居るの。ごめんなさい』の一言が聞きたいが為に告白をする。または関わりを持ちたいが為に告白する。なんてムーブが生まれてしまっている事態でもある。


「ほんと、雫先輩ってクールだよなぁ……」

「同意する」

「あーあ、雫先輩より俺が年上だったらアタック掛けられてたのに。後輩の立場じゃ流石にキツイもんだぜ……」


 健太は後頭部に両手を当て、全校集会で堂々と話す会長を思い出していた。


 背中まで伸びた銀色の髪。桜色の大きな瞳に小ぶりの唇。華奢な身体には女性らしい脹らみが服の上からでも分かるほど。

 その独特な雰囲気と容姿は誰をも魅了し、この学園に知らぬ者はいないほどである。


 健太の言う雫先輩は現在二年。そして陸達は一年。この年の差はアタックを掛けるに当たって大きな壁になっていた。


「だけど……ほんと勿体ないよな、雫先輩って。美人なんだから笑ったりすれば良いのに。オレ的に、照れた表情なんかは最高だと思ってるんだけど」

「照れた表情は知らないけど、笑ってるところは見たことあるだろ? 集会で」

「オレが言ってるのはそういう意味じゃない。全部作った表情ってこと。なんて言うか、最低限の表情でどうにかしてるみたいな」


 健太の言う言葉は正しいもの。実際に生徒会長である九条 雫は表情を『作っている』のだ。

 ある人にだけ、、見せるために。


「そうか……? 小学生の頃からあんな感じだったけど」

「はぁ!? 小学生の頃からってなんだよ!? それ初耳なんだけど!?」

 陸と生徒会長である雫は、小学の頃からここまで同じ道を辿っている。だがしかし、この情報は公にされているものではなかった。


「と言っても友達ぐらいの仲だよ。この学園に入ってからは挨拶しか交わしたことないし」

「はぁぁ? ずっと仲良くしとけば彼女になれるチャンスあったのに、あんな美人と! 勿体ねーの」


「勿体ない以前に、不良、、って噂がある限りは俺に彼女は無理だって。このせいでみんなからの評価はズタボロだし」

「……あれは災難ってしか言いようがねぇよ。知らんおじさんにお前が道教えたら、そのお礼に金を渡され……何故か『恐喝してた』なんて噂をされるんだもんな。この学園でお前の事知らない学生はいないと思うぜ? 悪い方で」


「ほんとやめてほしいもんだよ……」

 そう、この学園で不良、、の陸を知らないものはいない。


 始まりは健太の言うように、おじさんに道を教えた結果、お礼だとお金を強引に渡され……頭を下げながらお金を渡しているおじさんを見たこの学園の生徒が『恐喝してる』と、勘違いしたのが始まりだった。


 そこから、悪い噂は止まることを知らず……いつしか、この学園の生徒に喋りかけただけでお金を強奪されるなんて地位にまで成り上がってしまったのである。


「……残酷だな」

「……残酷だ」

「まぁ、頑張れ。いつかその噂が消えることを祈っててやる」

「ありがと……」


 気落ちした声で感謝を伝える陸。この噂が出てもなお、ちゃんと友達でいてくれている健太には感謝しか浮かばなかった。

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